筥崎宮放生会、千年超の歴史 露天商が紡ぐ祭りの情緒

筥崎宮放生会

今年は御神輿巡行も

 福岡に秋の訪れを告げる風物詩「筥崎宮放生会」(以下、放生会)。毎年150万人もの人々が訪れる放生会は、博多どんたくや博多祇園山笠と並んで“博多三大祭り”の1つに数えられ、露店の賑わいや地域の交流を通して、福岡の風景の一部として親しまれてきた。なお、全国的には放生会を「ほうじょうえ」と読むが、ここ筥崎宮では「ほうじょうや」と読まれている。

 人々が楽しげに行き交うその背後では、千年超の長きにわたって受け継がれてきた営みが、今も変わらず受け継がれている。たとえば今年は、2年に一度の御神輿巡行が行われる特別な年。華やかな行列は、訪れる者に伝統の重みと敬虔さを感じさせてくれるだろう。

 露店を営む人々にとっても、放生会は特別な意味をもつ。営業開始に先立ち、9月10日には「宣誓」と「場所渡し」の儀式が行われる。代表者が神前で商いの誓いを立て、一色(いっしき)と呼ばれる道具を授かるその儀式は、単なる準備ではなく、信頼と責任の証として大切にされている。

 放生会は、福岡の秋を彩る一大行事でありながら、ただ賑やかなだけの祭りではない。もともと放生会は、命あるものを慈しみ、放つことで功徳を積むという仏教由来の行事でもある。今では多くの人が楽しむ場となっているが、その背景には「命を敬う」という祈りが流れている。表の華やかさの裏には、地域に根差した信仰やしきたり、支える人々の静かな想いが息づいている。目に見えぬところで多くの人が尽力し、伝統を支え続けている。神事と商いが地続きに存在するこの行事は、ただのイベントではなく、人の営みそのものに寄り添う場でもあるのだ。

祭りの記憶と露天商

 露店を営む人々は、時代の変化を受け止めながらも、放生会ならではの空気感を守り続けてきた。参道に並ぶ露店の光景は、福岡の人々にとって、変わらぬ心の拠りどころとなっている。

 筥崎宮露店保存会の石橋一海理事長は、「幼少期、祭りの夜道を歩いた記憶が今も残っている」と話す。

 「私自身、子どもの頃の祭りの思い出といえば、夜の街を冒険するような、あの胸の高鳴りを今でも鮮明に覚えています。現代の子どもたちにも、ぜひこの多様な露店のなかから自分だけのお気に入りを見つけ、心ゆくまで夜の街での冒険を楽しみ、たくさんの笑顔をつくってほしい。そして、そんな姿を見守る大人たちにも、どこか懐かしい気持ちや温かな記憶が蘇るような、そんな時間になればと思います」(石橋理事長)。

 500店舗を誇る放生会の露店には、昔ながらのたこ焼きや焼きそば、りんご飴といった定番のものに加え、生姜のメロンパンや、葉のついたままの新生姜といった筥崎宮の放生会ならではの品々も並ぶ。また、スーパーボールすくいや射的、金魚すくい、輪投げ、型抜きといった昔ながらの縁日遊びも充実しており、子どもたちが夢中になる姿があちこちで見られる。家族連れで訪れた人にとっては、子どもと一緒に遊ぶなかで、どこか懐かしい気持ちに包まれるひとときとなっている。

露天商

 また、怪しい雰囲気を漂わせた昔ながらのお化け屋敷や見世物小屋なども、ある意味で放生会の名物的な存在だ。ほかに、冷蔵トラックを改造して“南極”を再現(?)し、9月でも暑さが残る福岡で、冷気と非日常の演出によって来場者にひとときの涼を届けるエンタメ要素のものもある。

 露店商にとって最大のやりがいは、ただ商品を売ることにあるのではなく、来場者がふと足を止めて品物を手に取り、笑顔を浮かべながら楽しそうに購入していく、その瞬間にある。どんな品でも、買ってくれた人の記憶のなかで“祭りの一部”として残る──そうした実感こそが、日々の苦労を支える何よりの原動力となっている。

 かつて自家用車を所有できる人がまだ少なかった時代の露天商は、布団袋を抱え、列車やバスを乗り継ぎながら、各地の祭りをめぐっていたという。それは、まさに暮らしそのものを背負って旅を続ける人々の姿であり、当時の空気を色濃く映し出していた。

祭りの景色も徐々に変化

 伝統を受け継ぎつつも、時代の空気をさりげなく取り入れていく。その柔軟さが、放生会の露店を今日まで支えてきた。たとえば近年では、電球型の容器に入った「電球ソーダ」のように、SNS映えを意識した商品も増えているという。若い世代が足を止める姿も多く、祭りの景色にも少しずつ変化が感じられる。

電球ソーダ
電球ソーダ

    さらに近年は、東南アジアをはじめとする海外からの観光客や、福岡で暮らす外国人の姿も境内に自然と溶け込むようになり、祭りの風景に国際色が加わっている。また、異なる文化圏で育った彼らにとって、日本の伝統的な祭りは珍しく、露店の賑わいや神事の雰囲気は、記憶に残る特別な体験となっているようだ。

 「近年、放生会の来場者層は多様化していて、韓国、中国に加えて、東南アジアなど海外からの観光客や、福岡に住む外国人も多く訪れています。日本人にとっては定番の露店のグルメや縁日遊びなど、自国のお祭りとは異なる催しが、海外からの来場者にとって印象的な体験となっているようです」(石橋理事長)。

 こうした変化は運営側にも広がっており、露店にも外国人スタッフの姿が少しずつ増えてきている。対応言語の幅が広がることで、来場者とのやりとりにも新しい風が生まれつつあり、祭りそのものが、異文化と出会う場としての一面を見せ始めている。外国人の参加は、祭りの運営に新たな可能性を加えているようだ。

放生会という文化・風習

去年の様子
去年の様子

    放生会が重んじてきたのは、利便性よりも“昔ながらの情緒”であり、それが今なお守られている。150万人もの来場者を迎えるこの行事の舞台裏では、膨大な準備と運営の工夫が重ねられている。

 9月1日から始まる「縄張り」作業では、境内の地面に釘が打たれ、縄が張られて区画が1つひとつ定められていく。祭り本番を前に、静かな境内に少しずつ輪郭が浮かび上がっていく様子は、関係者だけが知る放生会の序章だ。

 また、放生会の期間が終了したからといって、すぐに日常へ戻るわけではない。3日間かけた清掃作業が行われ、グラウンドには砂が入れられ、整地される。その丁寧な整備もまた、次の年へとつながる「引き継ぎ」の一部である。

 警察・消防・保健所といった関係機関との綿密な打ち合わせも欠かせない。とくに飲食物を扱う露店では、事前の営業許可申請が必須であり、安全衛生面への配慮も年々強化されている。そして9月10日、各代表者が筥崎宮の神前にて「宣誓」を行い、正式に場所が引き渡されることで、ようやく営業の準備が本格化する。また近年の酷暑により、来場者の快適性や安全確保、とくに熱中症への備えとして、冷房の効いた休憩所の設置や、救護・給水拠点の整備も検討されているという。このように、華やかに見える露店の背後では、長期にわたる地道で緻密な段取りが日々積み上げられている。

 放生会の賑わいは、長い時間をかけて築かれた仕組みと、多くの人々の調整や準備によって成り立っている。形式や流行が移り変わっても、地域で続けてきたやり方を大切にする姿勢は、今も変わっていない。現場を支える露店商たちの思いを、石橋理事長は、次のように語る。

筥崎宮露店保存会 石橋一海 理事長
筥崎宮露店保存会 石橋一海 理事長

    「放生会は、単なる商いの場ではなく、人と人との触れ合いや文化の継承を通じて、長年にわたり地域に根差した『日本の風物詩』として大切にされてきました。露店は、時代の変化を受け止めながらも、利便性よりも“昔ながらの情緒”を大切にする姿勢を貫き、この全国屈指の祭りを次の世代に受け継いでいこうという思いを胸に、日々、準備と多くの人々の努力を積み重ねています。私たちは、この歴史あるお祭りである放生会の一端を担っているという誇りを胸に、これからも責任を持って全うし、まちに貢献していきたいと強く願っています」。

 彼らは筥崎宮放生会を単なる商機としてではなく、福岡・博多に根づいてきた大切な文化・風習の場として受け止めており、自らがその一端を担っているという誇りを胸に、今年も多くの訪問客を楽しませるべく、調整・準備に余念がない。

【和田佳子】


スケジュール
7月27日 出店受付
8月26日 総合打ち合わせ(宮司、警察、消防、保健所、露天商)
9月1日 場所割り
9月10日 場所引き渡し・委嘱状受取り
9月12日~18日  放生会
9月19日~21日  清掃、グラウンド整備

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