九州1兆円流通業三様、その先にあるもの(後)トライアルが描く“新たな小売像”
トライアルの行方と新たな試みの可能性
トライアルのスタンスはほかの小売企業とは趣が違う。誰に、何を、どんな売り方で…といった小売の基本はどの企業にも共通するが、普通、企業は一定の型を決め、エリアを選択し、それを固めて経営戦略を確定する。
トライアルのそれは極めて自由だ。好きな場所に、時折の判断で、市場に参入する。その分野も幅広い、運輸、リゾート、DX。最近のアメリカ小売にもそんな傾向が散見されるアマゾンは祖業に加えて、広告やクラウド事業で稼ぎ、フルフィラメントセンターを使った問屋業もやり、リアル店舗のホールフーズ、レジ無し小型店のアマゾンゴーはタイプを変えながらスクラップ&ビルドを繰り返す。そのトライアルが3,800億円で西友を買収した。その投資は同社の今期連結営業利益の約20倍だ。結果として西友との単純合算で1.3兆円という九州最大の小売業になる。そのボリュームはPB販売や、タブレット付きショッピングカートの進化、改善に大きく寄与するはずだ。そんな西友はウォルマートとの提携以降、度重なる経営の曲折を経て、成城石井などのトップ務めた大久保氏の下でいささかの改善を評価されていたが、大久保氏が得意とする経営改善手法はコスト削減だ。コストの最大は原価を除くと人件費だから、売場を含めて、店舗にかけるコストに手を付ける。これをやると、小売現場は縮小再生産という際限のないコストカットのサイクルに入る。企業経営で肝心なのは、どの部分の強化を図って、どう投資するかで、徹底した節減だけではうまく行かない。
年間売り上げでアマゾンに世界一の座を奪われたといわれるウォルマートは全米にくまなく展開する実店舗を利用したオンラインネットスーパーで54%のシェアをもち、この部分では、40%のアマゾンをしのぐ。さらに新たな試みに投資を惜しまない。
1,400万人の顧客をもつショッピング代行のインスタカートは、AIを使った広告業が10億ドルを超え、複数の分野で堅実な成長を続ける。いずれも新たな得意分野を新規創造する投資に余念がない。ドローン宅配やロボットカートの宅配がそっくりそのまま、我が国に上陸するとはいえないが、オカドと提携するイオンが大掛かりな宅配サービスを始め、セブンイレブンは店舗を起点にする最短20分の7NOWを展開するなど、大きな変化への兆しが見て取れる昨今だ。
トライアルもそんな光景を描いているはずだ。トライアルはいわば、昭和と令和が交錯する企業だ。先進性、がむしゃらと混沌。危うさと力強さ。その実態を正確に把握するのは容易ではない。だからこそ、その将来を予測する面白さがある。時折、業界誌に同社の危うさを指摘する記述もみられるが、どんな企業でもその成長の歴史のなかで、危うさや不安定な経営を経験するのは当たり前だ。それらを乗り越え続けて永続するかどうかは、先見性だけではなく、その何を選択し、どう決断するかだ。
トライアルの場合、リゾートからDX、オンライン販売など、その事業対象は幅広い。そこは多くの同業や専業者がしのぎを削る世界だ。そこを勝ち抜き、生き残るのはもちろん、容易ではない。そこを克服して、収益が安定すれば、その先には海外進出やより大きなM&Aにも挑戦することになるはずだ。
イオンやロピア、パン・パシフィック・インターナショナルHDなど、我が国の少子高齢化を予見して、海外進出に挑戦する企業も現れているが、そのいずれにも少なくないリスクがある。だからと言って決断に躊躇すれば、成長と生き残りの両方を手にできる可能性はゼロだ。今回の西友の買収はそんな、諸々を象徴する。
海外といえば、そこで成功するのは容易ではない。今や世界の三大アパレルに成長し、やがて世界一を実現するだろうユニクロもニューヨークなど、アメリカの大都市への出店は失敗の連続だった。ニトリや良品計画は現在のところ進出失敗だ。アマゾンやウォルマートでもその収益の大半はアメリカ本土が担う。日本の地方スーパーが他地域に飛び地出店してもうまく行かない例と背景は似ている。しかし、トライアルはあえてそれを実行するところまで行きたいだろう。
トライアルの新境地と可能性
以前と違って、SNSが当たり前の時代になると、地域という飛び地出店という優位性は薄くなる。
テレビなど、不特定多数を対象にした従来型の媒体広告は日常的コモディティの購入には直接影響しない。結果としてイメージ型の広告内容にならざるを得ない。しかし、実店舗でAIカートを利用すれば、買い物客の嗜好性と価格弾力による購入割合などの購入行動を具体的に直接、かつ網羅的に集めることができる。そうなると店の魅力次第で飛び地ハンディは消える。これこそ小売DX革命だ。メーカーもそんなトライアルへの注目度を高める。
問題はそのトライアルが今後、各分野に十分な人材を配分できるかどうかだ。このほど、丸亀製麺のトリドールが評価上位の店長に年収2,000万円と発表したのも同じような問題に端を発するといって良い。現場をよく知る経営判断だろう。
小売業に限ったことではないが、生産性の基本は個人の努力量だ。どんな世界でも努力の量が競争結果を左右する。その働きの量がハラスメントやブラックと称する社会的けん制で極端に制限される現代は個人、企業ともに成功の扉を開くことが容易ではなくなってきている。そんな環境をものともしない風土が醸成されるかどうかが今後の競争力にもつながる。
成功は努力の量に比例する?
ガレージでハンバーガーと毛布一枚で一週間働き詰め。イーロン・マスクにしてもビル・ゲイツにしても成長企業は原則同じだ。ダイエーや寿屋など日本型GMSや大手アパレルも草創期はみな同じだった。その後成長、安定化し、やがて崩壊する。民間企業は自転車と同じだ。力を込めて漕がないと坂道は上れない。それができるかどうかでトライアルの先行きが決まる。集まりにくい人材と遵法、社会的制約のなかでそれができないと、ドラッグストアやアマゾンなどのオンラインリテールの足下にひざまずくことになる。
静かな拡大
ヤマエ久野はそのユニーク度で注目すべき企業だ。主業は卸という我が国特有な小売サポートで九州トップにある。
卸の対象は小売全業態だ。仕事は製造から小売現場に届けるための工程管理が仕事ということになる。
販売店の情報をメーカーに届け、商品を企画し、それを集貨して分散配送する。そこにはそれをサポートする多くのシステムと経験豊富な人材が必要だ。しかし、その販売量と工程にかかるコストが大きい割には利益が小さい。どんな大手でも100円売って1円の利益がせいぜいだ。得意先からは常に厳しい低価格納入を要求されるし、設備投資競争もし烈だからその改善は容易ではない。この30年で、時代とともに競争力のない中小、零細の小売店が消えていき、それとともに同じような多くの地方問屋が廃業した。いまは限られた大手卸とその関連企業が大きなシェアを占める。
卸の問題はその業容拡大にどんな手段を選択するかだ。一番いいのは卸から小売の一気通貫だろうが、2つの業態にはほとんどの部分で共通性がない。同業の銀行でさえ、その統合と同化には腐心する。小売と卸は砂と砂利のようなものだ。大した違いはないように見えてもその機能と性質は大きく違う。卸は小売のかじ取りの難しさを思うだろうし、小売は卸の利幅の少なさを気にして、それぞれ、相手分野に乗り出すことはないだろう。
そんななかで食品卸は上位6社の寡占が大きい。加えて、複数の新興企業がひしめく環境でもない。そんな競争のなかで、大きな売り上げ拡大は望み薄だ。そうなると、食品卸に加えて、異分野の事業展開を加速させるしかない。物流、不動産、住宅関連に加えて、飲食系小売への事業拡大もその1つだろう。飲食業は業種によってシンプルなノウハウで大きな売上が期待できる。地元の有力企業だから、金融機関を中心に多くの企業や個人から、情報が集まる。その取捨選択のなかから、新たな事業が生まれれば、半ば商社的な多岐にわたる事業展開も期待できる。いずれにしても1兆円の大台をクリアした地場企業の雄にはこれからもさらに高く飛翔してほしいものだ。
(了)
【神戸彲】