インド視察から学ぶ、インドの時代がくる(10)インドにおける日本産品開拓のパイオニア・柴田洋佐氏①

日本産品入荷の本格化は2010年以降

 まず柴田洋佐氏の経歴から紹介しよう。1979年京都府生まれ、上智大学文学部新聞学科卒業。2012年バンガロールに移住し、在印法人向けの無料情報誌のビジネスにて起業。デリー、ムンバイ、バンガロール、チェンナイの4都市にて情報誌発行のため、のべ3,000社以上との取引を実現。インドへ日本企業の中小・中堅企業が本格的な進出を始めたのは、00年を境にしてからである。

EIJ(株) 日本産品のインド市場進出支援事業

 コロナ禍において、柴田氏は旅行業から日本産品のインド市場進出支援事業にシフトした。21年に京都にてEIJ(株)を立ち上げ、日印間の架け橋として日本産品のインド市場への進出支援サポート事業に専念することになった。「インドに日本の食文化を普及する時代がやってきた」と直感したという。パートナー会社として、EIJ Consulting Pvt. Ltd.がある。

会社名 :EIJ Consulting Private Limited
設 立 :2018年10月18日
事業内容:インド進出コンサルティング業、マーケティングプロモーション業、日本産品輸入業

強力な地元パートナー現れる

 24年11月より上記の会社の取締役に就任したのが、Rinchen Angchuk氏である。彼は日本食材の輸入を手がける傍ら、日本食レストランの経営にも乗り出すことになった。次号で触れるが、Rinchen氏の経験は貴重な力となったのである。やはり海外での事業成功の要諦は、地元出身の優秀な人材との縁に恵まれることにある。

輸出データを読む

 まずは他国と比較し、日本の農林水産物・食品の輸出額の推移を検証してみよう。19年11億1,400万円が23年には40億8,000万円と伸びてはいる。しかし、あまりにも分母が少なすぎる。農林水産物の輸出額はアメリカ2,062億円、中国2,376億円と桁が2つも違う。

 日本食レストランの数を比較していただきたい。中国とインドの比較である。前者は7万8,760軒、後者は410軒である。これまた桁が2つ違い、190倍の格差となる。日本産の農林水産物を急増させるには、日本食レストランを増やすのが手っ取り早い。「日本産品開拓のパイオニア」である柴田氏は、その先まで見通している。

EIJ Consulting Private Limited作成資料より
EIJ Consulting Private Limited作成資料より

 その構想は次回の記事で触れるが、識者が考察するに「インド料理のなかに日本料理を浸透させるのは容易なことではない」というのが結論である。たとえば、商品別でみたアルコール飲料の輸出は7億5,910万円である。インド現地の方々の口に合う料理をいかに普及させていくかが要になるであろう。1店、また1店と日本料理店が広がれば、まずはアルコール飲料だけでも10億円台に乗るのは間違いないのであるが…。

 なかなか至難の業である。

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