マンガ大国日本が崩れていく!(後)

『週刊現代』元編集長 元木昌彦 氏

 小学館「マンガワン」事件は、一出版社の問題ではなく、マンガ王国をつくっている大手出版社のマンガづくりが岐路に立っている象徴だと、私は考えている。

週刊誌の衰退と漫画編集部の隆盛

 今や見る影もない週刊現代だが、私が在籍していた当時は、「あそこは治外法権」だからと、社内では浮いた存在であった。

 だいぶ前になるが、私がジャニー喜多川の「ロリコン問題」を週刊現代で追及して、ジャニーズ事務所とトラブルになり、婦人倶楽部編集部に飛ばされたとき、そこの局長が私にこういった。

「君はようやく真っ当な編集部に来られた。あんなところは編集部ではない」

 社内の週刊現代に対する評価はそんなものだった。以来、半世紀近くが経ち、週刊現代は部数が激減し、隔週刊誌になり、休刊一歩手前である。

 一方、マガジンを始めとしたマンガ編集部はますます隆盛を誇り、講談社、小学館、そのグループである集英社は、いまや総合出版社ではなく、大マンガ出版社として、出版界の頂点に君臨している。

 そのなかで起きたのが小学館「マンガワン」事件である。知らない方もいるだろうから、経緯を説明しておこう。

 週刊文春(3月12日号)によれば、北海道の某芸術系高校の女子生徒だったAは、マンガ・イラストコースの講師・山本章一からたびたび声をかけられるようになったという。

 ある日、「車で自宅へ送る」といわれて乗り込んだが、人気のない場所で無理やりキスをされ、体を触られた。

 山本の行為はさらにエスカレートしていって、彼女をホテルに連れ込み、性行為を強要したうえに、彼女の裸の写真まで撮ったそうだ。

 それからも月に1、2回程度呼び出され、変態行為まで強要されたという。

 こうした山本の鬼畜の所業はAが卒業するまで続いた。

 Aは今もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされ、まともに大学に通うこともできず、突然フラッシュバックの発作が起きるため、バイトも続かないそうである。

 しかし、山本からの「次の子を見つけた」という電話を受け、これ以上被害者を出したくないと決意し、警察に訴えた。

 2020年2月に山本は逮捕された。Aは強制性交での刑事罰を望んだが、時効や証拠の問題があって、当時16歳だった彼女の裸を撮影し保存した行為が違法だとする罰金30万円の略式命令を受けただけだった。

 山本にはマンガ家としての顔もあった。Aに性加害しているとき、小学館の「マンガワン」で『堕天作戦』というダークファンタジーを連載していたのだ。

 これは小学館が14年に開始した公式マンガアプリで、日本最大級の利用者を誇っている。しかし、山本の逮捕を受けて、連載は突如休載になったそうだ。

小学館「マンガワン」事件の衝撃

 だが、ここから小学館の“隠蔽工作”が始まったというのである。乗り出してきたのは「マンガワン」の編集者Xだった。

「Xは大手ドラッグチェーンの元社長の息子です。16年に当時のマンガワン編集長・石橋和章氏の手引きで小学館に来ました。当初はフリー契約でしたが、後に正社員となりました」(小学館関係者)

 21年5月、山本とX、AとAの友人の4人でLINEグループをつくり、示談の話し合いをしていくことになったという。

 Aは「マンガワン」編集部に連絡して、連載を再開しないよう要請していたという。だが、山本とXは、それを何とか取り下げさせたかったようだ。

 XはLINEでこういっていたという。
〈本件については小学館の法務部も昨年の2~3月、山本氏が釈放された際に共有がされております。(中略)連載再開できるかは編集部・法務部・社長室などの判断によって決定になります〉

 編集部やXだけではなく、社内の枢要な各部署で情報共有していたというのだ。

 さらにXは、示談金についても、山本へ原稿料を払っている小学館からすると、おそらく300万円一括は難しい、連載が再開できなかったら山本からの月々の支払いもできなくなってしまうと言ったという。

 さらに、Xと山本側は、「示談金150万円、山本の連載再開中止要求を撤回、この件の口外禁止」という条件も出してきたというのである。

 Aは、連載を再開する場合は、事実に基づいた説明をしてもらうことを要求した。

 しかし、X側の対応にAは不信感を抱き、示談はせず、22年7月に民事訴訟に踏み切った。それから4年後の今年2月20日、札幌地裁で「山本は1,100万円を払え」という判決が出たのである。

 民事の判決が出た1週間後に、小学館が「(マンガワン連載中の『常人仮面』の)原作者の一路一氏は、『堕天作戦』の作者である山本章一氏と同一人物です」と発表したのだ。

「『常人仮面』は二二年十二月からマンガワンで連載が始まった。つまり『堕天作戦』の正式な終了からわずか二カ月後に、山本を別の名義で再起用したというのである。さらに巧妙なことに、絵のタッチが一緒だといくら名前を変えても容易に山本だと露見するため、別の漫画家を立て、山本は『原作者』として起用している」(文春)

 Aはまったく知らず、小学館がこのことを隠蔽していたことに驚いたという。

別名義起用と編集部の関与

イメージ    だが、小学館がやっていた隠蔽はこれだけではなかった。

「実は山本だけではありません。マンガワンの別の作品においても、少女への性加害で逮捕された人間を、別のペンネームにして、密かに起用しているのです」(別の小学館関係者)

 この情報を基に取材を進めると、それはかつて『週刊少年ジャンプ』に連載されていた人気漫画『アクタージュ act-age』の原作を執筆していたマツキタツヤ氏のことだと分かった。今は八ツ波樹というペンネームで、マンガワンにおいて『星霜の心理士』の原作を担当している。

「マツキ氏は二〇年八月、路上で中学生の胸を触ったなどとして強制わいせつ罪で逮捕・起訴され、懲役一年六カ月、執行猶予三年の有罪判決を受けました。かなりの人気だった『アクタージュ』は集英社が当時、即打ち切りとしました」(前出・小学館関係者)

 『星霜の心理士』はXの担当ではないそうだ。ということは、小学館では少女に対する性加害の前科があっても、お構いなしにペンネームなどで正体を隠し、起用することが当然のように行われていたということになる。

 今でも小学1年生などの学年誌を出している小学館に、あってはならない重大な不祥事である。

「すでに百人以上の漫画家が『マンガワン』から作品を引き上げるなど、大きな社会問題となっている」(文春)

 小学館は3月2日に声明を出し、「マンガワン編集部における作家・原作者起用のプロセスおよび編集部の人権意識を確認し、問題点を検証、原因を究明し、再発防止に向けた提言を得るために第三者委員会を設置する方針を決定いたしました」と発表した。だが、小学館に対する批判は日増しに大きくなっている。

 さらに文春(3月19日)は、やはり小学館が発行している「週刊ポスト」のグラビア担当編集者Xから、山梨県のロケ先で「強制的に口淫させられた」と告発したヘアメイクの女性の話を掲載したのだ。

 彼女は被害届を警察に出し、20年2月に受理された。小学館側は、示談交渉にも乗り出し、Xの謝罪文付きで合意書を結んだそうだ。

 しかし、その後もXはポスト編集部にいて、仕事を発注するからSEXさせてくれと、取引先の女性たちを誘っていたというのだ。

 Xはなぜか昨秋頃、小学館を退社したそうだが……。

 小学館は文春に対して、「当社社員に法令等の違反があった場合には、調査を行い会社として適切な処置をしています」と回答している。

 だが、文春やSNSに投稿しているマンガ家たちのコメントを読む限り、小学館の対応が“適切”だとは思えない。

揺らぐマンガ王国と
韓国Webtoonの台頭

 1例だけ紹介しよう。『ポケモン ピカチュウ・ニャースの大ぼうけん』を「小学一年生」で連載したふくやまけいこは、

《編集の人は仕事だから 売上が一番だけど/描いてる方は/売れなくてすまんと思いつつ/藤子先生から延々続く/マンガはええもんなんだって気持ちを/子ども読者に伝えてきてて/延々続けて伝えてきたのに/わしらのお客さんに/(被害者にも読者にも)/なんてことしてくれてんの/って気持ちが一番強いと思う》

 週刊新潮(同)によれば、このままでは女性誌などからスポンサーが引き上げ、フジテレビの二の舞になるのではないかと、小学館の関係者が憂えているという。

 小学館は3月2日、こう公表した。
「『堕天作戦』連載中止の際の事実関係、『常人仮面』の連載開始の事実関係、担当編集者が原作者と被害に遭われた方との和解協議に加わっていた経緯を把握するとともに、マンガワン編集部における作家・原作者起用のプロセスおよび編集部の人権意識を確認し、問題点を検証、原因を究明し、再発防止に向けた提言を得るために第三者委員会を設置する方針を決定いたしました」

 しかし、第三者委員会の調査報告を待つのではなく、ここまできたら小学館は会見を開いて、記者たちの疑問に答えるべきではないか。私はそう考える。

 いまやマンガ編集者「一強」時代である。そうした驕りが編集者や出版社側にあったのではないか。

 私が編集長をやっていた「FRIDAY」や「週刊現代」がそうだった。部数だけではなく、それなりの影響力もあると過信していた。

「社長が政財界人の集まるパーティーへ行けば、この間の現代のスクープはよかったねという話になるはずだ。少年マガジンのあのマンガは面白いという話にはならない」

 そう思っていたのだ。

 だが、マンガの社会的な評価が定着していくなかで、活字媒体はかつてのような輝きも自信も失っていった。

 今の若い経営者たちはマンガで育ってきた人たちである。私の知る若い財界人が私に、「僕はSLAM DUNK(井上雄彦)についてなら一晩中話していられる」と言ったことがあった。

 マンガの勢いは映画業界にも及んでいる。

 『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は約407.5億円を稼ぎ出し、日本の興行収入の第1位になった。第2位も『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』(2025年7月公開)が約398.4億円で、『千と千尋の神隠し』(約316.8億円)を抜いたのだ。

 講談社は昨年11月にハリウッド(ロサンゼルス)に新会社「Kodansha Studios」を設立した。

 自社がもっている膨大なIP(知的財産:マンガや小説など)を、「より主体的、かつグローバルに実写映像化していくこと。マンガやアニメを制作すること」を目的としているようだが、早い話、自分のところですべてをやれば、より儲かるはずだということだろう。

 しかし、これまで自社で動画制作や、それをどう売っていくのかなどのノウハウをもっていないのに、いきなりハリウッドというのはいかがなものか? という声が多いようだが……。

 韓国がスマホに特化した「縦スクロール式」マンガ「Webtoon(ウェブトゥーン)」を始め、日本のマンガの領域を確実に侵し始めている。

 映画もそうだが、日本のアイドル市場も、韓国が日本を凌駕し始めているようだ。

 3月21日にNetflixが独占中継した、韓国ソウルの中心部、光化門(クァンファムン)広場で行われたBTSお帰りなさいコンサートには、20万人以上が集まったといわれる。

 芸能界や音楽業界、映画業界も、韓国が日本を凌駕するまでになってきている。

 その韓国がマンガ業界にも進出してきたのである。

 小学館「マンガワン」問題は、日本的なマンガ家抱え込み戦略の綻びが表面化したにとどまらず、マンガ大国の終わりの始まりになるのかもしれない。

(以下次号)


<プロフィール>
元木昌彦
(もとき・まさひこ)
『週刊現代』元編集長 元木昌彦 氏『週刊現代』元編集長。1945年生まれ。早稲田大学商学部卒。70年に講談社に入社。講談社で『フライデー』『週刊現代』『ウェブ現代』の編集長を歴任。2006年に退社後、市民メディア「オーマイニュース」に編集長・社長として携わるほか、上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。日本インターネット報道協会代表理事。主な著書に『編集者の学校』(講談社)、『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)、『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、『現代の“見えざる手”』(人間の科学新社)、『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)など。

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