さだまさしに『関白宣言』という曲がある。その中に、「俺より先に死んではいけない」という歌詞がある。男は愛する妻に看取られて死んでいきたいという願いが込められていると思いたいのだが、それはこの歌が出た1979年頃の話。現在は残された妻(夫)を待ち受けるのは、過酷な現実だ。「誰にも心配をかけずに逝きたい」という願いとは裏腹に、避けて通れない様々な手続きが待っている。孤独を楽しみたいという内容の本が売れているが、実情はそう簡単なものではなさそうだ。
「老後ひとり難民」という言葉が
流行る背景にあるもの
過日、『老後ひとり難民』(沢村香苗著、幻冬舎新書)を紹介したことがある。「身寄りのない高齢者が入院して身動きができないとき、医療費は誰がどうやって払うのか。入れ歯を自宅に置いたまま入院してしまった場合、誰が入れ歯を取りに行くのか。入院した高齢者の携帯電話料金がコンビニ払いだったら、誰がどうやって払うのか。入院後に亡くなったら、死亡届や火葬などの手続きは誰が行うのか」などなど。残された夫(妻)ひとりではとうてい解決できないことばかり。
厚労省では、病院や介護施設が、家族や親族ら身元を保証する人がいないことのみを理由に入院や入所を拒むことがないよう通達を出している。しかし、実際には9割超の病院や施設では、身元保証人がない人は入院や転院、施設入所が「制約されている」と答えている(2022年末、一般社団法人「東京都医療ソーシャルワーカー協会」調べ)。調査の担当者は、「特に救急患者を受け入れる病院では、身寄りがない患者さんの家族を捜す、お金の出所を探すといった仕事が大幅に増え、職員の負担が増している」というのが実情だ。「家族親族の『代わり』を業務外で務めることが増えてきた現場からは、悲鳴が上がる」(朝日新聞 24年4月6日)という見出しで、身寄りのない人へのサポートの大変さを紹介している。
老後不安解消のため、国が「日常生活から死後対応まで」の新制度の検討を始めた。公的な支援の一つは、市町村や社会福祉協議会(社協)などに相談窓口を設け、「コーディネーター」を配置する。彼らが「日常生活の困りごと」「終活問題」など、あらゆる面で相談に乗る。法律相談や終活支援を担う専門職、葬儀・納骨や遺品整理を委任できる業者などにつなぎ、契約手続きを支援する。さらに、市町村の委託補助を受けた社協などが、介護保険などの手続き代行から金銭管理、緊急連絡先としての委託、死後対応などをパッケージで提供と盛りだくさん。でも国は現場に丸投げ状態。目次だけならいくらでも並べられる。現場の人材不足ではこの施策が具体的かつ円滑に運用されるとは考えにくい。神奈川県横須賀市など、積極的にこの問題に取り組んでいる地方自治体もあるが、これは超稀な例。
「葬儀や納骨、遺品整理を委任できる業者に取り次ぐ」というが、高齢者などを終身サポートする民間業者のサービス提供にも大きなばらつきがある。数年前、最大手の身元保証事業者「日本ライフ協会」が、約2,600人の会員を抱えたまま突然、破産手続開始決定を受けて大きな問題となった。沢村のいう、「本人の意思決定が重視されるということは、本人が意思決定できなくなったとき、代わりに意思決定してくれる身寄りがいなければ、さまざまな場面で行き詰まることを意味します」という提言を真摯に受け止めたいのだが、実情は混乱状態のままだ。
成年後見制度が見直されたというが…
沢村のいう「代わりに意思決定してくれる身寄り」という点では、認知症などで判断能力が十分ではなくなった人の暮らしや財産管理を支援する「成年後見制度」も忘れてはならない。その仕組みを見直す改正民法が6月17日に成立した。事実上は亡くなるまでやめられない「終身制」から「終わることができる制度」に大きく変わるという。
補助人から十分な支援が得られていないと感じた家族などが「利用者に判断能力が残っている」と、この関係を解消しようとしても、「医師の判断を必要とする」という難問が待ち構えている。医師が「自立している」と見なせばこの段階で解消はできない。所有する不動産の売却や金融機関との契約などの支援がすべて不要になったと不服申し立てを家裁に起こし、ようやく取り消しを認める審判があった。
また、「夫の親族が特養に入所した。家族がおらず、夫婦で世話をしていた。『家に帰りたい』というので、一緒に帰ろうとしたら、施設側が後見人をつけ、面会を遮断された。親族とはそれ以降、会えない日が続く。誰のための後見人制度なのか。成年後見制度の法改正が行われ、大きな権限を持っていた後見人は廃止される。しかし、表面的な見直しだけでは、形を変えた新たなリスクを生み出しかねない」(朝日新聞 26年7月14日「ひと」欄)と「後見制度と家族の会」の石井靖子氏は危惧する。
報酬をめぐる利用者側の不満も根強い。報酬は利用者の預貯金額などをもとに家裁が本人の同意なく決める。それも報酬額への根拠も示されることなく、不服を申し立てる仕組みもない。後見人や補助人に専門職が複数付き、ほかに監督人がいる場合もあり、報酬総額が年間100万円を超す例もあるという。さらに、後見人が預貯金を横領するといった不正行為も後を絶たない。
こうした状況を踏まえ、面倒をみてくれる人をあらかじめ決めておく「任意後見」という制度を利用するという方法もある。子どもや信頼できる友人などと事前に支援内容や報酬額などを決め、公正証書を作っておく。必要になったときに家裁に申し立てることで任意後見が始まる。全国の公証役場で受け付けている。また、低所得者の場合、全国の9割を超す自治体に申し立て費用と報酬の助成制度がある。この場合、弁護士などが無報酬での支援を余儀なくされる例もあるという。
ひとりを楽しめというけど…
『PRESIDENT』(24年2月16日号)の特集「孤独の不安が吹き飛ぶ! ひとりで生きる老後戦略」という見出しで、自立を謳歌するノウハウの特集記事があった。「在宅医療のプロが教える『ひとり老後』で病院に頼りすぎない生き方」を勧める萬田緑平氏が指摘する。萬田氏はがん患者専門の在宅緩和ケア医としてこれまで2,000人以上を看取ってきた。その氏が「実はひとり暮らしのほうが楽に最期を迎えられる」というのだ。
萬田氏の基本理念は、「本人が好きなようにさせること。人生の主導権は最期まで本人が持つべきだからです。本人が食べたければ食べさせますし、点滴が嫌ならやりません。たとえ医学的に正しいことであっても、本人が望まないことは決してやらないのです。それがもっとも楽に最期を迎えられるから」という。さらに「人間が亡くなる理由は病気ではありません。事故などを除き、すべての人間は老化が原因で亡くなるのです。心臓の老化が進めば心臓病と呼ばれ、肺や免疫機能の老化が進めば肺炎と呼ばれるなど、老化の段階に病名をつけているにすぎません。がんをはじめとするすべての病気は、根本的に治すことができず、腫瘍を小さくすることで、少しだけ心臓が止まるのを先延ばしすることしかできないのです」と言い切る。治すことができない病気を抗がん剤や手術など身体に負担の大きい治療で少しばかり延命をはかるより、本人が望むことをやって最期を迎えた方が幸せだと説く。
また萬田氏は、「ひとり暮らしのほうが実は楽に最期を迎えることができます」といい、「ネックは家族だ」。「長生きしてほしい」という理由で、本人の意に沿わない延命治療を望む家族が少なくない。本人に対しても「あれダメ、これダメ」と制し、入院や点滴を強要する家族もいる。「自然に死んでいくことができれば死は決して苦しいものではない。死そのものが苦しいのではなく、苦しくなるところまで生きさせられてしまうから苦しみが生まれる」と。「個・孤の時代」、あなたはどう生きますか。
※朝日新聞(6月29日「成年後見制度残る課題」)、同(7月6日「『終われる』成年後見制度 報酬は?」)参考。
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。








