『みいちゃんと山田さん』アニメ化をめぐって
SNSで話題になったかと思えば、アニメ化の反対署名が立ち上がり、賛同者には「フェミニストオールスターズ」という揶揄(やゆ)が飛び、それに対抗するように作者の過去や編集担当者の言動が掘り起こされて炎上し、人格攻撃にまで発展する。声優が決まればその声優への嫌がらせを心配する声まで出る――。
漫画『みいちゃんと山田さん』(講談社)のアニメ化決定をめぐる騒動である。
発達障がいや知的障がいを思わせる人物への蔑称として、登場人物「みいちゃん」の名はすでにネット上でミーム化している。そこにアニメ化決定が重なった。発達障がいや知的障がいを思わせる人物が搾取される側として描かれ、しかもその人物名が蔑称として使われるようになったことで、障がいを持つ人への否定的なイメージをかえって強めてしまっているのではないか。そうした懸念から、当事者団体や有識者の反対や、慎重に取り扱うべきとの声が上がっているというのが、とりあえずの現状のようだ。
『みいちゃんと山田さん』は、2012年の新宿歌舞伎町のキャバクラを舞台に、二人の女性の友情を描いた物語。主人公のみいちゃんは複雑な出自を背負い、幼少期から「困った子」として周囲に扱われてきた。物語は、みいちゃんの墓に手を合わせる山田さんの姿から始まる。
日常に溶け込んだ「発達」の言葉
20年以上のキャリアを持つ精神保健福祉士に、この作品についての見解を聞いた。
「みいちゃんは、発達障がいと知的障がいを抱えるキャラクターで、性的な快楽の提供で、大人たちの中に居場所を作って生き抜いてきています。
話が続くにつれ、その出自と、大人たちから疎まれてきた過去も背負っていることがわかりますが、奇異で浅はかな行動は、どちらかというと発達障がいや知的障がいの人の典型的な行動パターンや思考パターンという感じで描かれており、深みはありません。
舞台は、発達障がいが公的に認知され、支援体制の整備が進みつつあった時期と重なります。発達障がいだと診断されて支援機関の門を叩く人が増えてきたものの、まだまだ足りないという頃でした」
「最近、ボランティアで小学一年生の子どもたちを引率したのですが、視線が合わない子がいて、私が一瞬戸惑った顔をしたのだと思います。そうしたら、『○○ちゃんは‟発達”なの』と教えてくれました。こんな小さな子が‟発達”という言葉を知っているのかと感心するのと同時に、初めて会った大人に、センシティブな個人情報をさらっと言うのだなと驚きました」
ひとり歩きし始めた「みいちゃん」
障がいに対する理解が深まるのは、良いことなのではないか。
「『自分はADHDだ』と自認する若い人が増えていますが、言葉が身近になった反面、表面的な特徴だけが切り取られ、都合よく解釈されている側面があるように感じます。
詳しく検査をした方がいいのではないかと思う方と出会うこともありますが、「自分はADHDだ」と断言する一方で「何も悩んでいない」「自分は(障がい者とは)違う」という反応が返ってくることもあります。それでも、話をしていると歩み寄れる場合もあるので、踏み込んで考えたことがないだけなのだろうと感じます。今、『みいちゃんと山田さん』という作品に対して、いろいろな人が真剣に意見を述べている現状は、こうした状況に一石を投じていると言えるのではないでしょうか。
アニメ化については、露骨に嫌悪感を抱かせる登場人物がおり、あの人物たちが動き言葉を話すと考えたら、個人的には抵抗感があります。あくまで一定の判断力を持った大人が書籍で楽しむ方が良いのではと思いますね」
筆者も、中学生の女の子に「『みいちゃんと山田さん』って漫画、知ってる?」と尋ねてみた。「知っている」と言う。SNSでどんどんと流れてくるらしい。聞けば、学校現場ですでに「みいちゃん」という言葉がひとり歩きしている様子もうかがえた。
賛否があるものの、暴力、差別、性加害などが盛り込まれたこの作品が、子どもの目にも触れていいのだろうか。そういったことを考えていると、心がざわつくのも事実である。
【石橋雅子】










