福島自然環境研究室 千葉茂樹
今回は「裏磐梯と環境省」について書く。
環境省の杓子定規(しゃくしじょうぎ)な法律運用
先日、五色沼の観光施設の従業員と話をした。この方は、こんな現状になった(悪くなった)のは「環境省が悪い」という。
地元民は、昔から「山菜採り」や「キノコ採り」のために、裏磐梯の山に入っていた。環境省は、約20年前にこれらを「全面禁止」にした。
さらに観光施設関係者が、五色沼遊歩道(ハイキングコース)の整備をしようとしても「草刈りダメ」「小木(ヤブ)の伐採ダメ」と禁止したとのことである。
私が知る1979~2006年は、こんな禁止はなかった。地元住民は、登山道や遊歩道から脇道に入り、山菜やキノコを採っていた。当時の環境庁(01年に省に昇格)の職員は、「自然環境保全法」を睨みつつ、「地元民との共存」を図っていたものと考えられる。
ところが、07年頃に状況が激変した。私が推測するに、この頃に担当者が変わり、「自然環境保全法の『厳格な』運用」に切り替えたのであろう。要するに「国立公園にヒトの手を加えない」という解釈に変わった。法律は、運用する人間により解釈が激変する。
まとめれば、環境省は地元民の「従来の生活の行動を制限」し、観光資源である森林の「保全を禁止した」となる。
この結果、五色沼遊歩道を含む裏磐梯の森林地帯は、「草がボウボウ」「木が伸び放題」となった。五色沼遊歩道に限れば、「眺望がまったく利かない」ただの「森の中の道」になった。そして、ついには「クマ被害」も出た。
状況確認
07年頃、地元の方が、私に電話で上記の問題を伝えた。当時の私は福島市に居住していたので、環境省裏磐梯自然保護官事務所に電話を入れた。
環境省の職員は、地元住民が私に伝えたように「高圧的に制限だけ」を言ってきた。今風にいえば「上から目線」であった。話の内容は「登山道以外に立ち入る場合は、毎回許可を取れ」というのである。「林道を歩くのも許さない」と言われた。
この記事を書きながら、当時のことを思い出した。私も五色沼遊歩道で、環境省設置の「遊歩道以外への立入り禁止の看板」を見た。なお、当時の「看板の写真」を探したが、見つけ出せなかった。何せフィルム写真だけで約10万カットもあり、デジタル写真はそれ以上ある。見つけ出すのは容易ではない。
それでも、09年6月27日の写真に「裏磐梯スキー場に設置された看板」を見つけた(画像12)。ここは、現在も「通行禁止」である。

この道は、「裏磐梯スキー場の整備用の道」で、1888年爆裂火口まで登れる。私は車で通行していた。経緯を書けば、2000年に磐梯山で噴火騒動があった。私は火山活動の調査のため、北塩原村から「裏磐梯スキー場内の車での通行許可」を受けていた。
00年の磐梯山噴火騒動──仙台管区気象台「直ちに噴火も」──
裏磐梯スキー場内の「車での通行問題」に触れたので、「00年の噴火騒動」も書かせていただく。ネット検索「2000年の磐梯山噴火騒動」をしたが、当時の情報はほとんど消えていた。
噴火騒動では、00年8月16日午後6時、地元テレビ局から「仙台管区気象台会見『直ちに噴火も』」という衝撃的なタイトル・内容で報道された。これで地元観光は大打撃を受け、「約37億円もの観光被害が出た」と言われている。
当時、私は、磐梯火山の地質学的な総括論文「千葉・木村(2001)」の原稿の直しをしており、磐梯山麓で確認の調査をしていた。気象庁から臨時火山情報が出た日は、南西山麓で調査をしていた。
当時の記憶は今でも鮮明である。調査場所は南西山麓で、約50m先の電線にカラスが約200羽とまっていた。頻発する弱い地震のたびに、ギャーギャー騒いでいた。異常であった。
私は、関係機関に「入山許可」を取り、17日に入山規制中の磐梯連峰の頂部へ行った。頂部では、山麓の喧騒(けんそう)とは別世界で、野生動物がのんびりと暮らしていた。沼ノ平・1888年爆裂火口の噴気活動も、平時と変わらず「穏やか」であった。この状況から、私は「火山体での地震頻発は、南西部の地下における『断層活動』であり、直近の山頂噴火はない」と判断した。
下山後、直接テレビ局(上記とは別の局)に向かい、生出演となった。そこで、この日撮影した動画を流しながら「山頂噴火がすぐ起きることはない」と話した。すなわち、仙台管区気象台の会見とは「真逆の内容」を生で話した。実際の経過では噴火は起きていない。
私の話は、すべて「現地調査」を基にしている。虎穴(こけつ)に入らなければ、何もわからない。これに対し、気象庁の観測は「リモート(遠隔)」である。「危険であろうが、身を挺して現地を見なければ、何もわからない」、これが、私の基本姿勢である。
話は戻って、2026年の夏に行ってみたが、裏磐梯スキー場は草刈りもされず、クマがいつ出てきてもおかしくない状態であった。個人的には、地質調査でも、こんな草ボウボウのなかを歩きたくない。画像13は、裏磐梯スキー場の08年と25年の比較である。

(つづく)
<プロフィール>
千葉茂樹(ちば・しげき)
福島自然環境研究室代表。1958年生まれ、岩手県一関市出身、福島県猪苗代町在住。専門は火山地質学。2011年の福島原発事故発生により放射性物質汚染の調査を開始。11年、原子力災害現地対策本部アドバイザー。23年、環境放射能除染学会功労賞。論文などは、京都大学名誉教授吉田英生氏のHPに掲載されている。
原発事故関係の論⽂
磐梯⼭関係の論⽂
ほか、「富士山、可視北端の福島県からの姿」など論文多数。









