福島自然環境研究室 千葉茂樹
環境省の職員は、「裏磐梯の森」も「自然環境保全法の理念」もまったく理解していない。自然環境保全法は、「原始の森」の保全を主眼にしている。ヒトの手の入っていない森である。対照的に裏磐梯の森は「完全なる人工林」である。1888(明治21)年以降に「ヒトが植林」した。以下に、説明する。
五色沼遊歩道の今昔

1980年頃は、毘沙門沼周辺(画像01参照)では「マツタケ」が大量に採れた。マツタケは「風通しの良い環境」で出る。このためには、山の手入れ、すなわち、「下草刈り」や「木の枝切」を行わねばならない。手間がかかるが、当時は住民がその手入れをしていた。
このような手入れのため、80年頃は五色沼遊歩道(ハイキングコース)も、「開放感に満ちた、すがすがしい道」であった(画像14)。

さらに書けば、当時は五色沼遊歩道から「枝道」がたくさん伸びていた。地元民が、「山菜取り」や「キノコ採り」のために使っていた道である。この人たちは、「次の年の収穫」も考え、収穫と同時に「山の手入れ」もしていた。
私も地質調査でこの枝道を使い、数km先まで入り込んだ。そんな奥でも、ススキなどが刈ってあり、丘の上は、木がなく、見通しがきき、実に雄大な裏磐梯の風景が広がっていた。山が透けていたので、クマも出てこなかった。
ところが「今」は、その手入れ、すなわち木の枝打ちや下草刈りが、「環境省から禁止」され、五色沼遊歩道は荒れ放題となった。枝道もすっかり消え失せた。
観光施設の従業員がいうには、今年7月に観光客がクマに襲われた後も「地元では何もできなかった」という。クマが出ないように、下草刈りや木の伐採をしたかったが、環境省から「すべて禁止」されたという。
環境省は、裏磐梯をどうするつもりであろうか。私は、「法律や規則は、自然やヒトのためにあり、役所のための物ではない」と思う。
法律の問題:環境省と林野庁そして森林総合研究所
森林や山道について、「法律」を調べてみた。実に厄介である。環境省「自然保護関連法」、林野庁の法令、農林省関連の森林総合研究所の見解(後述)、官庁ごとに多種の法令がある。実にわかりにくい。
太古の昔から、地元民には「山の入会権(いりあいけん)」があり、地元住民は山から恩恵を受けてきた。要するに、山から「燃料となる薪」「山菜」「キノコ」などを採集していた。近年になり、政府機関(ここでいえば環境省)が、法律をつくり規制をかけた。地元民からいえば「おらが山」であり、「そこに入るのは権利である」という主張である。これに対し環境省は、「法律があるから従え」というのである。これが、対立の原点である。山の入会権(リンク13)を詳しく読むと、政府が行ってきた「矛盾だらけの行政」が浮き彫りになる。
ここに別の視点で、林野庁が入ってくる。環境省は「自然保護」、林野庁は「産業(林業)振興」、と森林に対するアプローチがまったく違う。これに、森林総合研究所が「森林の保護と育成」で加わる。このほか省庁がかかわる。実に複雑でわかりにくい。
まとめれば、役所間で「自然環境(裏磐梯の森林)」に対し、考え方がまるで違う。現実問題として、環境省は法律の権限を使い、地元住民に対し「裏磐梯の森林への立ち入りを禁止」した。ところが、住民には「昔からの入会権」がある。これらが複雑に絡んでいる。
裏磐梯の土地の歴史「ここは人工林」
江戸期から村および村人には、山からの恩恵を受ける「入会権(いりあいけん)」があった。明治になっても引き継がれた。裏磐梯が面倒なのは、「1888(明治21)年に小磐梯山が崩壊し、渓谷が土砂で埋められ、山麓の状態が大きく変わったこと」である。すなわち、裏磐梯は1888年以降に生まれた土地である。
さらに複雑なのは、政府が地元に断りもなく「裏磐梯の荒れた土地に植林し、成功した者にはその土地を安く払い下げる」と発表したことにある。土地の権利は「村」にあったはずである。この政府の勝手な「払下げ宣言」に乗った者がいた。多くの者がこの甘い誘いに乗り、「裏磐梯の植林」に乗り出した。多くの人間は失敗したが、成功したのは会津若松の遠藤現夢(げんむ)らであった。そして、彼らは1919年に裏磐梯の土地を手に入れた(画像15)。この辺のことはこちらに書いた(『会津嶺』2023年5月号 No.530(PDF))。その後、現夢の事業失敗から、裏磐梯の土地所有権の変遷があった。ヒトの欲が絡むと実にやっかいである。

もう1つ大問題がある。国立公園と聞くと、多くの方は「国の所有」と思うかもしれない。ところがこれが大間違いで、「国が範囲を決めて、国立公園にしているだけ」で、「個人所有の土地」も含まれる。この点、アメリカは単純で「すべて国の土地」である。
森林総合研究所職員の分析「規制は掛けられない」
これに対し、国の機関である「森林総合研究所」の職員は、「山の道問題」の論文(2021)(PDF)を書いている。
こちらは、山道に関して「規制は掛けられない」と結論している。私は、これについても、地質学関係学会の機関紙に記事を書いている(山の道問題、所有・管理・運用など一磐梯山を例にして一地(PDF))。
彼がいうには、基本的に「道がある以上、ヒトの立ち入りを禁止できない」という。「どんな細道でも、制限はできない」との見解である。なお、彼が指摘していたが、日本は「まあまあ、なあなあ」の世界で、法律もつくらずに社会の「従来の慣習」で動いてきた。山道もヒトが昔から使っているもので、法律をつくって急に止めることはできないというのである。
裏磐梯の五色沼遊歩道および枝道に当てはめれば、環境省がいうように「立入り禁止にはできない」ということになる。
環境省への提言「柔軟な対応をすべき」
環境省の職員は、「勘違い」をしている。裏磐梯の森は、「原始の森」ではなく「人工林」である。ヒトが手を入れた森林は、ヒトが手入れをしなければ、自然環境が暴走する。
もともと、裏磐梯の地は、1888年磐梯山噴火で生じた荒野で、その荒野を遠藤現夢らが、松などを植林してできた「人工林」である。2006年頃までは、地元民が手入れをして保全してきた。それを環境省は、「まかりならぬ」といきなり禁止したのである。裏磐梯の人工林が、その後どうなるのか、想像できなかったのであろうか。はっきり言って「馬鹿げている」。
私の心境をいえば、「環境省が勝手に規制をかけて、疲弊した森林にした」のである。ならば、「環境省自身で森林をきちんと管理」していただきたい。住民がやってきたように「草刈り」「樹木の管理(枯れた木の撤去、枝打ち、伸びすぎた木の伐採など)」「ヤブの管理」をしていただきたい。このように、森林を管理すれば、現在問題の「野生動物問題」、具体的にいえばクマ・サル・イノシシなどの対策は必要なくなると思う。
私の感想をいえば、「多分無理」である。森林が荒れすぎ、1980年頃の状態に戻すには、莫大な労力がいる。
私の提言は、「環境省は硬直化した考えをやめ、現状に即した柔軟な対応をすべき」である。裏磐梯の自然を知っているのは地元住民である。また、住民には「裏磐梯の自然とともに生きてきた英知」がある。この英知を使わない手はない。
砕けていうならば、環境省は住民をコントロールしながら、裏磐梯の自然を守って行けばよい。国家権力を使った住民弾圧は「愚の骨頂(ぐのこっちょう)」である。環境省は、裏磐梯の「自然を保全するにはどうすべきか」「住民と共生するにはどうすべきか」を考えて行動せねばならない。
危惧を述べれば、環境省はここ約20年間、裏磐梯の住民に圧力・規制をかけてきた。今さら住民に「山に入って、山菜・キノコを採っても良いので、ついでに山の管理もしてください」と言っても、できる人はいないであろう。裏磐梯の住民は、この20年間の間に20歳、歳を取った。私自身、20年前は、地質調査で山に頻繁に行っていた。ところが今は、歳を取って、億劫になりつつある。上記の考えは、遅きに失した感もある。
もう1つ危惧をいえば、役人は2~3年で異動(転勤)になる。役人は、「自分の任期期間に問題が起きなければ良い」のである。平穏無事(へいおんぶじ)、前例踏襲(ぜんれいとうしゅう)である。これではダメで、「自分は民への奉仕者(公務員)である」とういう高尚な考えで、裏磐梯の百年後をにらんで行動していただきたい。
まとめれば、環境省は上記を踏まえて「裏磐梯をどうするか」、自分たちで考えなければならない。現状のままでは、裏磐梯は疲弊するばかりである。
地元の方へ「役人といかに対峙するか(戦うか)」
官庁の職員のよりどころは「法律」である。彼らは、法律を盾に迫ってくる。だいたいワンパターンである。
私が見るに福島県の方は、この「法律=盾」を見ると「その前にひれ伏す」。これは、まったくダメな行為である。相手が法律を振りかざすのであれば、法律で対抗するしかない。上記のように法律、とくに省令などは、官庁によって異なる。各官庁は「自分たちに都合の良い」ように省令をつくっている。私から言わせれば、「矛盾だらけ」である。この矛盾点をかざして、論破すればよいだけである。勉強していただきたい。
もう一言書けば、各省庁の役人は、自分が所属している官庁の法令しか知らない。ほかの省庁の法令はまったく関知しない。役人と対峙するときは、この省庁間に存在する法令の「相互の矛盾」を突けばよいだけである。
最後に
江戸時代から「山は、山麓の自治体(村)、言い換えれば住民の共同所有物」であった。だからこそ、「入会権(いりあいけん)」がある。環境省がそれを無視するから、裏磐梯の現状となっている。私から言わせれば、「山を利用する地元民に、山(森林)の管理をお願い」すれば済むことである。
山の管理が適切に行われ、人里にクマ・サル・イノシシなどが出没しなくなることを願う。山の管理が適切になされれば、裏磐梯も「かつての輝き」を取り戻すであろう(画像16)。

原稿の仕上げをしていた9月18日に問題が起きた。⑤を追加で書かせていただく。
(つづく)
<プロフィール>
千葉茂樹(ちば・しげき)
福島自然環境研究室代表。1958年生まれ、岩手県一関市出身、福島県猪苗代町在住。専門は火山地質学。2011年の福島原発事故発生により放射性物質汚染の調査を開始。11年、原子力災害現地対策本部アドバイザー。23年、環境放射能除染学会功労賞。論文などは、京都大学名誉教授吉田英生氏のHPに掲載されている。
原発事故関係の論⽂
磐梯⼭関係の論⽂
ほか、「富士山、可視北端の福島県からの姿」など論文多数。









