高島福岡市政の16年(1)アジアの玄関口に咲く「表現」のリアル─起業家精神と融合したアート支援(後)

画家・劇団エーテル主宰 中島淳一

第3章 アジアの玄関口としての地理的優位性と「FaN」のリアル

 福岡市のアート政策を考える際、忘れてはならないのが、この街が古くから「アジアへの玄関口」であったという事実である。

 大陸との交流の歴史を背負う福岡は、東京や大阪とは異なる文化的な位置を占めてきた。その象徴が、1999年に開館した福岡アジア美術館である。アジアの近現代美術を体系的に収集・展示し、作家との交流や滞在制作を積み重ねてきたこの美術館の存在は、現在の福岡市のアート政策が突然生まれたものではないことを教えてくれる。

 つまり、現在のFaNへとつながる土壌は、すでに数十年前から耕されていたのである。

 高島市政はその文化的蓄積を受け継ぎながら、アートを都市ブランディングや市場形成、都市開発とも接続させる方向へと展開してきた。

 その中核となるのが、2022年に始動した「Fukuoka Art Next(FaN)」である。

 ここで重要なのは、単にアーティストを育成するだけではなく、「作品を見る人」「作品を買う人」「作品について語る人」を増やそうとしている点である。

 どれほど優れた作家が存在しても、それを受け止める社会がなければ文化は循環しない。作家を育てることと同時に、鑑賞者を育て、コレクターを育て、市民のなかに「アートと暮らす」という感覚を根づかせる必要がある。

 その思想を街全体へ展開する装置の1つが「FaN Week」である。

 美術館やギャラリーという閉じられた空間だけではなく、再開発によって生まれた新しい都市空間、商業施設、公園、歴史的な場所などへ作品を展開していく。これは単なる展示場所の拡張ではない。

 「美術を見るために街へ行く」のではなく、「街を歩いていたら美術と出会ってしまう」という状況を意図的につくり出しているのである。

 この違いは大きい。

 美術館へ足を運ぶ人は、すでにアートに何らかの関心をもっている。しかし、街角や商業施設で偶然作品と遭遇する人はそうとは限らない。その偶然の出会いが、新しい鑑賞者を生み、時には未来のコレクターにつながる可能性さえある。

 また、福岡という都市のコンパクトさも、この政策と相性が良い。空港、博多駅、天神、文化施設、商業施設が比較的近い範囲に集積し、国内外から訪れた人が短時間のうちに都市を回遊できる。アジアとの近さという地理的条件に、この都市構造が重なる。

 さらに特徴的なのが、行政トップ自身による情報発信である。市長記者会見などの公的な発信の場でアートを取り上げることは、作品そのものへの評価とは別に、「この都市は芸術を重要なものとして扱う」というメッセージを社会へ送ることになる。

 政策とは、予算だけではない。

 何を語るかもまた、政策なのである。

 福岡市がFaNを通して試みているのは、都市の物質的成長と文化的成熟を対立させないことである。

 新しいビルが建つ。その空間に作品が置かれる。そこへ人が集まり、作品を見る。作家を知る。作品を購入する人が現れる。その資金が次の制作へ回る。そして新たな作品が街へ戻ってくる。

 もしこの循環が本当に定着するならば、福岡は単に「アートイベントの多い街」ではなく、表現者が制作し、発表し、生活を営むことができる都市へと変わっていく。

 私は、その可能性こそFaNの最も重要な部分だと考えている。

第4章 起業家精神がもたらす光と影

──現場の表現者が直面する「リアル」──

 ここまで見てきたように、起業家精神と芸術支援を結びつけようとする福岡市の試みには、確かな可能性がある。

 しかし私は、画家として、この政策を手放しで礼賛することもできない。

 なぜなら、芸術には経済合理性だけでは測ることのできない時間が存在するからである。

 まず「光」の部分を認めなければならない。

 Artist Cafe Fukuokaをはじめとする支援によって、若い表現者が契約、著作権、セルフプロデュース、作品発表などについて学ぶ機会が増えたことは重要である。芸術家であることと、社会について無知であることは同義ではない。むしろ、自分の作品と権利を守る知識をもつことは、自由な創作を続けるための条件でもある。

 発表の機会が増えることも大きい。

 誰にも見られない作品は、社会との関係を結ぶことができない。作品が街へ出て、人の眼に触れ、そこから批評や購入や新しい仕事につながる。その回路を行政がつくることには明確な意味がある。

 だが、その「光」が強くなればなるほど、別の問題が見えてくる。

 芸術は、成果が出るまでに時間がかかる。

 1年で評価される作品もあれば、10年、20年を必要とする表現もある。生前ほとんど作品が売れなかった芸術家が、死後、美術史そのものを書き換えた例を私たちはいくつも知っている。

 もし芸術支援にスタートアップと同じ時間軸を持ち込み、短期間の成果、話題性、来場者数、販売実績、SNSでの拡散といった「測定可能な成果」を過度に求めるようになれば、そこからこぼれ落ちる表現が必ず出てくる。

 難解な作品。

 暗い作品。

 社会に不快な問いを突きつける作品。

 市場に迎合しない作品。

 何年描き続けても、すぐには理解されない作品。

 しかし私は、むしろそこに芸術の重要な役割があると思っている。

 芸術は都市を美しく飾るためだけに存在するのではない。時には街の価値観に亀裂を入れ、私たちが当然だと思っていたものを疑わせる。それまで見えなかった痛みを可視化し、社会が忘れようとしていた記憶を呼び戻す。

 芸術には、都市を飾る「花」であると同時に、都市に刺さる「棘」であることも許されなければならない。

 ここに、起業家精神と芸術を融合させる際の最も難しい問題がある。

 「自立」という言葉は美しい。しかし、その言葉がいつの間にか「売れない者は努力が足りない」という論理へ変質してはならない。

 芸術家の経済的自立を支援することと、市場原理だけでは存続できない芸術を排除しないこと。この2つは矛盾するように見えるが、成熟した文化都市には、その両方が必要なのである。

 ポップで親しみやすい作品もあってよい。商業施設に似合う作品も必要だろう。企業と協働するアーティストもいれば、作品販売によって世界へ羽ばたく若い才能もいる。

 しかし同時に、小さなアトリエで何十年も黙々と制作を続ける画家がいてもよい。観客が10人しか来ない実験演劇があってもよい。採算の取れない舞踏、前衛音楽、詩、伝統芸能、あるいは名づけることさえ困難な表現が、街の片隅で呼吸していてもよい。

 その「無駄」に見えるものを許容できるかどうか。

 私はそこに、文化都市の本当の豊かさが現れると思っている。

 福岡市がこの16年間に築いてきたものは、決して小さくない。スタートアップ支援で培った発想を文化政策へ接続し、行政、企業、アーティスト、市民を結ぶ新しい回路をつくろうとした。その挑戦自体は、日本の地方都市における文化政策を考えるうえで重要な実験である。

 しかし、だからこそ、次の段階が問われる。

 「売れるアート」を育てるだけではなく、「まだ売れないアート」を待つこと。

 「理解される表現」を広げるだけではなく、「まだ理解されない表現」を守ること。

 都市を華やかにする作品だけではなく、都市そのものを問い返す作品にも場所を与えること。

 経済と芸術を結びつけながら、芸術を経済の僕にはしない。

 その困難な均衡を実現したとき、福岡は初めて「アートを利用する都市」から、「アートとともに生きる都市」へと成熟していくのではないだろうか。

 アジアの玄関口に咲き始めた「表現」という花が、一過性の都市イベントとして散ってしまうのか。それとも、目に見えない根を街の奥深くまで張りめぐらせ、10年後、20年後の福岡をかたちづくる文化になるのか。

 その答えは、まだ出ていない。

 だからこそ今、私たちは、この街で起きていることを見つめ続ける必要があるのである。

(了)

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