2024年05月01日( 水 )

「サロン幸福亭ぐるり」と中沢卓実(1)

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大さんのシニアリポート第133回

 URの空き店舗を借りて運営してきた「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)を3月末で閉亭し、以前運営していた場所に移した。理由は運営費用の問題もあるが、私が望んでいた「高齢者の居場所」というイメージから大きく変貌し、元に戻そうという気力が失せたというのが本音だろう。初期の理念とは、「孤独死者を出さない」だった。拙著『団地が死んでいく』(平凡社新書)上梓の際、取材した千葉県松戸市常盤平団地自治会会長(取材時)の中沢卓実さんの考え方に影響を受け開亭したからだ。カリスマとも呼ばれた中沢卓実さんの生き方を報告したい。

「正面から突っ込め!」といわれて

サロン幸福亭    「幸福亭」(「ぐるり」の以前の呼び名)を立ち上げたのは2008年8月13日だった。拙著上梓後平凡社新書編集長Iとの打ち上げの際、「大山さんも居場所を立ち上げたら」という彼の一言に、「やりましょう」と返事したことが「幸福亭」開亭の理由だった。酒席とはいえ軽率さは免れない。窮した私は早速中沢さんに連絡を取った。中沢さんからの返事は、「突っ込め」だった。「突っ込め」とは、県の住宅課に出かけて直接担当者と開亭の交渉をせよ、ということだ。私は県営住宅に住んでいる。だから県は「大家」で、私は「店子」という関係にある。開亭予定の集会所は県所有だから、許可を取ることが最優先だ。翌日私はアポも取らず、いきなり県営住宅課に乗り込み担当者に面会を申し込んだ。

 拒絶の予測に反して丁寧に招かれ、その場でOKをいただけたのである。実は県としても高齢者の見守り、居場所など、地域にいる高齢者が抱える特有の諸問題対策について模索していた時期に、突然私が現れたという訳である。県と私とは突然蜜月状態。夜間に福祉部の部長から電話があり、翌日県議会で答弁する内容のチェックまで依頼を受けるという有り様。許可の条件として、集会場の管理運営は自治会に委任しているので、自治会に「断りを入れること」ということだった。

 県から快諾を受けた日から数日後、自治会長に事の詳細を報告。「5月の全体会議で報告してほしい」という会長の申し出に従い出席。「幸福亭開亭」は最後に審議されると用紙に明記されている。審議される?報告ではなくて「審議?」。

開亭の壁は自治会

 不安は現実となった。会議の空気がとげとげしい。「報告する」はずが「説明せよ」となり、質疑応答。意味不明な質問が続く。明らかに「拒否」の空気感なのだ。その日は了承されず翌月に回された。6月も同様だった。理由を考えてみたが分からない。中沢さんに連絡して、打開策を問うた。「あははは、それは焼きもちだよ。嫉妬だ」と一蹴された。大きなことをやろうとすると、必ず異を唱える人が現れるという。

孤独死を考える講演会で話す中沢氏
孤独死を考える講演会で話す中沢氏

    中沢さんは自治会長としてUR(旧・公団)に値上げ反対、建て替え反対の闘争を仕掛け成功させる。「孤独死回避」を提唱し、団地住民の総意を勝ち取った結果、「カリスマ中沢卓実」として全国に名を馳せた。「中沢の次は俺」と目論んでいた住民にとって、中沢さんの打つ手が面白くない。理由もなく異論を唱える。「大山さん、あなたのやろうとしていることは嫉妬されるほどに凄いことなんですよ」と諭された。つまり、高齢者の居場所づくりは自治会の仕事、1人の住民だけで関われる問題ではないということなのだ。たった1人の住民が、県と直接交渉して快諾を得ることが許しがたいのだ。

 「自治会至上主義」を掲げる自治会執行部には私の存在そのものが面白くないのだ。残念ながら自治会には「高齢者の居場所」を開設し、持続させる力もノウハウも覚悟もない。7月の会議でも了承されず、「県の承諾は得ている。いかに反対されようとも開亭します」と宣言して、席を立った。その後を自治会長が追ってきた。「申し訳なかった。開亭してください。あとはナントカします」といった。翌13日、集会所に「幸福亭」を開亭させた。

(つづく)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。

(第132回・後)
(第133回・2)

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