2024年05月02日( 木 )

いま世界で何が起きているのか?(3)

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広嗣 まさし

現代の民族浄化運動

    イスラエル問題をどう見るべきか? これについてはミアシャイマーやサックスよりも、イスラエル生まれで、現在は国外追放に近いかたちでイギリスのエクセター大学で教鞭をとっているイラン・パペの発言をまず紹介したい。

 周知のように、イスラエル国家を支える柱はシオニズム。パペはこのイデオロギーを、自分たちの存立を脅かすいかなる民族をも排除して然るべきと見たナチズムと同質と見る。したがって、現在進行中のガザ侵攻は国是の当然の帰結ということになる。

 パペによれば、イギリスなどの西欧諸国が植民地で行った一連の事柄の帰結が、イスラエルのパレスチナ政策である。西欧諸国の植民地における民族浄化運動の現代版だというのだ。したがって、ホロコーストを持ち出してイスラエルを弁護するのはナンセンスで、むしろホロコースト同じことをイスラエルがやっていると見るべきだというのである。彼の親類にはホロコーストで犠牲になった者もいるが、そうであればこそ、今のイスラエルが許せない。

 彼は言う、「21世紀にもなって、こうしたことがまかり通るとは信じ難いが、実際には民族浄化は世界のあちこちで、さまざまなかたちで行われている」と。つまり、19世紀以来の植民地主義は、終わったかに見えて終わっていないというのだ。

イスラエルは反ユダヤ国家?

 パペと並んで、ケンブリッジ大学のキーラーも捨てがたい歴史学者だ。彼によれば、イギリスの植民地主義の生み落とした負の遺産が現代世界のさまざまな紛争のもとになっている。イスラエル問題はその1つであり、そこにナチズムの影があると見る点でパペに近い。

 キーラーはシオニズムの本質は西欧中心主義だという。そのような主義を掲げるイスラエルは、西欧とアラブ諸国との溝を深める装置として機能しているともいう。彼の見方では、西欧にとってウクライナが反ロシアの砦となっているように、イスラエルは反アラブの砦になっている。そのような西欧的発想から脱皮しなくては、イスラエルに未来はないという見解である。

 イスラエルの大きな問題は、かつてのナチスがそうであったように、人種差別教育を徹底させている点にあるとキーラーはいう。すなわち、イスラエル政府は反アラブ主義を国民の脳に刷り込んできたというのだ。イスラエルの若い世代はそれを信じなくなっているとはいえ、イスラエル人の日常会話のなかに反アラブ言説が行きわたっていることを彼は指摘する。現政権はそういう国民に支持されており、イスラエルの対パレスチナ政策が早急に変わることはないだろう、というのだ。

 このことは、数日前にYouTubeで見た数カ月前の映像の内容と符号する。あるアメリカのユダヤ青年がイスラエルに行って、ショックを受けたというのである。子どもが路上で怪我をしているのを見た彼は、その子に手を差し伸べようとしたのだが、周囲から「アラブ人だから助ける必要はない」と言われたというのだ。そのとき彼は思ったという。「イスラエルって、本当にユダヤ人の国なのか?」と。

 イスラム教にもユダヤ教にも詳しいキーラーは、イスラエルの実情をよく知っている。それゆえ「イスラエルはユダヤ国家どころか、反ユダヤ国家である」とまで発言する。これは伝統的なユダヤ教徒の見解と一致する意見で、ニューヨークやロンドンの伝統的ユダヤ教徒たちは「イスラエルよ、パレスチナ人に土地を還せ」と叫んでいる。イスラエルがユダヤ国家であるとは、正統的なユダヤ教徒には認めがたいことなのだ。

自国を愛すればこその批判

 さて、前節で言及したミアシャイマーとサックスのイスラエル観を見よう。ミアシャイマーの主な業績は、アメリカ国内には巨大な財力をもつイスラエル支持団体があり、これに逆らうと政治が機能しなくなるため、歴代の大統領がこの団体のいうことを聞いてきたということを暴露したことにある。そういうわけで、イスラエルが全世界の非難を浴びる現状が続けば、それを支持するイスラエル・ロビーも立場が悪くなり、そのいうことを聞いているアメリカ政府も立場が悪くなると彼は見ている。もしイスラエルの存続を望むなら、イスラエル・ロビーそのものが方向転換すべきだということになる。

 一方のサックスは、世界が多極化しているのに一極化に固執しているアメリカは、何千年も前の信憑性のない記録を基に自らを神聖化しようとするイスラエルと同じ誤りに陥っているという。彼自身がユダヤ人であるために、イスラエルの現状を正視できないようで、『聖書』の一節をもち出して自己正当化を図るイスラエルを「狂気の沙汰」と見ている。したがって、そのような狂気を支えるアメリカにはほとほと愛想を尽かしている。

 ミアシャイマーの冷静な現状分析に対する、サックスの正義と平和への熱い願い。この2人は先のパペやキーラー同様、現代人の知的財産である。パペは母国イスラエルを非難し、キーラーは母国イギリスを容赦なく批判する。また、アメリカ人のミアシャイマーとサックスは、イスラエルよりもそれを支持するアメリカ政府に非難の矛先を向けている。彼らに共通するのは、自国を愛すればこその批判なのである。

(つづく)

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