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2017年04月18日 14:55

好機を捉えて成し遂げた韓国・慶尚南道議会との友好交流(前)~原口剣生 自由民主党福岡県議団会長

 福岡県議会と韓国・慶尚南道議会は、2012年5月に友好交流協定を締結し、現在でも緊密な友好関係が続いている。当時、どのような流れで締結まで至ったのだろうか。自由民主党福岡県議団会長であり、福岡県日韓友好議員連盟会長も務める原口剣生県議に当時の話を聞いた。

(聞き手:弊社代表・児玉 直)

 ――現在、日韓関係が非常に難しくなっているなか、福岡県議会は慶尚南道議会と良い関係を続けていると聞きます。福岡県日韓友好議員連盟会長としてどのようなかたちで携わってきたのでしょうか。

 原口剣生県議(以下、原口) 今から5年前。私が県議会議長だったときに、在福岡大韓民国総領事――そのときは趙廷元(チョ・ジョンウォン)さんでしたが、「日韓関係でいろいろとお考えのようですね」ということで、私と藏内勇夫自民党福岡県支部連合会会長、福岡県日韓親善協会副会長の村井正隆さん(ムライケミカルパック(株)代表取締役社長)とで会食しました。

 そのときに総領事が言われたことが「韓国のどちらかの都市と交流を結ばれていますか?」でした。「残念ながら、近くて遠い国のような状態になっています」と答えました。そのころにも従軍慰安婦問題はありましたし、北朝鮮問題など、いろんな背景がありました。しかし、「私たちは福岡のすぐ近くにある大韓民国と経済、教育、環境などに至るまで、交流を結びたい。どちらか良い交流先はありませんか」とお聞きしました。

 総領事は「韓国に慶尚南道というところがあります」ということで紹介していただき、日韓議員連盟で韓国まで行きました。

 ――慶尚南道は韓国の南東部にある行政区ですね。釜山の近くですか?

 原口 釜山は特別区ですので慶尚南道に含まれませんが、場所的には釜山の隣になります。その慶尚南道の道庁所在地がある昌原市に話に行きました。あちらにも韓日議員連盟があって、当時の韓日議員連盟の会長は金成圭(キム・ソンギュ)さん。慶尚南道議会の議長が許起道(ホ・ギド)さんでした。ご挨拶して「交流を結びたいと考えています」と伝えました。

原口剣生 自由民主党福岡県議団会長

 そのときに、間を取り持ってくれた方が、韓日親善協会中央会の金守漢(キム・スハン)さん。この方は本当に親日で、事務所に行くと天皇陛下や歴代総理と会っている写真が沢山飾ってありました。その当時は、金守漢さんがどういう方がよく存じ上げていなかったので、村井さんに「どういう先生ですか?」と聞いたところ、「日本でいう衆議院議員の議長をした方です」と教えていただきました。日本と韓国の歴史もよく知ってらっしゃる方だからということで、こちらの考えをお話ししたところ、「僕に任せてくれ」と正式に慶尚南道と結び付けていただきました。

 その後、私たちは改めて韓国にうかがって正式に交流の申し出をしました。許議長は「考えさせてください」というお返事でしたので、「では、今度は福岡に見に来てください」と韓日議員連盟の方たちに福岡に来ていただきました。そしてまた、そのお礼に私たちがすぐに韓国に行くという感じで交渉を続けました。

 そういうやり取りをしていくなかで、最終的にあちらは断りに来たと思うんですよ。でも、私はその雰囲気を察知して会席を持ちました。私は通訳を介してずっと許議長を説得していたのですが、「その話は私の次の議長と話してくれ」と半分及び腰でしたね。「そうじゃないでしょう。私とあなたはたまさか同級生だ。韓国語でいえばチング(年の近い友だち)だ。友だちなんだよ」と言ったら困った顔をされている。そして、許議長が金成圭会長に何か言っているんですね。

 そういう状態が続いていたところ、その会席をしたお店にたまたま韓国語が堪能なコンパニオンさんがいて、「原口先生、こちらの方がもう1人の方を気にされています。どうも、あちらの方が指令を出しているようです」と教えてくれました。実は金会長がキーマンだったんですね。

 ここぞとばかりに、許議長に「韓国では友だち同士で酒を飲むときは腕を回して飲むでしょう」と言ってお酒をキュッと飲みました。さらに「友だちだからもう一杯」と、ずっと飲み続けていたところ、許議長が「会長、もういいじゃないですか。交流を結びましょう」と。ついに金会長も「結べ」とおっしゃられました。

 こうした出来事があって、その方々が韓国へ帰った次の日には、私と月形祐二県議(現・糸島市長)の2人で韓国に行って、あちらで最終的な詰めをやりました。帰国後、許議長とメールでやり取りをして、「ぜひ、あなたと私が議長のときに承認したい」ということで、私の議長の任期が終わる少し前の2012年5月10日に、福岡県議会と慶尚南道議会の友好交流協定書を締結しました。

 ――タイミングが少しでも遅れていたら、友好交流は流れていたということですね。

 原口 その当時、蔵内会長から「おい原口、『鉄は熱いうちに打て』とはこういうことだ。時間も必要だし、お前も忙しいだろうけれど、これは必ずお前が議長の間にやれ。交流というのは、話が盛り上がったときにしかやれないぞ」と助言を受けたので、私は一気に動きました。

 そして、蔵内会長に「無事に調印できました。ありがとうございました」と報告したところ、「議長職はあと少しで終わりだろうけれど、お前が調印したのだから、最初の議連の会長はお前がやれ」とおっしゃられまして、その流れで今も日韓友好議員連盟の会長をやらせていただいています。

(つづく)
【文・構成:犬童 範亮】

<プロフィール>
原口 剣生
1954年、福岡県久留米市生まれ。自由民主党福岡県議団会長。第61代福岡県議会議長、福岡県日韓友好議員連盟会長、福岡県生活衛生議員連盟会長などを務める。

 
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