2021年12月07日( 火 )
by データ・マックス

人工知能(AI)は人間を見つめ直す鏡である!(2)

玉川大学文学部教授 岡本 裕一朗 氏

人間が幸せを感じるとはどういうことなのか

 ――本書では、正義、脳、芸術家、恋愛、労働者、宗教、遺伝子とAIとの関連ついて書かれています。そして、先生はそれを「思考実験」と呼んでいます。少し解説いただけますか。

 岡本 18世紀末の哲学者イマヌエル・カントは、哲学を「学校的な意味(専門哲学者に向けて)」と世界市民的な意味(一般の人々に向けて)」に区別しています。そのうち、世界市民的意味における哲学の分類を参考にしながら、下記の7つに分けて、本書では議論を提供しています。

(1)AIは倫理を学びうるか?    (AI vs正義)
(2)AIは何を知りうるか?     (AI vs脳)
(3)AIは芸術を評価・制作できるか?(AI vs芸術家)
(4)AIの幸福とは何か?      (AI vs恋愛)
(5)AIは人間の仕事を奪うのか?  (AI vs労働者)
(6)AIにとって宗教とは何か?   (AI vs宗教)
(7)AIは人類を破滅へと導くか?  (AI vs遺伝子)

 今回私は「人間はできるけど、人工知能にはできない」というような人間と人工知能を対立させて考えるという立場を基本的にとっていません。人間が行っていることを、技術的に分解して、もとに戻せば、それはどういうことなのかを、改めて考えました。
たとえば、「人間が美を感じるとはどういうことなのか」「人間が幸せを感じるとはどういうことなのか」「人間が宗教を信じるとはどういうことなのか」などです。

 思考実験についてですが、理系的な物事は、ある程度まで、現実的な実験を行うことが可能です。しかし、人文的な物事の多くは現実的な実験を行うことができませんし、一方で統計やアンケートをとるだけで済むわけでもありません。哲学は「思考実験」(理想的な実験方法や条件を想定し、そこで起こると考えられる現象を理論的に追究すること「こうしたことが起こったら、一体全体どういうことになるのだろう」)と相性が良く、歴史を遡れば、ソクラテス、プラトンの「ギュゲスの指輪」(※1)からデカルト、アインシュタインの時代を経て、現代まで脈々と続いてきています。

労働者を駆逐するのは同じ人間である経営者

 ――今読者が一番興味をもちそうなもの3つについてお聞きします。まず、「AIvs労働者」です。

 岡本 人工知能(AI)が進化するにつれて、人間の仕事が奪われるのではないか。こんな不安の声をしばしば耳にするようになりました。2013年にオックスフォード大学の研究者たちは、「将来のコンピューター化によって、(中略)アメリカの全雇用のおよそ47%に極めて高い(失業の)リスクがある」という注目すべきレポートを提出しました。また、2009年にマーティン・フォード(アメリカのIT企業家)の著した書物『The Lights in the Tunnel』が2015年に日本で翻訳された時には、『テクノロジーが雇用の75%を奪う』というタイトルになりました。これらの主張を仮に「人工知能失業論」とすると、人工知能失業論では、あたかも「人工知能」と「人間」が対立して、人類の大部分が失業して、生活できなくなるかのような印象を受けます。つまり、「恐怖感」のみが語られています。

 これらの数字の根拠自体が問題だと思いますが、それはここでは問いません。この問題を取りあげた理由は2つあります。

 1つ目は、人間社会の75%が仕事を失ったとしても、人間の代わりに、AIやロボットが働いて、たとえばベーシックインカム(※2)などの導入も進み、人間が普通に生活していけるのであれば、それのどこが問題なのでしょうか。逆に、本当に75%の人に給料が入らず、生活ができなくなれば、残りの25%の経営者がモノを生産しても、その生産に見合う消費者がいませんので、早晩社会そのものが成り立たなくなります。そして、社会システムを大転換することになるだけです。

 2つ目は、人工知能は人間を駆逐しません。労働者を駆逐するのは、同じ人間である経営者です。これは、高い賃金の日本人労働者を嫌い、安い賃金で外国人労働者を雇っている現在の状態と何ら変わりません。資本主義社会なので、たとえば日本人経営者ならば、日本人労働者と産業機械と外国人労働者と人工知能(ロボットなど)を天秤にかけて、利潤を追求しているに過ぎません。
 最後に、この問題については、もう1つ付け加えさせていただきます。昨今は、新聞、雑誌などの特集で「AIに職を奪われないクリエイティブな仕事をしよう」というコピーがよく躍ります。これは本質を誤った議論です。クリエイティブな仕事は、全仕事の数%を占めるに過ぎません。従って、社会が問題の解決をこの方向へと誘導することは大きな間違いを犯すことになります。

(つづく)
【金木 亮憲】

※1 ギュゲスの指輪
プラトンの著作『国家』(ポリテイア)に記載。ギュゲスという羊飼いは、あるとき地震によって開かれた洞窟に入り、青銅の馬をみつけた。馬の体の空洞には金の指輪を付けた死体があった。この指輪「ギュゲスの指輪」は玉受けを内側に回すと周囲から姿が見えなくなり、外側に回すと見えるようになるという不思議な力をもっていた。

※2 ベーシックインカム
最低限所得保障の一種。政府がすべての国民に対し最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を定期的に支給する政策。

<プロフィール>
岡本 裕一朗(おかもと・ゆういちろう)

 1954年福岡生まれ。九州大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。九州大学文学部助手を経て、現在は玉川大学文学部人間学科教授。西洋の近現代思想を専門とするが、興味関心は幅広く、領域横断的な研究をしている。
 著書として『フランス現代思想史―構造主義からデリダ以後へ』(中公新書)、『思考実験―世界と哲学をつなぐ75問』、『12歳からの現代思想』(以上、ちくま新書)、『モノ・サピエンス物質化・単一化していく人類』(光文社新書)、『ネオ・プラグマティズムとは何か―ポスト分析哲学の新展開』、『ヘーゲルと現代思想の臨界―ポストモダンのフクロウたち』、『ポストモダンの思想的根拠―9.11と管理社会』、『異議あり!生命・環境倫理学』(以上、ナカニシヤ出版)、『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)など多数。

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