2024年04月20日( 土 )

貴乃花親方辞職事件の真実(8)

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青沼隆郎の法律講座 第16回

点から線へ3つの不可解事件

(1)告発状事実無根強制事件
 協会は外部の弁護士に鑑定を依頼し、告発状が事実無根である旨の鑑定結果を添え、貴乃花親方に告発状が事実無根の告発であることを認めるよう迫った。貴乃花親方はすでに告発状を取り下げ、協会と争う意思がないことを表明していたにもかかわらず、公費を出費し、外部の弁護士から意見書を入手してまでの要求行為は、その目的が不明なだけに、不可解極まりない事件だった。

(2)一門所属義務規則の制定
 無所属の親方(つまり貴乃花親方ら)に対していずれかの一門に所属する義務を規定した規則を議決したとされる。しかも、その義務を履行しない親方とは弟子育成委託契約を解除するとのことだった。ただし、これは公式発表がなく、契約解除は決定事項ではないと協会は全面否定している。いずれにせよ、重要な規則の制定でありながら、正式な発表もなく、その内容も不明である。それ自体が不可解という他ない。

(3)日馬富士暴行事件の示談交渉における提示額
 長く水面下での交渉状態にあった、日馬富士暴行事件に関する示談交渉の経緯が明らかにされた。驚くべき事実は、日馬富士側の示談金の提示額は当初30万円で、調停段階でも50万円だった。プロスポーツ選手である貴ノ岩の損害がそのような低額であるはずもなく、明白な加害責任のある日馬富士の提示額は極めて不可解という他ない。

謎を解く事実

 示談交渉が調停段階となり、9月26日が第2回期日であったところ、日馬富士側の代理人が突然無断欠席した。調停委員はこの事実に対し、調停不調を決定した。
 なぜ、日馬富士の代理人は突然無断欠席したのか。調停を不調にするためには、出席して、従来通り、50万円の支払いを主張すれば良く、無断欠席は極めて不可解という他ない。

 しかし、その鍵を解く事実が、前日9月25日に起きていた。貴乃花親方による突然の辞職表明記者会見である。その会見で、退職の理由が、告発状が事実無根であると認めるよう強制されていたこと。すなわち、同時期に制定された一門所属義務規定により、貴乃花親方は無所属であるためいずれかの一門に所属すべきところ、なんと、一門に所属するための条件として、これまた告発状が事実無根であることを認めることであったという。
 貴乃花親方は、信念を曲げてまで協会に残ることを潔しとせず退職の道を選んだと会見であきらかにした。

 この事実は協会にとって極めて予想外の出来事だったと見られる。理不尽なことに、届出書面の表題が、退職届ではなく引退届とされていることを不備として受理しなかった。そして、翌日の日馬富士代理人の無断欠席である。

補助線

 協会は、貴乃花親方が告発状の事実無根を認め、協会に残ると予想していた。生活の根拠となる収入の道をすべて放棄して退職の道など選ぶはずがないと考えたのだ。そうすると、告発状の事実はすべて虚偽となり危機管理委員会の認定した事実が真実となる。日馬富士の暴行加害責任も、貴ノ岩の重大過失による過失相殺により、極限まで減額されることになる。

 つまり、30万円や50万円でも十分すぎるという結論を導くことができる。
また、告発状の事実無根を認めた貴乃花親方に圧力をかけ、弟子の請求そのものを中止させることも協会側は想定していただろう。いずれにせよ、日馬富士が貴ノ岩に支払う賠償額は極めて少額ですむ。それが、30万円や50万円という極めて不可解な提示金額の理由であった。
 以上のような補助線的考察をすれば、点だった不可解事件が一本の線となる。

今後の事件の展開

 日馬富士側は頼みとする貴乃花親方の告発状事実無根の自認を入手できなかったから、貴ノ岩の重大過失を主張して過失相殺を主張することに成功しない限り、貴ノ岩弁護団が作成した合理的な請求に全面敗訴することになる。

 しかも、貴ノ岩の請求項目には慰謝料500万円という時限爆弾が仕掛けられており、この請求の当否の審理が告発状の告発事実の真偽の審理そのものとなるため、告発事実の真偽が損害賠償事件で審理される運命となった。裁判の結果次第では、貴乃花親方の理事降格処分自体が違法となり、協会理事会の責任が問われることになる。

(つづく)

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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