2024年03月19日( 火 )

貴乃花親方辞職事件の真実(7)

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青沼隆郎の法律講座 第16回

提訴解説

 原告の請求内容の明細が記者会見により公表された。この裁判は決着までに相当の年月を要することが明らかである。それは慰謝料500万円という項目の存在である。
 通常、精神的苦痛に対する慰謝料の裁判上での評価は100万円以下(通常は30万円程度)が判例である。従って、裁判所としては異例の高額請求について、新判例となる意味も含め、詳細な請求理由を求めることになる。これは単に負傷による精神的苦痛を超え、事件そのものが原告に与えた精神的苦痛の請求になるから、事件の具体的特殊性が争点となる。

 たとえば、原告は被告が危機管理員会に「忠告をしたのに、睨みかえした」とか「白鵬の説教中にスマホをいじっており、先輩に対して礼を失した」などの虚偽の事実を申告し、それが事実認定として公表されたため、原告はプロの力士としての評価が低下する苦痛を味わった、と慰謝料請求の原因事実を述べた場合、被告は危機管理委員会に申告した当該事実について、その真偽が問われる。被告が虚偽申告との原告の主張を否定した場合、原告としては さらに同席した白鵬やほかの関係者の証人尋問の可能性がある。つまり、原告は判例にもない高額の慰謝料の請求項目を設定することによって、本件事件の隠された真実に迫る戦略をもっていると理解することができる。

 これは、被告が金額そのものを争わず、500万円の支払いを単に認めた場合でも、その理由根拠について、裁判所は新判例となるため、理由事実を判決文に記載しなければならず、事実審理と事実認定は不可避となる。金額を認めるくらいだから理由事実も争わないかといえば逆である。これが事件の隠された真実に迫る訴訟テクニックとなる所以である。
 法律論的には、精神的慰謝料は裁判官の形成権の結果とされ、当事者の処分権の範疇にないからである(当事者がいいですよと言っても金額自体は裁判官が決定するということ)。
いずれにせよ、裁判所は負傷以外の特殊な個別的事情の存否について事実審理をせざるを得ない。

 今回の提訴には提訴に至るまでの被告(代理人)の不誠実な対応に反論する意味が大きいことが判明した。当初「3,000万円の法外な請求」という情報が、被告側からリークされ、いかにも貴ノ岩が不当な請求をしているかのごとき世論誘導が行われた。被告弁護士の小細工であるが、結果として被告は世間の不評を買うこととなった。なぜなら、被告弁護士は示談金として、当初30万円、調停提起段階でも50万円の金額を提示していたからである。
「法外な金額」を提示していたのは被告側であったという笑い話にもならないオチである。

(つづく)

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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