2024年06月23日( 日 )

【加藤縄文道6】アイヌと縄文人についてのコラム

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縄文アイヌ研究会主宰
澤田 健一 氏

 まず、「縄文アイヌ研究会」の主宰者として、アイヌと縄文人の関係を明らかにしておきます。「アイヌは縄文人の末裔ではない」「アイヌは北方民族である」「アイヌは日本民族ではない」、こうした主張が根強くありますが、実際はどうなのか解説をします。

 答えは「アイヌは縄文人の子孫」です。それを導くいくつもの研究結果が示されております。そのなかで重要な研究結果の1つが下記です。ぜひご覧になってくだい。

縄文人ゲノム解析から見えてきた東ユーラシアの人類史(PDF)

 ここで指摘されているポイントを書き出します。

『最近のゲノム研究は、現在東ユーラシアに住んでいる全ての人々が南ルートであることを示している』
『IK002(注:縄文人骨)の系統は東ユーラシア人(東アジア人、北東アジア人)の”根”に位置するほど非常に古く、東ユーラシア人の創始集団の直接の子孫の1つであった』
『本州縄文人であるIK002は、アイヌのクラスター(注:枝)に含まれた』
『アイヌ民族が日本列島の住人として最も古い系統であると同時に東ユーラシア人の創始集団の直接の子孫の1つである可能性が高い』
『縄文人が東ユーラシアの中でも飛び抜けて古い系統である』

 ただし、この論文は一個体の縄文人データにすぎません。

 論文の最後に『ただ、本研究は IK002 という1個体の詳細なゲノム解析であり、したがって、これらの結果 は IK002 という個体について言えることで、すべての地域・時代の縄文人について言えるわけではない。たとえば、本研究では「北ルートでやってきた人々のゲノムの影響は検出されなか った」と結論づけているが、これは IK002 についての結論であり、別の個体では北ルートのゲ ノムが検出されるかもしれない。さらに、大陸から日本列島への移住ルートについては、今後、列島内のさまざまな地域の縄文人骨を分析することによって解明されてくるもので、いまは分からないことは注意すべき点である。』と記されています。

 一気にすべてが明らかになることはないと思いますが、こうした1つの事実が「蟻の一穴」になると自分は信じています。今後データの積み上げによってより正しい真実が浮かび上がってくると思っています。

 さて、縄文アイヌを執筆し始めたころは、アイヌを北方民族だとする意見が大勢を占めていました。明治以降にアイヌと呼ばれるようになった人々は江戸時代までは蝦夷人と呼ばれていました。江戸時代に蝦夷人の習俗や道具を描いた図書が残されていますが、そこに描き出された人々や道具はアイヌそのものです。蝦夷は日本書紀のなかでもその習俗などが記録されています。

 ところが、「アイヌは13世紀に北方から進入してきた他民族である」という主張が根強くあったのです(その主張をする人は今でもたくさんいます)。

 しかし、アイヌが縄文人の子孫であることを示す科学的研究結果が2019年に発表されました。この後、次々とそれを補強する研究結果が示されていますが、その第一弾となる画期的な新聞報道が下記です。これはぜひおさえておいてください。

縄文人の起源、2~4万年前か 国立科学博物館がゲノム解析

 重要なポイントは『縄文人から現代人に受け継がれたゲノムの割合が(中略)北海道のアイヌの人たちでは割合が約7割』という点です。現代アイヌは1万年以上も前の縄文人の遺伝子を約7割も受け継いでいるのです。

 その論文は
『Late Jomon male and female genome sequences from the Funadomari site
in Hokkaido, Japan』
 ですので、このタイトルで検索すると英文の論文が出てきますのでご確認ください。

 この論文の101ページ右段の3行目から9行目が当該箇所になります。この論文は国立科学博物館、国立遺伝学研究所、東京大学、金沢大学など7研究機関合同の研究成果です。これがその後の正しい流れを導く、重要な転換点となりました。

 今後は連続寄稿させていただくなかで、アイヌがいかに縄文の技術と精神を受け継いでいるのかを解説してまいります。それと同時に世界の古代史の解説も行っていきます。はじめは信じられないと思いますが、世界の古代文明を築き上げたのはすべて縄文人なのです。そこにたどり着くまで古代における世界各地の技術や文化を1つずつ解読してまいります。

縄文アイヌ研究会HP:https://jomon-ainu.com/

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