2024年04月26日( 金 )

検察の冒険「日産ゴーン事件」(5)

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青沼隆郎の法律講座 第20回

適正適法な司法取引は存在したのか

 法律に疎い日本国民と法的手練手管に長けた日本の検察との間に対等で適正な司法取引が成立することは俄かに信じ難い。具体的な条文の説明は後述するが、検察の世論操作・印象操作を目的としたリークによる「司法取引の存在」については、ゴーン事件が今回の起訴内容である有価証券報告書の虚偽記載罪が、いわゆる別件で、本丸である特別背任罪などによる起訴があるかないかが不明な現段階での評論は拙速かもしれない。

 しかし、国民がまったく司法取引の真の姿を理解する前に、まるで国民の(具体的にはマスコミの)反応を見るかのごとき部分情報開示や情報操作であるから、本丸事件の確たる証拠を検察は握っていないとの仮説のもと、公表された限りで、本件司法取引の問題点を指摘する。

 司法取引は有価証券報告書虚偽記載罪の立件に関するものと仮定する
 刑事訴訟法第350条の2で規定する司法取引は日本型司法取引と呼ばれ、国民が映画などで知る米国での司法取引である被告人が罪を認めることと引き換えに宣告刑を軽減する被告人利益型ではない。捜査協力型と呼ばれるもので、被告人も司法取引の当事者たり得るが本件に関していえば、「被疑者」であること、その被疑者の意味を誰が、どうやって協力者に告知し、それを理解したのかの最初で最後の重大問題が存在する。

 報道によれば、財務実務担当の外国人執行役員と日本人担当責任者2名との間に司法取引が成立して、彼らの自白と証拠資料の提供によって、本件事件は立件されたとされる。すでにこの報道内容だけでも、理解不能に陥る。

 国民には被疑者と被告人の区別など、どうでもよいことであり、正確には知らない。しかし、司法取引の当事者は被疑者か被告人と限定されている。被告人とは公訴を提起された人のことであるが、被疑者とは捜査機関から犯罪の嫌疑をかけられた人である。しかし、国民には捜査機関から自分が嫌疑を受けているかどうかは、例え真犯人であっても、犯罪が発覚していないと信じている限り、嫌疑を受けているとは思わない。

これは、実は誰にでも犯罪とわかる犯罪類型についての話であって、本件事件の罪名である有価証券報告書虚偽記載罪については、2名の「協力者」は取締役でないから、一層、自分の行為によって虚偽記載罪の該当性を認識することは不可能である。その意味で2名の協力者が司法取引の当事者となっていった過程には極めて不明な部分が存在する。

 有価証券報告書虚偽記載罪はいわゆる「身分犯」であって、取締役しかその犯罪主体となり得ない。もちろん、幇助罪や教唆罪などの共犯の可能性もあり得るが、財務担当執行役員ら2名だけが共犯となる具体的事実関係を想定することは不可能である。つまり、有価証券報告書虚偽記載罪は前記「協力者2名」が同罪となる犯罪ではない。

 結局、「協力者2名」が同罪被疑者となり得る犯罪類型は普通に考えれば特別背任罪となるが、報道されている事例のすべてが特別背任罪と認定するには無理がある。会社に損害がないか、損害が立証できないものばかりである。さらにゴーンら逮捕2名には具体的に不当な利益領得事実がなく、第三者が会社の損失により不当な利益を得たとする具体的事実もない。

 もし、有価証券報告書虚偽記載罪について司法取引があったのであれば、身分犯として被疑者適格のある不逮捕取締役以外には論理的には考えられない。ここですでに検察のリークには重大な破綻が存在する。本当は被疑者適格を有する不逮捕取締役からの情報提供であったとの疑いが否定できない。これはこれで検察は隠蔽する必要のないことであるが、国際的な関係を考え、2名の「人身御供」を用意したものであろう。

 なぜ、このような議論をするかといえば、検察リークでは「捜査の端緒」がまったく不明だからである。検察は事件に関する端緒をどのようにつかんだのであろうか。日産の内部関係者が検察に不正の事実を告発したことには疑いないが、それが誰でどのような地位にあるものであったかである。とくに大量の捜査資料が検察に提供されたとの報道が真実であれば、協力者が2名だけと考えることはできない。日産の上層部のほぼ全員が協力したと考えてもまったく不自然ではない。

 何者かの通報告発を受け、検察が、2名の協力者に白羽の矢を立てたと考えた場合、検察は故意に司法取引規定の誤用・悪用を犯したことになる。つまり、もともと2名の協力者は有価証券報告書虚偽記載罪の同罪者(被疑者)とはなりえないからである。

 真実、適正適法な司法取引が存在したならば、それは有価証券報告書虚偽記載罪ではない別罪である。2名の協力者が同罪被疑者となり得る犯罪類型である。

 本丸事件がないのであれば、2名の協力者は真の協力者である身分ある不逮捕取締役の隠れ蓑・身代わりに過ぎない。それ自体が適正な捜査権の行使が求められる検察には許されない捜査権限の不当行使・談合行使である。

(つづく)

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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