はぐれ鳥の中村明彦・福岡県議は12期目を目指すのか

海外視察批判の葉書が呼ぶ臆測

 当選11回を数える福岡県議会議員の中村明彦氏(小倉北区)が、有権者に送った葉書が揣摩臆測(しまおくそく)を呼んでいる。県議の海外視察を批判しているのだが、自民党県議団から締め出されているだけに、来春の県議選に自民党公認がなくても立候補するのか、別の政党から12期目を目指すのか。それともこのまま引退するのか。揣摩臆測は、根拠のないまま、他人の心中や物事を推し量ることだが、「はぐれ鳥」の政治家はこれからどんな「政治家人生」を描いているのだろうか。

 葉書の表題は「県政報告」。「私は約三十年間、海外視察に参加したことはない」としたうえで、「これからも県政を正して参る所存」と記述している。5月上旬ごろに小倉北区の支持者らを中心に送っている。文面だけ見ると、「正義派」のように読めるが、元県議らに聞くと、「県議生活は40年を超える。若いころは頻繁に海外視察していた」「行っていないのは一緒に行く仲間がいないから」と手厳しい。

中村明彦氏が有権者に送った葉書
中村明彦氏が有権者に送った葉書

 中村県議は1955年生まれで、71歳。北九州市・小倉南高から早稲田大に進学した。81年の県議補欠選挙(小倉北区)では敗れたものの、84年に初めて当選した。28歳だった。小倉北区の定数は5人、4人、3人と減っていったが、しぶとく生き残り、当選を重ねた。5人の争いとなった2023年の選挙では、1万860票を獲得、トップ当選をはたしている。

 その間、県連幹事長などを歴任したが、政治姿勢は独特だった。元首相の安倍晋三氏(22年7月死去)や麻生太郎・元首相(福岡8区)と親しいことを周囲に吹聴していた。「若いころから力を持つ政治家には媚びまくっていた」(政界関係者)そうで、県連や県議団との折り合いは年を追うにつれて、悪くなっていった。

 23年の北九州市長選では、北九州市議団の執行部に不満を持つ市議とともに、県連、県議団が推していた新人ではなく、現市長・武内和久氏を支援。24年、26年の衆院選でも、党公認候補とは別の新人を水面下で応援した。中村議員の夫人が応援のマイクを握る姿もみられた。さすがに本人が、党の方針に表立って逆らいにくいので、「妻が勝手に応援した」体を取ったのだろう。

 「虎の威を頼みに、結束を乱す」中村県議に対して、県議団は25年4月、荒療治に出た。会派をいったん解散し、新しい会派を結成したのだ。新たな県議団には前月に補欠選挙で初当選したばかりの新人も含め、計41人が加入したが、中村議員だけが外された。県議団の幹部が前日、退会を求めたものの、中村県議が拒んだため、という。

 追い出された中村県議は、吉松源昭(もとあき)県議(糟屋郡区)とともに、「自由と繁栄の会」を結成した。吉松県議は24年の衆院選で、自民党公認の現職候補がいるにもかかわらず、割り込むかたちで立候補し、惨敗を喫している。自民県議団に入れない「はぐれ鳥」同士がくっついたわけだが、吉松県議は「事務ができない中村県議のお手伝い」と周囲に説明していると聞く。本会議で、吉松県議が海外視察問題を追及しているが、中村県議が裏であおっているという声がもっぱらだ。本会議の開会直前に議場に入り、終わると、すぐに議場を後にする中村議員は、同僚議員と語らうことも少ないようだ。

蔵内県議との差が映す中村県議の孤立

 県議会の主流派に中村県議がこれほど「敵意」を示すのは、ライバル視していた蔵内勇夫県議(筑後市)の存在があるという政界関係者もいる。1953年生まれの蔵内県議は国会議員の姪と結婚し、蔵内家に婿入り。87年に初当選し、現在、10期目だ。「福岡県議会のドン」とも呼ばれる。2001年に議長になり、25年から二度目の議長を務めている。全国都道府県議会議長会の会長就任を前提として、2度目の議長に選出されたわけだが、中村議員はこの本会議をなぜか欠席している。

左:中村明彦氏(自民党福岡県支部連合会HPより) 右:蔵内勇夫氏(本人公式HPより)
左:中村明彦氏(自民党福岡県支部連合会HPより)
右:蔵内勇夫氏(本人公式HPより)

 一方、中村県議は1998年に副議長に就いたものの、議長にはなっていない。福岡県議会では、議長は一年で交代する慣例になっており、任期中に4人が議長になれるのだが、中村県議の人望のなさがうかがえないだろうか。年齢も当選回数もほぼ同じだが、随分と差を付けられたことが分かる。

 現在の県議会議員の任期は2027年4月29日までなので、来春には選挙がある。自民党県議団の41人は一括して党公認になるだろうが、県議団から外されたものの、まだ「自民党員」の中村県議はどういう扱いになるのか。自民党小倉北支部から公認申請があるかもしれないが、県連がすんなりと認めることは考えにくい。県連から除名処分を受けたが、26年2月の衆院選直前に党本部からの指示で復党し、比例復活当選した三原朝利衆院議員のように、「親しい」麻生元首相の力で「党公認」を目論んでいるのかもしれない。日本保守党の北村晴男参院議員と親しくしていることから、自民党と袂(たもと)を分かち、日本保守党や無所属での立候補も考えているのだろうか。

 自民党はすでに北九州市議を県議選に擁立する準備を始めたとの情報もある。勝手気ままな姿勢を続け、「はぐれ鳥」になった政治家はどんな晩年を迎えるのか。

福岡県議の海外視察問題

 旅行会社への委託費が、契約後に増額されたり、一泊の宿泊費が13万円を超えたりするなどの問題が発覚、批判が相次いでいる。西日本新聞によると、24年1月~25年8月に実施された15件の海外視察の情報公開をしたところ、少なくとも1億4,000万円が公費負担になっていたという。24年以降、報告書の作成は義務化されたものの、公表されたのは、24年11月のエジプト(6日間)と25年8月の中国(5日間)の2件だけ。相次ぐ批判を受けたためか、5月6日~9日に予定していたベトナム視察は「調整つかなかった」として無期延期、5月下旬の米国・ハワイ視察も参加者の体調不良で取りやめている。

【青木義彦】

関連記事