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2019年04月16日 07:05

中国現地ルポ-広州・杭州・長春・北京-(6)

福岡大学名誉教授 大嶋 仁 氏

杭州

 杭州は広州から北へ空路で2時間弱。13世紀には世界で最も栄えた町といわれる。当時は宋の時代、と言っても北から異民族が攻めてきて都を南に移したその移転先がこの杭州。南宋が終わりモンゴル帝国の時代となっても、この町は栄え続けた。マルコ・ポーロがやってきて、その栄華を『東方見聞録』に記している。

 上海から南西へ百数十kmのこの町が栄えた始めたのは、それより数世紀前の隋の時代。唐時代には日本でも名高い詩人の白居易(=白楽天)がこの地に役人として派遣され、幾多の水害に悩む住民のために堤防をつくっている。今では散歩道となっている「白提」である。

 この提がかかっているのは世界遺産の西湖。西湖といえば、福岡市の大濠公園のモデルで、世界各地から観光客が押し寄せる。白居易だけでなく、宋代の詩人として名高い蘇東坡(=蘇軾)もここに役人として赴任し、やはり堤をつくった(=蘇堤)。役人にして詩人というのは中国のお家芸。詩がいかに中国支配階級の教養となっていたか、よくわかる。

 西湖に舟を浮かべての遊覧は素晴らしかった。夕日を見ながら陸に上がり、湖畔の古風な酒家(=レストラン)に上ったのは午後6時過ぎ。こんな立派なところはさぞ高かろうと思いきや、メニューを見るとごく普通の値段。周りを見れば、これまたごく普通の人々がテーブルを囲んでいる。

 中国にきて思うのだが、この国の「酒家」のあり方が国民性を形成しているのではないか。大きな円卓を大勢で囲み、同じ盛皿に箸を出して料理をつつく。食べるときは賑やかで、さまざまな話が飛びかう。商売の成立も、政治の密談も、こういう酒家で行われてきた。

 思い出せば、広州では路地に小さな卓を出して、茶を飲みながら老人たちが談話を楽しんでいる。この公共生活の発達を、ひとえに社会主義の産物とするのは早計であろう。社会主義がこれを保護してきたというのは間違いでないにしても、もっと古くからの習慣にちがいない。

 資本主義化が進んでも、この社交の伝統は消えない。ある英国の医師が、人は日に最低40人の顔を見ないと精神が病むと言ったそうだが、中国社会はその点で合格である。

 西湖を案内してくれたのは、元九大の留学生N女史。日本語の達者な彼女と卓を囲んで話していると、「混んでいるので同席したいんですが」といきなり日本語で話しかけてきた若い男性がいる。広いテーブルにたった2人だったので、この感じのよい男性を歓迎しない理由はなかった。聞いてみると、中国人ではなく、台湾人だそうだ。

 「台湾人が何でここに」と思ったが、こちらが尋ねるまでもなく向こうから説明してくれた。日本の大学で博士号をとったが、台湾の就職事情は悪く、日本での就職も困難なので、中国に職を求めてきたのだという。今の中国の景気は「下降気味」といわれるが、それでも日本や台湾の比ではない。

 「私の専門は物理学で、素粒子論で博士号をとりました。アメリカで就職したかったんですが、短期契約は結べるものの、その先が厳しい。一方、この中国は物理学分野は人が足りない。アメリカやヨーロッパへの留学から帰って来る中国人もいるにはいるが、まだまだレベルが低い。そこで私みたいな者でも、とてもよい職場が得られるんです。日本の若い科学者なんか、博士号さえあればどんどん就職できます。英語で講義をし、院生の研究指導ができれば、あとは世界のあちこちの学会に参加できる。これほどいい条件はなかなかありませんね」

 とはいえ、中国と台湾の関係を考えると、そう簡単ではないだろう。「中国で台湾人であることは難しいんじゃないんですか?」と尋ねてみると、明快な答えが返ってきた。「台湾にいたって難しい。僕の先祖は中国の国民党。台湾人から見れば『外省人』、すなわち後からきた侵入者なんです。日本にいても所詮は『外国人』。一方、この中国では案外に重宝される。台湾には中国にない頭脳と技術がある。そう思っている中国人は、案外多いんです」

 「しかし、台湾はアジアで最も言論の自由があると聞いています。そういう国からきたあなたは、中国のあり方に疑問を抱くんじゃないの?」

 彼は首を横に振った。「台湾の言論なんて、台風1つ来れば吹っ飛びます。中国とどう対処するか、この議論は徹底的にしなくちゃならないのに、今の政治家は自分の政党が政権をとることしか考えていない。言論の自由があったって、何の価値もないですよ」

 この話を聞くと、思ってしまう。「日本だって憲法改正を徹底議論していないじゃないか」と。

 台湾の物理学博士は別れ際に名刺をくれた。中国でナンバースリーといわれる浙江大学の副教授と書いてある。しかも中国の簡体字ではなく、台湾の繁体字で。なるほど、この繁体字こそが台湾のアイデンティティーなのだ。

(つづく)

<プロフィール>
大嶋 仁 (おおしま・ひとし)

 1948年鎌倉市生まれ。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。 75年東京大学文学部倫理学科卒業。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し、名誉教授に。

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