2024年04月19日( 金 )

【文在寅「光復節」演説】「抑制」したのか、「悲鳴」を上げたのか!?~日韓チキンレース、序盤戦の様相は?(前)

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 8月15日の文在寅・韓国大統領の演説が注目された。結果的には「抑制された内容」(毎日新聞)「反日より克日」(韓国・中央日報)という評価が少なくない。日本の外務省高官も「明らかにトーンが変わった」と言っている。日本政府が貿易管理の厳格化路線を打ち出して約1カ月半。韓国政府側も最近、対抗措置を打ち出した。日韓の面子をかけたチキンレースが、暑い夏をさらに熱くしている。

異例の経済演説

 「日本の不当な輸出規制に立ち向かう」。文氏は「8・15」演説のなかで日本の政策を批判しつつ、「今からでも日本が対話と協力の道に出れば、我々は喜んで手をつなぐ」と関係改善を訴えた。歴史認識への言及を抑え、「日本が隣国に不幸を与えた過去を省みて、東アジアの平和と繁栄をともに導くことを望む」と述べた。

 演説の中心に経済を据え、「経済」という言葉が39回も登場した。「光復節の演説としては異例の経済演説」。韓国メディアがそう論じたのも無理はない。

 日本の主要3紙の社説は、どう論じたのか。

 「抑制された姿勢の維持を」と論評したのは、毎日新聞である。「少し前まで強い言葉で非難し、反日感情を煽っていたのとは対照的である。抑制されたトーンが貫かれたことは少なくとも評価したい」と前向き評価である。

 読売新聞の社説は「日韓関係の修復に、本気で取り組むのか。具体的な行動をとらなければ、日本側の不信はぬぐえない」と手厳しい。「文氏は今月初めには、日本の輸出関連措置を『盗っ人猛々(たけだけ)しい』と非難し、『我々は日本に打ち勝てる」と、韓国国民の反日感情を煽っていた。日本との円滑な意思疎通を模索する姿勢には程遠い。定見に欠けるのではないか」。読売社説は論旨が一貫している。

 朝日新聞は16日付け社説に、文演説関連がない。いわば「スルー」した姿勢である。この新聞は時折、こういう紙面扱いを見せる。朝日なりの批評を聞かせてもらいたかった。

 私自身の社説評価をいえば、読売社説がプロフェッショナルな見方である。

 文演説の核心は、経済強国づくりを強調したということだ。39回も「経済」を強調したことに、端的に表出している。逆にいえば、韓国経済の現状に不安があるということだ。毎日社説も気づいているように「事前に専門家や政界から聞き取りをしたところ、経済問題で前向きなメッセージを出すべきだという意見が多かった」のである。

 ソウルのデモを見ていると、「日本NO」から「安倍NO」に変わってきた。

 ソウルの「反日デモ」は官製だから、このスローガンの変化には、政権・与党の思惑が反映している。風向きが変わったのは、例の中区役所の反日懸垂幕だ。市民から批判が殺到し、数時間で降ろされてしまった。

 今回の対韓輸出管理強化は、日本政府部内でもきっちりした事前調整なしで始まった。青瓦台も仰天した。拳を振り上げたが、経済戦争となると、まだ韓国は不利である。文在寅の抑制演説の背景は、そこにある。彼が演説で経済建設を呼号したのも、その文脈で理解できる。米国から言われて、日本との軍事協力を維持するための布石の演説だったと、私は見る。

 文氏が今回の演説で言及を避けた事柄がある。ほかでもない、韓国人元徴用工の問題だ。最近の日韓対立の本質は、徴用工問題で韓国政府が有効な善後策をとっていないことだ。「対日関係改善を望むのなら、両国関係の法的基盤である協定を尊重すべき」(読売社説)なのである。

(つづく)

<プロフィール>
下川 正晴(しもかわ・まさはる)

 1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授、大分県立芸術文化短大教授(マスメディア、現代韓国論)を歴任。現在、著述業(コリア、台湾、近現代日本史、映画など)。最新作は『日本統治下の朝鮮シネマ群像~戦争と近代の同時代史』(弦書房)。

(後)

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