2024年05月06日( 月 )

コロナ禍のいま、多くの市民が「哲学」に飢えている(4)

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玉川大学 文学部 名誉教授 岡本 裕一朗 氏

 新型コロナウイルスの感染拡大は止まるところを知らない。世界の感染者は6,500万人、死亡者は150万人を超えた(ジョンズホプキンズ大学12.4集計)。ワクチンや有効な治療薬の開発が遅々として進まないなか、冬場に向かって第3波の到来も予測されている。
 こうしたコロナ禍を誰もが「健康危機」と「経済危機」の視点からとらえているが、経済危機を乗り切る抜本的対策について、政治家も経済人も、まったくシナリオを描けないでいる。そんななか、岡本裕一朗・玉川大学文学部名誉教授の近刊『世界を知るための哲学的思考実験』や『答えのない世界に立ち向かう哲学講座』が注目を集めている。

「民主主義」≒多数派の独裁制?

 ――「民主主義」についてはいかがでしょうか。 

岡本 裕一朗 氏
岡本 裕一朗 氏

 岡本 現在、民主主義は多くの国で社会の基本的な制度として採り入れられています。しかし、それが政治的なシステムとしてうまく機能しているかと問われると、否定する人も多いのではないかと思います。現代において、民主主義は「民意」を反映していないように思われます。民主主義を早くから導入した先進諸国の選挙の投票率が低下し、民主主義が多数派の独裁制のように見えています。民主主義が危機に瀕しているのは間違いなさそうです。何よりも国民のほとんどが政治家を信用していません。民主主義の意義をもう一度検討しなければならない時がきています。 

 一方、多くの先進諸国の民主主義は「間接民主制」です。自分たちの代表を選んで政治を行ってもらっています。それは、ギリシャやローマの時代と比較して国民(選挙民)の数が膨大になり、1カ所に集まることができなくなったからです。しかし、今後のデジタルテクノロジーのさらなる発展によっては、政治を誰かに代わってやってもらう必要がなくなるかもしれません。そして、多くの政治家は不要になるでしょう。国民がそれぞれの事案に対し直ちに自分の意思を表明することができるようになるからです。現在の民主主義は近代社会のもので、情報管理社会のものではないとも考えられます。 


【思考実験】民主主義を否定する政党を民主的に選ぶ? 
 ある民主主義国家は経済が疲弊して、国民の生活が困窮を極めていた。そうした折、選挙が行われて複数の政党がそれぞれ独自の政策を掲げ、経済の立て直しを強力に主張した。そのような政党の1つに、国民統合を訴えて非常事態に対処することを推し進めようとするものが現れた。その政党は、現在の国民的な危機の状況では、一時的に国民の自由や民主的な手続きを停止して一致団結して危機を乗り越えなくてはならないと主張した。この主張に賛同する者が出ると、支持が徐々に広がり始めた。こうして選挙が行われたが、結果は民主主義を停止することを訴えた政党が国会の第一党になり、その党首が首相に指名された。こうして首相は非常事態を宣言して、全体主義的な政策を次々と実現し始めた。 


【思考実験】3人の候補者を民主主義的に選ぶとすれば?
 ある町の首長を選ぶ際に、3人が立候補した。Aは清廉潔白であり、公正な政治を心がけている。Bは有名人ではあるが町の運営については興味をもっておらず、ただ首長という地位に魅力を感じている。Cは町の経済的有力者であり、彼の関連する企業に有利に働くような政策を行おうと考えている。そして民主主義的な選挙を実施したところ、票はB→C→Aの順であった。民主主義という観点から考えて、望ましい首長はB→C→Aといえるだろうか。 


新しいモデルを自分たちの力でつくる

 岡本 私は、新型コロナウイルスの感染拡大をネガティブ(禍)として捉えるのではなく、新しいモデルを自分たちの力でつくることができる積極的なチャンスと受け取ってほしいと思っています。これまでのような社会に戻るのではなく、新しい要素を入れ、より進んだ社会を形成していくことができるかどうかは、次世代を担う若者の手にかかっています。とくにこれから社会に出て行く方にとっては、いろいろなことを吸収して、今までのスタイルと違うものを自分で生み出してほしいですね。 

(了) 

【金木 亮憲】


<PROFILE> 
岡本 裕一朗
(おかもと・ゆういちろう) 
1954年福岡県生まれ。玉川大学文学部名誉教授。九州大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。九州大学文学部助手、玉川大学文学部教授を経て、2019年より現職。西洋の近現代哲学を専門とするが、興味関心は幅広く哲学とテクノロジーの領域横断的な研究をしている。著書として『フランス現代思想史』(中公新書)、『思考実験―世界と哲学をつなぐ75問』、『12歳からの現代思想』(以上、ちくま新書)、『モノ・サピエンス』(光文社新書)、『ネオ・プラグマティズムとは何か』、『ヘーゲルと現代思想の臨界』、『ポストモダンの思想的根拠』、『異議あり!生命・環境倫理学』(以上、ナカニシヤ出版)、『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)、『答えのない世界に立ち向かう哲学講座』(早川書房)、『世界を知るための哲学的思考実験』(朝日新聞出版)など多数。

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