2024年04月28日( 日 )

【企業研究】鹿島の創業家物語 女系家族への大政奉還は「ジ・エンド」(後)

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春は上場企業のトップ交代の季節である。注目されるのがスーパーゼネコンの鹿島。重要な意志決定や幹部人事で大きな影響力をもつのは、本家の鹿島家、分家の渥美家、石川家、平泉家から成る創業一族だ。先日発表されたトップ人事は、今年も創業家への「大政奉還」を見送った。5代続けて非同族出身者が社長を務めることになる。そこには、本家と分家の確執がありそうだ。

本家の御曹司・光一氏が取締役を退任

 本家と分家の対立が表面化した2年後の2007年6月、本家出身の鹿島光一氏が取締役に就任した。鹿島の個人筆頭株主で元社長の鹿島昭一取締役相談役の長男。36歳と若く、将来の社長候補というのがもっぱらの見方であった。

 12年6月、分家の平泉信之氏が取締役に就いた。本家の鹿島昭一・光一親子、分家の渥美直紀氏、石川洋氏、そして平泉信之氏と、取締役会のメンバー10人のうち半分の5人を創業一族が占めた。上場している大企業の取締役の半数が創業一族というのは、異例を通り越して異常である。名前が違ったから気がつかなかったのかもしれないが、投資ファンドがガバナンスに問題ありと、攻撃材料にするのは明らかだ。さすがにまずいと思ったのか、13年の役員人事で光一氏が取締役を外れた。

 昭一氏は本家の跡取りとして、長男の光一氏を後継者に据えるとみられていたが、突然、取締役を辞任した。退任を決定したのは、父親の昭一氏しかいない。当時、親子の確執が取り沙汰された。

 後継者と期待していた光一氏が去ったことが、昭一氏が同族経営を断念する転機になったようだ。

分家からは社長を出さない

 ゼネコンは長く続いた「冬の時代」をやっと抜け出した。東日本大震災の復興需要に加え、20年の東京オリンピック・パラリンピック開催に合わせた官民工事の拡大を追い風に、息を吹き返した格好だ。

 鹿島は15年6月、10年ぶりに社長が交代した。中村満義社長が代表権のある会長になり、押味至一専務執行役員が社長に昇格した。

 しかし、かなり異例な人事だ。押味氏は取締役でも副社長でもない。しかも年齢は66歳。60歳前後という社長適齢期を超えており、若返りにもなっていない。

 その年の人事では、1990年に社長を退任した鹿島昭一相談役以来、25年ぶりに創業家出身者が選ばれるかが注目されていた。創業一族への「大政奉還」があり得るとして、候補者に、事務方トップの渥美直紀・代表取締役副社長執行役員、営業担当の石川洋・取締役専務執行役員の名が挙がっていた。

 しかし、決定したトップ人事は、マスコミや業界関係者らの大方の予想を覆した。記者会見では、創業一族から社長を選ばなかった理由や、10年ぶりの社長交代でありながら若返りが図られなかった点などに質問が飛んだ。中村氏は「創業家出身かどうかではなく、時代に即した人を選んだ」として、押味氏の起用は適材適所の人事だったことを強調した。

 だが、創業一族側の問題で、本家と分家の力関係が影響したと解釈する向きが多かった。本家と分家は一枚岩ではない。今回のトップ人事について中村社長は「鹿島昭一相談役に事前に了解をとった」としており、そうした見方を裏付けた。

 首脳人事の決定権者は、“鹿島のドン”である本家の鹿島昭一相談役だ。鹿島ウォッチャーは、分家に社長の座を渡すつもりはなさそうなので、次期社長もプロパーを起用すると読んでいた。実際、その通りになった。押味氏は下馬評にも上がっていなかったが、プロパーの起用で決着した。社長になれなかった直紀氏は、副社長のまま終わるだろうというのが一致した見方だった。

華麗なる同族経営に幕引き

 鹿島の元社長で取締役相談役の鹿島昭一氏が2020年11月4日、心不全のため死去した。90歳だった。入社以来67年間にわたり取締役を務め、84年から90年まで社長の座にあった。

 日本経済新聞(21年2月12日付、夕刊)は鹿島昭一氏の「追想録」を載せた。

 「米ハーバード大大学院で、合理性と機能美を追求するモダニズム建築を学んだ。設計したリッカー会館(現・Daiwa銀座ビル、東京・中央)は日本建築学会賞を受賞。海外出張する際には自ら調べて現地の美術館に足を運び、展示された作品に込められた意味を同行者に解説してみせるこだわりようだった。歴史や宗教、芸術を通じて得た人間への洞察力は経営を判断する支えでもあった。『本当は建築家に専念したかった』。周囲にはそう話していたという」。

 合理性を重んじる建築家の昭一氏は、世襲を嫌い、談合など“土建屋体質”を憎んだ。昭一氏は、先代たちがつくり上げてきた女系家族による世襲経営の幕引きをした。

 大政奉還の筆頭と目されてきた分家の渥美直紀氏は、ひっそりと鹿島を去った。分家の石川洋氏と平泉信之氏も、役員定年で退任することになるだろう。かくして創業一族は、経営陣から姿を消す。パナソニック、ソニー、西武、東急がそうであったように、鹿島もオーナー系企業から脱し、普通の会社になる。

(了)

【森村 和男】

(中)

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