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2021年06月10日 14:00

角栄逮捕から45年、ロッキード事件とは何だったのか(後)

小説家 真山 仁

 田中角栄の逮捕から7月27日で45年になるロッキード事件。近年は角栄ブームが起こり、逮捕の背景に陰謀の存在を疑う声も根強いが、あの事件は結局何だったのか。多数の関係者を取材し、事件を再検証したノンフィクション『ロッキード』(文藝春秋)が話題の小説家・真山仁氏に話を聞いた。

<ロッキード事件>
 政治家の田中角栄が1976年7月、総理大臣在任中に丸紅を通じ、米国の航空機メーカー・ロッキードから5億円を受け取った容疑で逮捕され、同社の航空機購入を全日空に働きかけた容疑も加えて起訴された事件。角栄は無実を訴えながら裁判で1、2審ともに有罪とされ、最高裁に上告中に死亡し、公訴棄却となった。

米国での嘱託尋問に関して最高裁は判断を保留

 ――事件を検証し、角栄以外でも印象に残った人はいますか?

 真山 印象が変わった人はたくさんいますが、なかでも全日空の社長だった若狭得治さんは尊敬に値する人です。もともとは運輸省で事務次官を務めたエリート官僚で、国をどうするかということしか頭にない人という印象を受けました。

 ――若狭さんも事件の証人で国会に呼ばれたときに、偽証したとして有罪判決を受けましたが、若狭さんの裁判にも問題があったようですね。ただ、本人は法廷外でほとんど弁解していないようですが?

 真山 若狭さんは、自分に「疑惑の人」というイメージが残っても、国を守るためなら沈黙するという人のようでした。「国のためなら毒を飲んでも前に進むんだ」という矜持がありました。一方で、全日空を日本でトップクラスのエアラインにした実力も秀でています。

 ――著書では、従来のロッキード事件報道には出てこなかった全日空関係者の証言が多数出てきますね。

 真山 これまで全日空はロッキード事件の取材にほとんど応じておらず、丸紅以上に何があったかはわからないままでした。そこで、とにかく全日空の当時の幹部の話を聞こうと考えました。

 そして最初にお会いできたのが、現在も同社の相談役を務める方でした。こちらがどれだけ真剣かを伝えたところ、協力を得られ、当時を知る全日空の人たちに話を聞けたのです。

 ――この事件で当時もっと追及されるべきだったと思われた問題はありますか?

©ホンゴユウジ
©ホンゴユウジ

 真山 捜査や報道にも問題はありましたが、最も問題が大きかったのは裁判です。厚労省の村木厚子さんが逮捕された郵便不正事件では、裁判で検察側の証人がみんな、「検察に強要されて嘘の調書をとられました」と証言し、村木さんは無罪になりました。

 ロッキード事件の裁判でも検察側の証人たちは同じことを言っているのです。「思っていないことを調書に書かれ、署名させられました」と。しかし、裁判官は「証人たちは罪を逃れるために嘘をついている」と認めませんでした。

 取り調べで厳しく追い詰められると、誰だってやっていないことでも自白してしまいます。また、刑事訴訟では裁判の証言が供述調書より優先されるとあるのに、裁判所は認めなかったのです。

 ――くだんの米国での嘱託尋問を認めたのも裁判官でしたね。

 真山 最高裁が「罪に問いません」と約束して嘱託尋問が行われ、角栄や丸紅の元会長・檜山廣さんは1、2審で嘱託尋問の調書を決め手に有罪とされたのに、最高裁は檜山さんたちの上告審で嘱託尋問を違法だと認定しました。それでも、檜山さんたちが取り調べで自白したからと有罪にしたのです。

誰か1人のせいで起きた事件ではない

 ――事件を検証し、角栄や関係者について見方が変わったことはありますか?

 真山 角栄は吃音に悩んでいたのですが、私も子どものころに吃音に悩んでいたので、角栄の表に出さない苦悩が理解できるように感じました。客観的に書かないといけないのに、思い入れが強くなり、それを抑えるのに苦労しました。角栄には政治家としての力があったと思いますし、もっと長く政治家をやってほしかったです。

 ただ、角栄の弱点は、なんでも自分でしてしまうことでした。組織が大きくなると、一番上の人は権限を移譲すべきであり、自分が動いてはいけません。すばらしい経営者はみんなそうしています。角栄はそれができず、総理大臣になってからも自分が先頭に立って動いていました。ロッキード事件の被告人になったのもそのせいでした。

 ――事件の教訓が何か現在に生かされていると思うことはありますか?

 真山 ないですね(笑)。国の権力構造に関わる人は「私」を殺せるかが勝負。名誉やお金がほしいという私欲を抑え、大局を見て行動するのが国を治める人の宿命です。それができている人は今の政界にいません。

 「田中角栄だって、ワイロをたくさんもらっていたではないか」という人はいると思いますが、角栄は必要とされた橋や道路をつくっているし、新幹線を通している。悪いことをしていたかもしれませんが、やることはやっていたのです。今はそういう人が国の重要な役割を担う人のなかにいないから、日本は停滞したのだと思います。

 コロナにしても、ほかの国みたいに厳しいルールをつくって対応したら、感染はもっと減ったかもしれません。しかし、それができる立場の人は、そういうことをしたら次の選挙に勝てないから、しないのです。

 コロナは誰もが自分事として考えられる問題です。この問題を「自分たちは怒っているだけでいいのか」という視点で考えると、遠い昔に起きたロッキード事件も誰か1人のせいで起きたわけではないとわかっていただけると思います。

(了)

【聞き手・文:片岡 健】


<プロフィール>
真山 仁
(まやま・じん)
 1962年生まれ、大阪府出身。同志社大学法学部卒業後、新聞記者、フリーライターを経て2004年に『ハゲタカ』で小説家デビュー。以後、現代社会の歪みに鋭く切り込むエンターテインメント小説を次々に発表。近著に『標的』『シンドローム』『トリガー』『神域』など。『ロッキード』は初のノンフィクション作品。

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