九州の観光産業を考える(39)ハロウィンの蹉跌

衝撃のシーン

 2018年10月31日夜、渋谷スクランブル交差点。市民権を獲得し始めていたハロウィンが、不心得者の行動により、好ましからざるイベントの烙印を押されることになった。終電も間近な頃、飲酒した若者らが群衆のなかで停車せざるを得なくなった一台の軽トラックを横転させ、周りから煽られ勢いづきもして車体へよじ登るバカ騒ぎっぷりが、メディアを通して全国へ晒された。仮装した連中もいれば、普段着の連中もスマホを掲げ持っている。

 まず筆者が驚いたのは、軽トラが渋谷の交差点を走っていたこと。我が国のモビリティ文化を象徴し世界へ誇るヴィークルといえる軽トラだが、農山村を逞しく走行する飾り気のない車体が、お洒落な街の権化・渋谷ど真ん中に居たってことだ。ノリで時間を費やす不心得者は、ちっぽけな国産車なら構わないと思ったのか、酔いのなか、わずかに残った損得勘定で軽トラックをいたぶったのだ。高級外車をひっくり返しボコボコにする度胸はない。酔った勢いで暴れてはいても、混乱に乗じる小心者。なんとさもしい。ニュース映像越しに憤慨したことを思い出す。

交差点途中でハイタッチ

渋ハロ撃退の喧騒を嫌った連中は分散し、豊島区の新文化拠点も表現の場に
渋ハロ撃退の喧騒を嫌った連中は分散し、
豊島区の新文化拠点も表現の場に

    こんな事態を引き起こす、渋谷スクランブル交差点の特質を考えてみる。この交差点は5差路。歩車分離式信号機によって、規則的に歩行者と車両が交互に道路を占有する。歩行者用信号が赤から青に切り替わると、群衆が四方八方から一斉に渋谷の代表的風景のど真ん中に主人公然として歩み出す。律動が生み出すその光景は、あたかも隊列を複雑に変化させフォーメーションを描くマーチングバンドのようで、烏合の衆でありながら日常的な人の営みによって世界でも珍しい光景を生み出し、観光名所になった所以と筆者は考える。実際に、そのなかに身を置けば、自分を含め歩行者1人ひとりが歩く速さや向きを微妙に調整していくのがわかる。インバウンド客がそうした稀有な日本の景観に溶け込み、同化したいという気持ちも理解できる。おとなしくしているうちは──。

 群衆がハロウィンや年末のイベントにおいて交差点で行き違うとき、ケミストリーが発生する。触発と共振、そしてたまに悪性腫瘍への変異である。この信号機によってタクトを振られる交差運動こそがカギで、狭い箇所で起きるマッチングが、アドレナリンなり毒ガスなりを発生させるわけだ。仮装やコスプレによるマスク効果で、さらにひどいのが酒の酔いに任せて人格を変えた人々の過剰演技、悪乗り暴走だ。

 これをまた助長するのがSNS。天下の渋谷ど真ん中劇場でパフォーマンスする己が姿を、仲間内や誰彼構わず閲覧数の多い場へ晴れ姿、武勲として発信し、拡散を求める。投げ銭を頂戴できるなら、なおのこと結構。仮装による匿名性とSNSでの承認欲求、相反する2つが同居する時空間。ハチャメチャなハプニング期待の空間と、騒ぎ増幅狙い型の無責任傍観者の成り行き任せ群衆行動に、良識ある地元の人々が我慢ならないのは当たり前となる。

スマートなお馬鹿表現へ

福岡天神の警固公園は欧風イベントのにわか同調者を2025年も夜に締め出した
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にわか同調者を2025年も夜に締め出した

    ハロウィンのおまじない言葉は「Trick or Treat(お菓子をくれないと、いたずらするぞ)」だが、SNS依存者は図々しく言い換え。「TikTok & Treasure(ネットにアップするから「いいね」拡散よろしく)」。

 大都会の匿名性に身を潜め、SNSハンドルネームで異なるアイデンティティーをまとい、要は正体を隠して責任のない立場にとどまろうとする。渋谷スクランブル交差点は彼らにとって、後背の繁華街へ繰り出す門前として景気づけにぴったりの、あるいはさんざ遊んだ帰りに最後の残り火をまき散らす、うってつけの場にされている。

 事件から渋谷区はハロウィンを危険視し、渋谷センター街の商業者組合も懸念の色を濃くした。迷惑路上飲酒、ごみの大量放置、器物破損、暴行、暴走車両、嘔吐物、騒音、立小便など。こうした行動に業を煮やし、正常化に向けた規制をかけていくことなった。詳細は渋谷区等の告知を見ていただきたいが、要はそれで足りたかどうかだ。

 渋谷はJR、私鉄、地下鉄が多く乗り入れるターミナル。区部を超えて近郊都市、県外からも大勢が流れ込む。不心得者は、こうした遠方からも来ていると推測する。旅先で羽目を外しイキがる。そして、そっとイナカへ帰って身を潜める。そしてまた、これが日本の標準かと勘違いし、馬鹿騒ぎに乗じるインバウンド客。武士の心得をわきまえない外国人が、さらに日本人の無作法を誇張表現し、それをまた浅はかな日本人がイカしていると真似し、増長する。

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 中継映像越しには、2025年の渋谷スクランブル交差点ハロウィンは雨に祟られ、また地元の強固な排除姿勢に気圧され、従来の混乱は抑制されたようにうかがえた。商機は縮めたが、地域のブランドイメージ損壊を防ぐには奏功したかもしれない。

 大晦日にはこれまた渋谷スクランブル交差点の名物祭典、カウントダウンイベントだ。100年に一度といわれる大規模な再開発が進む渋谷は、IT業界のカルチュラルな街のイメージを築きたい。街はアナログなダークシティー化を阻止すべく、不心得なバグを弾き出すプラットフォームを備えなくては。


<プロフィール>
國谷恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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