
人口1億人を保ってきた底力
現代に立って過去を振り返ってみると、人口1億人を保ってきた国家が2カ国ある。それが中国とインドであることは知っての通りだ。
たとえば中国・清時代(1840年)には、イギリスからアヘン戦争を仕掛けられ、国家存亡の危機にあった。当時の日本の人口が3,000万人、中国・清はその10倍の3億人を超えていた。インドも然り。人口が1億人を割ることはなかった。
なぜ、インド・中国が人口1億人超を昔から堅持していたのか、理由として挙げられるのは下記の通りである。
(1)世界最高水準の農業生産力
(2)人口増を善とする思想
(3)人口を支える制度
(4)文明が途切れない地理
(5)「農村が壊れない」社会構造
この5点が同時に何千年も続いたこと自体が、まさしく驚異的なことである。一時、世界のトップ文明を誇っていた地域・国家のうち、残ったのはこの2カ国のみだ。
たとえばエジプト文明を検証してみても、その栄華は今や跡形もない(ピラミッドは残っているが)。ギリシャ・ローマ文明もまさしく観光ルートとしては繁盛しているが、国力としては微弱なものである。イスラム文明も宗教の勢いは残っているが、文明力は皆無なのだ。
1億人持続の底力が爆発する時期の到来
ところが、中国とインドは違う。この2カ国は、再度不死鳥のごとく復活したのである。
中国・清は、1800年までは世界に存在感を誇示していた。その後に西洋・ロシア・日本の侵略を許してきたが、1949年に中華人民共和国として復活して、現在に至っている。
インドも然りだ。1500年代に入ってからポルトガル、イギリスの侵略を受けて、国家分断を強行された。ズタズタに分断され、イギリスの植民地に甘んじてきたのだ。それが第二次世界大戦が終了後、1947年8月にインドは独立を勝ち取った。
ところで余談ではあるが、4,000年以上の誇れる文明の担い手として、現在も光り輝き存続しているのは、インドと中国にプラスして、ユダヤ民族の3大勢力のみである。
イギリスの巧妙な分断作戦で植民地へ転落
結論からいうと、インドは「軍事侵略で一気に負けた」のではなく、「分断と経済支配の積み重ねで支配された」というのが実態である。なぜ、「小さなイギリス」が「巨大なインド」を支配できたのか?大きな疑問が残る。
(1)侵略の主体は「国」ではなく会社だった
最初にインドへ入ったのは、国家としてのイギリスではなく、「イギリス東インド会社」である。
1600年設立のこの会社は、武装した私兵・要塞・条約締結権をもつ、ほぼ国家のような存在であった。目的は支配ではなく、「貿易(香辛料・綿布・紅茶)」の商取引である。まずは港湾都市に拠点をつくるだけだった。
(2)インドは「巨大」だが「一枚岩」ではなかった
当時のインドは、かつての統一王朝であるムガル帝国が衰退し、地方領主(藩王)が乱立。内戦・権力闘争が頻発していた。「インド国家」という意識は存在しない。つまり大国ではあるものの、分裂国家だったのである。
(3)決定打は「現地勢力との内通」
1757年の「プラッシーの戦い」が転機である。
この戦いでは、東インド会社軍が約3,000人だったのに対し、ベンガル太守軍は約5万人だったにもかかわらず、会社側が勝利した。
その理由は──ベンガル側の有力将軍が裏切って戦わなかった。つまり、「イギリスが強かった」というより、「インド側が割れていた」のだ。
これが決定的であった。
(4)支配の本質は「軍事」より「経済」
勝利後、会社は直接統治せず、税の徴収権を獲得し、地元支配者を傀儡化。インド産業を破壊し、原料供給地へと転換させた。これにより、とくに手織物産業が壊滅し、重税による飢饉(数千万人死亡)など、経済的植民地化が進んだのだ。
(5)最後に「国家」が乗り出した
1857年のインド大反乱(セポイの反乱)を受け、イギリス政府が会社を解散させ、正式に「大英帝国の直轄植民地」=「英領インド」となる。これはインドだけでなく、アジア・アフリカで繰り返された「近代帝国主義」の典型だ。
文明の攻防、強者の衰退

上記した通り、1857年にインドは英領インドとして直轄植民地となったのである。だが、「文明の覇者の永続化はあり得ない」という冷酷な法則がある。世界に君臨してきたイギリス帝国が傾き始めて100年近くになろうとしている。第一次、第二次世界大戦を経るうちに、イギリスの国力が衰退し始めた。と同時に、「近代帝国主義」を担ってきた同様のヨーロッパ諸国も昔の栄光の面影はない。
現在、世界に君臨している覇者は、アメリカ帝国主義である。1900年代から120年間にわたって君臨してきたが、もうそろそろ矛盾が露わになってきた。超一級国家として、単独支配は覚束なくなってきた。
イギリスが、「過去の植民地・インド」に頭を下げて無心せざるを得ないような、立場が逆転するのは間近である。不名誉な植民地扱いから這い上がって、大国にのし上がった中国というお手本がある。インドがいずれ(かなり近い近未来)、中国と世界への影響力をめぐって張り合うようになるのは、時間の問題である。
その認識を踏まえて、インドビジネスを組み立てるべきである。今回の経済視察から得た結論として提言する。








