2024年05月14日( 火 )

米中関係と日本の選択(前)

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東アジア共同体研究所 理事・所長
(元外務省国際情報局長)
孫崎 享 氏

米中・経済力の変化 購買力平価ベースのGDPで中国は米国を抜く

 軍事バランスの基礎には経済力がある。この経済力で近年、大きい変化を生じている。今日、世界で最も秀でた情報機関が米国CIAであることには誰も異論はない。このCIAが刊行する「World Factbook」の「各国比較」「真のGDP(購買力平価ベース)」の項目によると、中国のGDPは23兆ドル、米国は19.8兆ドルである。

自然科学の論文数で、中国は量・質両面で米国を抜く

 こう記述してくると、「いや、中国は独自で技術を開発できない。米国や日本などから取ってくる。時に盗む」という人がいる。今後の経済発展のカギは情報送信の量と質にある。5G特許保有宣言数を見てみよう。ファーウェイ(中国)=3,325、サムスン(韓国)=2,846、LG(韓国)=2,463、Nokia(フィンランド)=2,308、ZTE(中国)=2,204、エリクソン(スウェーデン)=1,423、カルコム(米国)=1,330、インテル(米国)=934など。

 「技術といっても5Gだけだろう」という人もいるだろう。文部科学省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が、世界主要国の科学技術活動を体系的に分析した「科学技術指標2020」を公表した。ここで自然科学の論文数で中国が米国を抜いて初めて世界1位と報じられた。次いで2021年版では引用された論文数を基に、論文の質の面でも中国が米国を抜いたと記した。英科学誌ネイチャーは自然科学系の82学術誌掲載論文数のシェアを基に世界の研究所のランキング「Nature Index」を発表したが、首位は5年連続中国科学院であった。

経済安保構想はとんでもない時代錯誤

 10月2日付日本経済新聞の夕刊は「日本の研究力が低下している」「日本の研究開発力の低下は危険水域に」と報じた。分野別に引用された数がトップ10に入る“優れた論文”をまとめたときの国別シェアに関するデータを紹介しよう。まずは、1997~99年の平均シェアだ。

 1位・米国/42.8、2位・英国/8.4、3位・ドイツ/6.8、4位・日本/6.1、5位・フランス/4.9、6位・カナダ/4.0、7位・イタリア/2.9、9位・豪州/2.3、13位・中国1.4、17位・インド/0.8(単位=%/1997~99年の平均シェア)

 アメリカが当然トップで、世界の42.8%、次いで英国、ドイツときて日本が第4位、中国、インドははるかに下で中国は13位、インドが17位。中国やインドの世界シェアは微々たるものである。これが、我々が持つ研究開発分野における世界のランキング・イメージであろう。では、2017~19年はどうか【表1】。

 日本が安全保障の理由で中国に研究・技術の提供を止めたとしよう。1997~99年の段階なら、中国の世界での比率はわずか1.4%、日本の世界での比率は6.1%であるから、相互に提供を止めたとき、より大きい被害を得るのは中国である。従って日本がかかる政策を取ることには一利あるかもしれない。だが2017~19年では中国の比率は24.8%、日本の比率は2.3%である。日中双方が相手国への研究・技術の提供を止めたらどうなるか。より大きなマイナスを被るのは日本である。1と10とどちらが大きいかという問いは小学1年生でもわかる。それもできないくらい、今の日本は時代錯誤に陥っている。

米国・ランド研究所の報告書:日本周辺での米中軍事力の変化~アメリカは中国に敗ける 

 米国のランド研究所は安全保障面で最も権威のある研究所である。ここから数多くの国防長官、国務長官、安全保障担当大統領補佐官を輩出している。ここが2015年、「アジアにおける米軍基地に対する中国の攻撃」という報告書を出した。そのなかに次の記述がある。

 ・中国は自国本土周辺で効果的な軍事行動を行う際には、全面的に米国に追いつく必要はない。
 ・とくに着目すべきは、米空軍基地を攻撃することによって米国の空軍作戦を阻止、低下させることができる。
 ・1996年の段階では、中国はまだ在日米軍基地をミサイル攻撃する能力なし。
 ・中国は日本における米軍基地を攻撃しうる1,200の短距離弾道ミサイルと中距離弾道ミサイル、巡航ミサイルを保有している。
 ・ミサイルの命中精度も向上している。
 ・滑走路攻撃と基地での航空機攻撃の2要素がある。
 ・台湾のケース(実際上は尖閣諸島と同じ)は、嘉手納空軍基地への攻撃に焦点を当てた。台湾周辺を考慮した場合、嘉手納基地は燃料補給を必要としない距離での唯一の空軍基地である。
 ・ミサイル攻撃は米中の空軍優位性に重要な影響を与える。それは他戦闘分野にも影響を与える。

 以上のように、台湾正面つまり尖閣諸島周辺で米中が戦えば、米国は中国に負けるという報告書を出したのである【表2】。

表2

(つづく)

(後)

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