2024年04月25日( 木 )

「一つの中国」、米日との対立が先鋭化~ペロシ訪台をめぐって(中)

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共同通信客員論説委員 岡田 充 氏

 日本ビジネスインテリジェンス協会より、共同通信で台北支局長、編集委員、論説委員などを歴任し、現在は客員論説委員を務める岡田充氏による先日のペロシ米下院議長の台湾訪問に関する論考「『一つの中国』、米日との対立が先鋭化 ペロシ訪台と『第4次海峡危機』」(21世紀中国総研HP掲載)を提供していただいたので共有する。
 岡田氏は、ペロシ訪台について、「中国を挑発、激烈な対応を引き出し、威信を失墜させる」という、米政権の対中挑発パターンが、今回も同様に繰り返されたと論じる。

「武力行使」と「武力統一」は同義ではない

中国国旗 イメージ    冒頭で触れたように、演習目的はペロシ訪台を認めた米国と、受け入れた台湾への「懲罰」と「威嚇」にある。NHKは8日朝のニュースで、孟中国国防大学教授の「台湾を早期に統一するための条件をつくり出し、中国に有利な戦略的状況を形成した」という解説を引用し「今回の演習で武力による統一を決めた場合の動き方を検証したことを示唆した」と伝えた。

 平たくいえば、NHK報道は、「武力統一」のための予行演習と言いたのだろう。だが「武力行使」と「武力統一」は、意味は重なるが同義ではない。中国は2005年の「反国家分裂法」で、台湾が独立を宣言したり、米国の干渉によって統一の可能性が失われたりした場合、「非平和的手段」(武力行使)という選択を否定していない。

 武力行使とは、今回の演習目的である「懲罰」を含め広義であり、「武力統一」を必ずしも意味しない。中国は1979年以来平和統一を掲げ、習近平・党総書記が発表した2019年1月の台湾政策「習5点」()は、「平和統一宣言」でもあった。

 このなかで、台湾統一は2049年の建国100年に実現すべき「世界一流の社会主義強国実現」と「中華民族の復興」という最優先目標(大局)に従属する課題として位置付けられている。共産党は武力行使を最終的手段として否定はしないが、「武力統一」を認める公式の文書はないことを付け加える。

 今回の演習で、中国軍の能力の飛躍的向上が立証されたとはいえ、それでも米軍との総合的戦力の差は依然として大きい。米軍との衝突を覚悟し「武力統一」する意図と能力はない。台湾人の大半が統一を望まない現状で武力統一すれば、台湾は戦場と化す。武力で台湾制圧に成功しても、長期にわたって台湾人の抵抗に遭う可能性が高く統一の果実はない。

 ペロシ訪台が、中国民衆のナショナリズムを駆り立て、「武力統一を急げ」という勇ましい声が出るからといって、それを「武力統一が近い」論拠と見做すのは飛躍である。

第3次「台湾白書」を発表

 中国政府は8月10日、「台湾問題と新時代中国の統一事業」と題する「台湾白書」を発表した。両岸の民間窓口が新設され両岸交流が大幅に拡大した1993年の「台湾問題と中国の統一」と題する第1次白書。民進党政権が誕生した2000年の「一つの中国原則と台湾問題」と題した第2次白書に続く、第3の白書になる。

 第2次白書と比較した特徴の第1は、かつて鄧小平が述べた「一国二制度」による平和統一後、「台湾は軍隊をもてる」とした部分がなくなった。国防と外交は、中央政府の専管事項という基本姿勢に戻ったことを意味する。

 第2に、第二次白書の「台湾当局が無期限に統一交渉を拒否するなら、武力行使を含む措置」の記述がなくなった。これは2005年の反国家分裂法に、武力行使の条件が盛り込まれたためであろう。

 そして最も重大な特徴は、以下の部分だ。「外部干渉勢力と台独による重大な事変に備えて、非平和方式(武力行使)の措置を準備するが、その目的は平和統一の将来を維持し、平和統一のプロセス推進のため」。

 武力行使は武力統一のためではなく、平和統一実現の手段とみなすのである。敷衍すれば、大規模軍事演習は、武力統一のための準備にあるのではなく、あくまでも平和統一を実現するための手段と考えていることを意味する。

衝突「懸念せず」が6割超

 台湾民衆の受け止めにも触れよう。台湾紙「聨合報」は8日、「中華民意研究協会」の世論調査結果として、軍事演習が「軍事衝突をもたらすと懸念するか」の質問に、60.1%が「懸念していない」と答え、「懸念する」の34.0%を上回った。台湾民意の冷静な反応を示している。「演習慣れ」の側面もあるだろう。

 さらに、中国が武力行使した場合、「米国は出兵し台湾防衛に協力するか」の質問には48.5%が「はい」と答え「いいえ」は37.4%だった。台湾ではロシアのウクライナ侵攻で米国が派兵せず、米ロ代理戦争をしているのを見て、米国の台湾防衛への信頼度が低下した。中国の軍事演習で、米国への期待感が多少戻った可能性があるかもしれない。

 ペロシ米下院議長の訪台の内幕については、紙幅の都合で省略する。別稿「台湾メディアが書いた全内幕」をご覧いただきたい。

米国に8項目の制裁

 次はペロシ訪台と軍事演習が、米中関係に与える影響である。これまで見たように、ペロシ訪台は、中止を勧告したバイデンの顔にも泥を塗った。中国の軍事演習中は、監視任務に当たった米空母も演習区域に近づけない「配慮」をみせ、控え目対応をした。

 そのバイデンは、8月8日軍事演習について、「懸念している」と述べる一方、台湾の安全保障については、「心配はしていない。(中国が)これ以上何かするとは思っていない」と記者団に語った。またペロシ訪台を「賢明な判断だったと思うか」の質問には、「彼女の判断だ」と述べるにとどめた。訪台が政権の判断ではない立場を維持している。

 一見、中国への「控えめ対応」を維持しているように見えるが、国防総省は近く、米艦船に台湾海峡を通過させると発表しており、航行の自由作戦を含め従来の軍事対応を維持する方針だ。

 中国外交部は8月5日、米国への対抗措置として①中米両軍戦区指導者の電話会談、②中米国防省作業部会、③中米海上軍事安全保障協議メカニズム会議―の3項目を「取り消し」。④中米違法移民送還協力、⑤中米刑事司法共助協力、⑥中米国際犯罪取り締まり協力、⓻中米麻薬取り締まり協力、⑧中米気候変動協議―の5項目を「一時停止する」と発表した。

「不測の事態」への対応に不安

 「環球時報」は、中国社会科学院米国問題専門家の呂祥氏の話として、ペロシ訪台時の航空機および安全保障は、いずれも米国防総省が提供したと指摘、「米軍当局が中国の主権と安全を損なう行為に出たことで、中米両軍の交流の意義はすでに客観的に失われた」と、両軍交流停止の背景を説明した。

 米政治サイトのポリティコは8月5日、中国軍トップが米国側からの電話連絡に応じなかったと報じた。米軍トップのミリー統合参謀本部議長と中国軍の李作成・統合参謀部参謀長のオンライン協議は、22年7月7日が最後になる。

 中国の軍事専門家の宋忠平氏は、同じ「環球時報」で「国防省レベル、戦区レベル、海上安全保障レベルは、いずれも中米軍事交流の重要な構成部分であり、各レベルのメカニズム中止は、「中米の軍事的相互信頼が地に落ちたことを意味する」と分析した。

 米中間の軍事レベルのコミュニケーションが失われると、「不測の事態」発生時の双方の対応や「消火」に不安が増す。中国が強硬姿勢をとったのは、「一つの中国」原則をこれ以上空洞化させないとの強い意思の表れだ。

(つづく)

※習5点
(1)民族復興を図り、平和統一の目標実現
(2)「一国二制度」の台湾モデルを台湾の各党派・団体との対話を通じ模索
(3)「武力使用の放棄」は約束しないが、対象は外部勢力の干渉と「台湾独立」分子
(4)(両岸の)融合発展を深化させ平和統一の基礎を固める
(5)中華文化の共通アイデンティティを増進し台湾青年への工作を強化 ^

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