2024年03月19日( 火 )

「一つの中国」、米日との対立が先鋭化~ペロシ訪台をめぐって(後)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

共同通信客員論説委員 岡田 充 氏

 日本ビジネスインテリジェンス協会より、共同通信で台北支局長、編集委員、論説委員などを歴任し、現在は客員論説委員を務める岡田充氏による先日のペロシ米下院議長の台湾訪問に関する論考「『一つの中国』、米日との対立が先鋭化 ペロシ訪台と『第4次海峡危機』」(21世紀中国総研HP掲載)を提供していただいたので共有する。
 岡田氏は、ペロシ訪台について、「中国を挑発、激烈な対応を引き出し、威信を失墜させる」という、米政権の対中挑発パターンが、今回も同様に繰り返されたと論じる。

「挑発し権威失わせる」パターン追求

 そこで「第4次危機」の最大の背景を挙げる。米中の戦略的対立は、中国の考える「一つの中国」原則の空洞化を目指すバイデン政権と、その阻止を目指す中国指導部の正面対立にある。ペロシ訪台は、中国側が許容できない一線を意味する「レッドライン」を踏んだ。

 ペロシは、「訪問中止」を勧告したバイデン政権と、招待取り消しに傾いた蔡政権の反対を押し切った「トラブルメーカー」と言っていい。

 しかし、バイデン政権は今後も、ブリンケン国務長官らネオコン派を中心に、「台湾有事危機」を煽って日本、オーストラリアなど同盟国とともに、対中包囲網を強化する方針を継続する。

 米中の戦略的対立のなかで、ネオコンの特徴的な対中政策は①中国を挑発②激烈な反応を引き出し③権威を失墜させる──挑発パターンにある。今後もこのパターンを繰り返すはずだ。バイデン政権は台湾海峡の安定を望んでいるのではなく、緊張激化によって中国の威信を失わせるのが狙いだ。

 米国では、台湾問題の専門家で厳しい対中姿勢で知られるボニー・グレーザー氏ですら「ペロシ訪問は、台湾の安全保障を強化するような意味のあるものではなかった。逆に台湾を危険にさらし、台湾の安全保障は弱体化した」とコメントした。ペロシ訪台が米中関係を後退させただけでなく、対立を先鋭化させるのは確実である。

過熱する日中非難合戦

日中関係 イメージ    だが訪台で最も強い影響を受けるのは日本になるかもしれない。中国政府は4日、カンボジアで予定していた日中外相会談を直前になって中止、ASEAN外相会合では林芳正外相の演説中、王毅外相とラブロフ・ロシア外相が退席する「見せしめ」をした。

 公表されている限り前例のない対応だ。9月の日中国交正常化50周年を前に、中国がこれまで控えてきた対日批判を、公然と激化させる前兆でもあった。

 中国外務省の華春瑩報道局長は4日の記者会見で、外相会談中止について「日本はG7やEUと結託し、中国を理不尽に非難する共同声明を発表した」とコメントした。岸田政権はこの日、中国の軍事演習で弾道ミサイルが日本のEEZ内に初めて落下したことを強く非難。これに対し、鄧励・中国外務次官は4日垂秀夫駐中国大使を呼び出し「日本はG7やEUとともに、理不尽な批判で中国の顔に泥を塗った。国際社会に誤ったシグナルを発している」と批判するなど、非難合戦は過熱した。

 岸田は5日朝、ペロシを招いて朝食会を開き厚くもてなした。さらに朝食会後にメディアの囲み取材で、中国のミサイル落下を「日本の国家安全保障と国民の安全を脅かしている」と指摘、さらに日米が「台湾海峡の平和と安定を共同で守る」と、中国への対抗意識をあらわにした。

朝食会は「失当」外交

 岸田とは対照的に、尹錫悦・韓国大統領は4日訪韓したペロシとは、「夏休み」を理由に対面せず、電話協議で済ませた。朝食会の開催と直後のメディア向け発言は、ペロシ訪台が米国内部に「摩擦」をもたらし、米中の大争点になっている状況を勘案するなら、明らかに慎重さを欠いた失当外交だった。

 ミサイルの日本EEZ落下についても、単に批判で済む問題ではない。論点は①EEZ内での軍事演習は、国連海洋法条約など国際法上規定はなく違法ではない。何を根拠に「抗議」したのか曖昧②日中間では、EEZ境界が画定していない。中国側は「日本のEEZに(ミサイルが)入ったという問題は存在しない」とコメントした。尖閣諸島をめぐる「領有権紛争」が、ここでも影を落としている──ことを付け加える。

 在日中国大使館は8月8日、孔鉉佑大使の「ペロシ訪台とG7外相声明で日本側に厳正な立場表明」と題した談話の発表に続いて、「日本が再び歴史的な誤りを犯さないよう忠告する」と題する中国大使館報道官の談話をHPに掲載した。中国メディアも「環球時報」をはじめ、連日のように対日批判キャンペーンを始めている。

対日報復「やりやすい」

 8月10日付け新華社電は王毅外相 がペロシ訪台をめぐって米台を批判するとともに、日本などを念頭に「一部の国の政治家が是非を顧みず、機に乗じて騒ぎ立て、模倣し、政治的パフォーマンスを行い、政治的私利を得ようとたくらむことを警戒」と、日本を念頭に置いた警告をした。

 中国メディアの日本批判の例を紹介する。「日本の『不安』は完全に自ら招いた」と題する8月5日付「環球時報」社説はその代表例。社説は「日本には、台湾問題でとやかく言う資格はない。台湾問題で重大な歴史的犯罪の責任を負っており、台湾を長期間植民地支配しただけでなく、いまだに徹底的に反省していない」と、植民地支配に遡って批判。

 さらに「日本が米国と一緒に中国の核心的利益に挑戦するならば、高い確率で中国側のより直接的でより強い反撃を受ける。少しきつく言うなら、日本に報復するのは米国に報復するよりも簡単でやりやすい」と、対日報復をちらつかせた。

 今後8月15日をはじめ、9月18日の「柳条湖事件」記念日など、日中間の歴史的記念日を控え、中国の対日批判の動向を注意深く観察する必要がある。

 岸田政権は、安倍国葬をめぐる民意の分断や、旧統一教会疑惑の先鋭化で、支持率下落が顕著。その最中のミサイル落下で、「台湾有事は日本有事」の「安倍遺言」にリアリティをもたせる宣伝戦を開始し、有権者の関心を台湾有事に向けようとしているようだ。

 中国は日中関係を、米中関係の副次関係とみている。中国は抑制してきた対日批判を遠慮なく激化させ、日本を米国の「共犯」と見なして叩く可能性が高い。米国とともに対中包囲政策と軍事力強化にばかり傾注し、対中外交によってバランスをとろうとする外交を軽視してきた「ツケ」が回りつつある。

(了)

(中)

関連記事