日本製鉄のUSスチール買収:今後の険しい道のり!

 NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。
 今回は、8月22日付の記事を紹介する。

製鉄 イメージ    米国では「日本製鉄は約束を守り、子会社化したUSスチールの従業員に5,000ドルのボーナスを支給した。2028年までに110億ドルの投資も約束している。米国への投資や雇用に尽力する日本企業は同盟国の鏡だ」といった好意的な報道が見られます。トランプ大統領も表向き厳しい対日要求を次々と繰り出していますが、最大のライバルと見なす中国と対峙するには日本の資金力や技術力が欠かせないことがようやく分かってきたようです。

 凋落傾向の米国を救えるのは日本だけかもしれません。残念ながら、今日のUSスチールは「質」の分野でも「販路」の面でも、日本からも中国からも大きく差を付けられてしまいました。特に、自動車用鋼板では日本製鉄の超高強度鋼板にはまったく歯が立ちません。この技術は次世代のEVやハイブリッド車のモーターには欠かせないため、USスチールの研究開発力の遅れを象徴しています。

 先の大統領選挙期間中、鉄鋼労組の組織票が欲しいため、「組合員の職を守る」という大義名分でバイデン大統領(当時)もトランプ候補も日本製鉄の提案には反対していました。とはいえ、トランプ氏はバイデン氏と違い、選挙期間中も、密かに日本側に交渉妥結に向けて打診してきていたようです。

 日本製鉄はUSスチールの老朽化した設備を更新し、中国との市場争いに勝てるようにするために27億ドルの新規投資を行うとも明言。しかも、日本製鉄は2024年、中国の宝武製鉄との半世紀に渡る提携関係を解消すると発表。米国の懸念に事前に手を打ったといえます。

 しかも、日本製鉄は「USスチールの従業員は一人も解雇しない」と断言。それどころか、冒頭に述べたように、米国の従業員に1人5,000ドル、欧州の従業員に同3,000ユーロの臨時ボーナスを支給するとも約束。米政府と締結した「国家安全保障協定」には「日本製鉄は2028年までに110億ドルを投資する」ことも明示されています。

 現在、USスチールの従業員は2万人と減少傾向にあるため、日本製鉄とすれば「従業員の解雇は一切しない」と明言した上で、老朽化し競争力を失ったかつての名門企業を復活させるシナリオを提示したのです。現在、対米投資額では日本が他国を圧倒しています。この点はトランプ大統領も無視できないはず。

 問題は日本製鉄が払い込みを終えたUSスチールの全株取得費用141億ドル(約2兆円)と追加投資金額を加えると実質的な買収総額は251億ドル(約4兆円)に達することです。これは日本製鉄の時価総額を大幅に上回ります。果たして、USスチールの再建を成功させ、日本製鉄は粗鋼生産量で世界一の鉄鋼メーカーに大変身することができるのでしょうか。何とか子会社化が成功し、低迷する株価の上昇にも結び付くことを期待したいものです。

 鉄はあらゆる近代兵器の基本材料です。言い換えれば、米国にとっても鉄鋼は自国の防衛と対外的な対立を有利に展開する上で欠かせない戦略的資産に他なりません。そうした観点に立てば、日本政府が、日米安全保障条約を放棄または裏切るよう求める強力な隣国からの圧力に抵抗できるかどうかは「未知の領域」と見られています。そうした対日不信感は完全には払しょくされていないことを忘れてはなりません。

 安全保障上、最大の同盟関係を誇っているのが日本と米国です。しかし、そうした同盟関係は不変ではありません。ウクライナ戦争の成り行きを見ても、米国はロシアに擦り寄り、ウクライナやヨーロッパ諸国との関係を見直す意向を示しています。人間関係もそうですが、利害が錯綜すれば、国際関係も二国間関係も思わぬ方向に奔流する可能性は否定できません。日本製鉄においても、その点を十二分に配慮し、今後の「日米鉄鋼同盟」の可能性を追求してほしいものです。


著者:浜田和幸
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