福岡県建築士会「木のまちづくり部会」
「木造非住宅」を普及させようという動きが活発化している。普及には、住宅用流通製材(プレカット材)を活用することが、大きなポイントになる。福岡県でも建築士会などによって、一般流通製材で建設する際に必要となる知識の習得や、事業主に対して適切に提案できる建築士らの技術者を養成する取り組みが行われてきた。今回は、そのための具体的な動きの1つを紹介する。
うきは市の新築倉庫で
技術者講座が開催
11月8日、「令和7(2025)年度福岡県中大規模木造技術者講座(第4期)補講(3回)」が開催された。会場となったのは、うきは市で(株)堤木材が建設中の木造倉庫だ。
同講座は福岡県農林水産部林業振興課が業務委託し、「福岡県建築士会まちづくり委員会木のまちづくり部会」が22年度から開催しているもの。当日は、「木造非住宅の建て方」「実際の構造躯体を目の前にした接合部の解説」という2つのテーマで開催。受講している建築士や製材会社の関係者など約30人が参加した。
接合金物メーカーの関係者らにより、金物の紹介や、木造非住宅と木造軸組住宅における工法との設計法の違い、木造非住宅の接合金物に求められる性能をどう設定するか、構造用ビス、既製金物を接合部などに用いる際のヒントなどについての説明が行われた。10月25日には、住宅用流通製材を木造非住宅に活用するためのポイントを紹介するため、設計者にほぼ馴染みがない生産加工機械の見学や、プレカットCADの解説などについての補講も行われていた。
会場となった木造倉庫には、住宅用流通製材が用いられている。国内で最も供給量が多い戸建(木造軸組)住宅に用いられるもので、全国どこにおいても容易に調達できる建材だ。近年、木造(鉄骨造との混構造を含む)で建築されることも増えてきた高層・大規模建築物では、CLTや集成材などを用いるケースが多いが、これらの調達先は限られる。それとは対照的だ。また、住宅用流通製材は、施工者が特別な技術の習得を必要としないのもメリットの1つとなっている。
地域製材を生かす木造のショールーム
堤木材は08年から、高周波・蒸気複合式という高度な乾燥機を導入。14年にJAS機械等級材の認証を得て、福岡県森林組合連合会が直営する原木市場から購入した原木を基に地域産の製材JASの生産体制を早くから整えてきた。製材JASは、住宅用流通製材のなかから良質材を選りすぐる日本農林規格の1つであり、低迷する木材価値を再び向上させることを期待されている。
しかし、木造に精通する設計者であっても、県外でしか生産できない大断面集成材や、複雑なプレカットを求めて、県内の生産能力を超えた建築計画を企画されるケースは依然として多い。そのため、地域産の製材JAS利用は微増にとどまっている。さらに近年は、県産原木を県外の木材供給業者に持ち出されて木造非住宅が建設される傾向が強まり、地域の木材産業がほぼ関与できない現状が強く危惧されている。
そこで福岡県木材利用促進協議会(18年設立)では、福岡県内の林業・木材産業・建築による3者連携によって木材利用に関わる課題解決を図り、地域にすでに存在する生産供給体制の活用を推進している。堤木材社長・堤豊仁氏や、会場となった木造倉庫の設計を担当した(株)アキヤマインダストリー社長・秋山篤史氏は、同協議会のコアメンバーでもある。
同協議会は現在、木造へ転換可能と想定される鉄骨造(年間着工数約1,000棟、平均延床面積1,000m2/棟と推計)の受注シェアを、福岡県内の地元業者で獲得することを目指している。「モク三ビルモデル」を基に、意欲的な設計者、施工者、林業・木材供給者へ周知して、ともに販促する仲間を増やすことに取り組む。同モデルは、住宅用流通製材(とくにJAS機械等級材)を用いて県内の生産供給能力でも木材供給・設計・施工できるように、NPO法人モクラボ九州人(倉掛健寛理事長)と協働して構築した。23年には実物件「麻生グループ(医)博愛会 頴田病院 在宅医療センター」(飯塚市)も完成し、今年もパイロットモデルの建設が続く。3階建準耐火構造の物件を、いつでも受注できる準備を整えつつある。
会場の木造倉庫は完成後、「モク三ビルモデル」のショールームとなる。躯体が露出する倉庫の特徴を生かして、木造非住宅に必要な6m以上の長スパン(本件は9.1m)架構、地域産製材JASの利用状況や設計・施工手法を、完成後も目視できる。リアルな教材として、今後の販促につなげていくことが期待されている。
需要が多い低中層
建築物をターゲットに
そもそも非住宅の建築需要において、高層・大規模物件はそれほど多くない。中低層、中小規模の建築物、具体的には事務所や商業施設、保育施設、医療・福祉施設などのニーズは、地方部にも底堅く存在する。従来は鉄骨造やRC造で建築されてきたそれらが木造に置き換わることで、地域の工務店やゼネコンにとっては、新たな市場になるものと期待されている。
しかし、住宅と非住宅で、求められる性能が異なることも事実だ。住宅の場合は、一般的にそれほど大きな空間や開口部を設けることは求められないが、事業用である非住宅には大空間・大開口、さらには高い天井高が必要になるケースが多くある。たとえば、堤木材の木造倉庫は延床面積231.49m2の無柱空間となっているが、それを耐震性や耐久性の点で無理なく実現するためには、柱や梁、筋交、そして建物本体と基礎を緊結するための接合金物が必要となる。10月の補講では、そうした非住宅ならではの留意点に即した接合金物の使い方、そのための設計手法などについて解説が行われたわけである。
会場の木造倉庫は建方工事が完了した状態だが、建物を構成する梁には木質トラス(通称=「大分トラス」)が用いられているのが確認できた。これは、大分大学理工学部理工学科建築学プログラムの田中圭准教授らが開発したものだが、九州産の住宅用流通製材を用いて製造されたトラスユニットであり、生産や施工が容易な点が特徴となっている。このほかの主要構造材も九州産の住宅用流通製材であり、基礎以外の丸ごと1棟を九州産材でまかなえることに取り組んでいることも、この倉庫の特徴の1つだ。
木造非住宅ならではの
設計・施工のコツを伝授
「大空間・大開口を実現するための専用の接合金物ももちろんですが、住宅用の接合金物のなかにも利用できるものがあります。また、納まり(柱や梁などの各部材を実際に組み合わせること)には、コツやテクニックも存在します。このように、臨機応変に対応する設計・施工のすべを建築士1人ひとりが理解しておくことと、もう1つは木材供給関係者との間で実務上のコミュニケーション術を身につけることで、木造非住宅の供給を増やすチャンスを増やすことができると考えています」と、秋山氏は今回の補講の狙いについて話していた。
ところで、建築士会が「木のまちづくり部会」といった専門組織をつくってまで、木造非住宅の普及に乗り出す背景には、これまで大学などで木造建築物への教育が積極的に行われてこなかったことがある。近代建築や都市建築では、鉄骨造やRC造などのほうが構造的に制約が少なく、また耐火・耐震・高層化などの観点で有利とされてきたこと、学生の就職先の志向として鉄骨造やRC造の建築物を供給するゼネコンやハウスメーカーが主となってきたためだ。
ただ、近年は木造建築物への注目度が高まってきた結果、現役の建築士はもちろんのこと、学生を含めた若い世代が木造建築物の設計・施工について学ぼうとする機運が高まっている。今回の講座にも、複数の学生が参加していた。
木のまちづくり部会では、これまでに複数の木造非住宅の設計・施工に関与してきた。(株)メモリードが新たにオープンする葬儀場「メモリードホール嘉麻」(嘉麻市)もその1つで、11月15日には見学会を開催。実例の紹介などを含めた木造非住宅の魅力の発信に努めることにしている。
【田中直輝】
木造非住宅のモデル的存在へ
(株)堤木材・堤豊仁社長
新設住宅着工数が減少するなかで、それを補うものとして木造非住宅の市場にはとても期待しています。当社ではJAS認定も取得し、それに対応する機械への投資も行っています。今回のような木造倉庫、木造非住宅が普及していけば、当社にも木材の注文が増えてくるのではないかと考え、種まきとして木造非住宅のモデルとして見てもらえるように、この倉庫の建設に踏み切りました。
見積もりを取ったわけではないので、鉄骨造などの他構造とのコストの違いについては、把握できていません。また、ここの地盤は少し弱かったので、その改良費用にコストがかかったのは事実です。基礎の高さが増えた分、使用する木材量が少なくなってしまったという点も課題の1つとして明らかになりました。一方で、大分トラスの製造なども当社で行いましたが、思った以上に容易に建設できたことも確認できました。
今回の倉庫はパイロット版であり、当社が経験や課題をお伝えすることで、今後の木造非住宅の供給に生かしていただければと考えています。
■(株)堤木材新倉庫の概要
所在地 :福岡県うきは市浮羽町浮羽568-1
建築面積:231.49m2
延床面積:231.49m2
(間口9.31m、奥行25.59m、最高高さ6.35m)
設 計 :(株)アキヤマインダストリー
施 工 :(株)堤木材(自社施工)

月刊まちづくりに記事を書きませんか?
福岡のまちに関すること、建設・不動産業界に関すること、再開発に関することなどをテーマにオリジナル記事を執筆いただける方を募集しております。
記事の内容は、インタビュー、エリア紹介、業界の課題、統計情報の分析などです。詳しくは掲載実績をご参照ください。
記事の企画から取材、写真撮影、執筆までできる方を募集しております。また、こちらから内容をオーダーすることもございます。報酬は別途ご相談。
現在、業界に身を置いている方や趣味で建築、土木、設計、再開発に興味がある方なども大歓迎です。
また、業界経験のある方や研究者の方であれば、例えば下記のような記事企画も募集しております。
・よりよい建物をつくるために不要な法令
・まちの景観を美しくするために必要な規制
・芸術と都市開発の歴史
・日本の土木工事の歴史(連載企画)
ご応募いただける場合は、こちらまで。不明点ございましたらお気軽にお問い合わせください。
(返信にお時間いただく可能性がございます)










