2024年07月13日( 土 )

適正な精神科医療の構築を目指して 九大病院精神科が担う役割とは(後)

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九州大学大学院医学研究院
精神病態医学 教授
中尾 智博 氏

 九州大学精神科は1906年4月の開講以来、九州・福岡の地から日本の精神医学の発展に多大な貢献をはたしてきた。2020年4月、8代目教授に就任した中尾智博氏に同科が地域で担う役割について話をうかがった。

病床数削減が病院運営を直撃

九州大学病院    ──精神科の場合、急性期と慢性期の判別が難しいという印象があります。

 中尾 精神科疾患の場合、反復性のものが多く、たとえば統合失調症の患者さんにしても、急激に悪化した後に落ち着いたかと思えば、また再発することが多いですし、双極性障害も然りです。急性期と慢性期の状態を行ったり来たりすることが多いので、入院に至らずに済むようにするのも精神科医の役割です。昔に比べると平均在院日数はかなり短くなりました。ただアメリカなどと比べると長いですが、アメリカの場合は医療費が高額で支払いができなければ強制的に退院させられるからという事情もあります。日本の場合、国民皆保険制度があるために長期入院という弊害が生じてしまったものの、一方で均質な医療を提供できるというメリットもあります。

 ──今年度の診療報酬改定で精神科の病床数が削減されます。これによりどういった影響が出るとお考えですか。

 中尾 精神科は、他科に比べて人員基準や施設基準で優遇されてきました。それによって何が起こったかと言いますと、比較的安い人件費で多くの患者さんを入院させられるというメリットがあることから、多くの民間病院ができたのです。

 日本にはかつて「私宅監置」という制度が存在しました。制度が開始した1900年当時は精神科病院の数も少なかったため行われていたわけですが、50年に同制度が廃止となり、その代わりに病院という大きな箱のなかで、多くの患者さんを収容するようになったわけです。これが日本のいわゆる「収容医療」の始まりとなります。一度そうしたシステムが構築されてしまっているので、病床数の削減は病院の運営に多大な影響をおよぼすものと考えられます。

 ──現状は精神科病院が多すぎるということでしょうか。

 中尾 確かにそれは否定できません。従って今後は淘汰されていく病院も出てくるでしょう。日本の精神科医療は、これまでに長期療養の患者さんを見込んだビジネスモデルが完成しており、それをドラスティックに変えていくのは適切なやり方ではないと私は思っています。ソフトランディングしながら適正な精神科医療の構築を目指していくべきではないでしょうか。

 現在、精神科病院が置かれている状況は、既得権益のようなものがはく奪されているまさに「過渡期」だといえるでしょう。福岡のなかでも筑豊や大牟田周辺は、人口比における精神科のベッド数が全国的に見てもかなり多い地域です。しかし、これらの地域は年々人口が減少し、小さくなったパイを取り合うような状況です。また、精神科で最も高い医療費が設定されている「スーパー救急」も2022年度の診療報酬改定で入院料が減額されますし、運用面の基準も厳しくなり、困惑している病院が多いと聞きます。日本の精神科医療は、ガラパゴス的に世界の流れとは異なって進化してきたのですが、それを国が急激に軌道修正を図っているので、さまざまな場面でひずみが生じてきていると感じています。

九州大学大学院医学研究院 精神病態医学 教授 中尾 智博 氏
九州大学大学院医学研究院
精神病態医学 教授 中尾 智博 氏

    これらは、まさに日本の精神科医療の闇と言っても過言ではありませんが、先ほど申し上げたように「だからこそよかった」といえる部分もたくさんあるわけです。私が医者になったばかりのころは5年、10年入院している患者さんがたくさんいました。家族が受け入れを拒否したための「社会的入院」が多かったからですが、当然のことながら病院にとっても安定した経営につながるわけです。しかし、近年は精神科で用いる薬も進化し、副作用も出にくくなっています。そのため、疾患が軽症化して入院が必要な患者さんの数が減少、長期入院のビジネスモデルが成立しなくなりつつあります。このように現在の精神科医療には課題が山積していますが、学会活動などを通じて今後の日本の精神科医療がより良いものとなるよう、今後も尽力していくつもりです。

(了)

【新貝 竜也】


<INFORMATION>
九州大学大学院医学研究院精神病態医学

教 授:中尾 智博
所在地:福岡市東区馬出3-1-1
設 立:1906年4月
TEL:092-642-5620
URL:https://npsych-ku.com


<プロフィール>
中尾 智博
(なかお・ともひろ)
1995年九州大学医学部卒業。ロンドン大学精神医学研究所客員研究員、九州大学病院精神科神経科講師・診療准教授などを経て、2020年4月から現職。

(中)

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