2024年05月18日( 土 )

核戦争へ? 長期化するウクライナ戦争のさらなる危機(2)

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元国際基督教大学教授 高橋 一生 氏

 ロシアのウクライナ侵攻が始まってまもなく8カ月になるが、今、私は初めて核戦争の危険を感じている。9月半ばに始まった危機は11月半ばから年末にかけて大きな山場を迎えるものと思える。その状況、そして、その先について考察する。

神の国

ロシア 教会 イメージ    プーチン大統領は今年2月24日にウクライナへの軍事侵攻を開始するにあたって、国民に対して演説を行った。その行動の目的について「8年間ウクライナ政権によって虐待や大量虐殺にさらされた人々を護る」こと、そのために「ウクライナの非軍事化と非ナチ化」を行うことであり、そのための「特別軍事作戦」であると述べた。

 つまり、2014年にクリミアを併合した際にウクライナ東部でも軍事作戦が行われ、そこに関しては一応停戦合意が締結されたが、それが有効に機能していないため戦闘行為を続行する、と宣言したのである。プーチンは当初、ほんの数日で片が付く、と思い込んでいた節がある。

 また、プーチンは、ウクライナはそもそも歴史的にロシアと一体であり、ともにロシア正教を信じていることから、1つの国家であることが自然である、との極めて強い思い込みを持っていたという。

 プーチンの長年のシンパであり観察者であるロシアの専門家、アレクサンドル・カザコフは、プーチンを「熱心なキリスト教徒」とする。日本で著名なロシア研究者である下斗米伸夫は、プーチンをロシア正教異論派にあたるウラル地方の古儀派の流れを汲むとみている。プーチンにとってはキリスト教の東方正教会であるロシア正教の視点が決定的に重要なことのようである。

 17世紀以来の近代の世俗化という大きな歴史的流れに関して、20世紀終わりごろから脱世俗化の逆流が始まったが、プーチンを理解しようとする場合、ロシア正教会の教徒たる国家指導者としての位置づけが決定的に重要であると思われる。

 東方正教会においては国家とキリスト教は切っても切れない関係にある。国家は人間を管理し、教会が魂を管理し、その両者の調和が社会の基本である。14年にロシアがクリミアを併合した際、欧米および日本では、伝統的なロシアの黒海艦隊の軍港セバストポリがロシアに返されたことでプーチンが歓喜したように理解され、なんとなく”自然“であるとも受け取られ、大きな反発はなかった(今になってこの弱い反応がそもそも間違いであったと広く認識されている。当時の西側、とくに米国の主要関心事はイラクとシリアをまたぐISというテロ国家の問題であったが、そのようなときこそ一歩離れた日本がG8の裏でのG7会合においてウクライナ分割の重大さを指摘すべきであったと思う)。

 ところがプーチンの演説では、その軍港の近くにあるヘルソネス(ラテン語読みではケルソネス、古代ギリシアからビザンツ期にかけての遺構が残り、13年ユネスコ世界遺産登録)がロシアに返ったことを重視し、皆で祝っていたことがうかがえた。988年に同地でキエフのウラジーミル大公が洗礼を受け、それを記念するウラジーミル教会があり、そこがロシアの生誕地というのである。

 カザコフは次のようなことも伝えている。プーチンは2000年に大統領に就任してほどなく、スラブ世界で名高いプスコフ洞窟修道院の長老ヨアン神父のもとを訪れ、その後も神父の僧房で多くの時間を過ごすようになった。ヨアン神父はプーチンの質問に対して長時間真剣に答えていたのか、プーチンと僧房から出て来るときはいつも疲労困憊の様子であったという。

 カザコフはプーチンをアメリカの神学者であるラインホルド・ニーバーのようなリアリスト・クリスチャンととらえている。ニーバーは1930年代から60年代にかけて社会・政治問題をめぐり活躍した。核兵器をめぐり極めて厳しい見方をしていたが、状況によっては使用も仕方がない時があるかもしれない、その状況とは、明らかに神の意思に反する核攻撃が行われそうであり(冷戦の真最中という背景が存在した)、それを防ぐほかの方法がない場合、という認識であった。

 現在のウクライナ戦争におけるロシアの核兵器使用に関しては、まずプーチンのリアリスト正教徒という宗教観を押さえておく必要がある。

(つづく)


<プロフィール>
高橋 一生
(たかはし・かずお)
 元国際基督教大学教授。国際基督教大学国際関係学科卒業。同大学院行政学研究科修了、米国・コロンビア大学大学院博士課程修了(ph.D.取得)。経済協力開発機構(OECD)、笹川平和財団、国際開発研究センター長を経て、2001年国際基督教大学教授。東京大学、国連大学、政策研究大学院大学客員教授、国際開発研究者協会会長を歴任。「アレキサンドリア図書館」顧問(初代理事)、「リベラルアーツ21」代表幹事、などを務める。
 専攻は国際開発、平和構築論。主な著書に『国際開発の課題』、『激動の世界:紛争と開発』、訳書に『地球公共財の政治経済学』など多数。

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