人手不足解消には若手と女性が安心できる産業へ(前)
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芝浦工業大学工学部建築工学科 教授 蟹澤 宏剛
高齢化の波が止まらない建設業界は、近い将来、人手不足がほぼ確実と言われている。その背景にあるのは、単なる少子高齢化なのか、それとも別の要因があるのか。どうすれば、「建設業界で働きたい」と思う人たちが増えるのか。この問題における第一人者である、芝浦工業大学の蟹澤宏剛教授に話を聞いた。
世代間ギャップがある
――最近、建設業界では人手不足が大きな問題だと言われています。なぜ、そのような状況になったのでしょうか。
蟹澤 人手不足の原因は、非常に簡単で明確です。圧倒的な若手不足なのです。50歳代以上の人は比較的豊富にいます。これから団塊世代以上が抜けたときに、圧倒的に職人が足りなくなるのが、今の状態です。
その背景には、高度経済成長期が終わって多くの産業が構造転換を図ってきたなか、建設業界がそれに失敗したことがあります。バブル期にたくさん人が入り、バブルが崩壊すると、その人たちが抜けた以上に若手が入ってこなかった。つまり、若手の争奪戦において他産業に負けてしまったのです。
よく「きつい、汚い、危険」という、いわゆる"3K"が入職者の少ない原因と言われますが、それはあまり大きな問題ではありません。私の研究室でアンケートをとったところ、現場の皆さんは「仕事にやりがいを感じている」という答えが8割でした。ゼロからものをつくる、外で汗をかいて働くことに関し、決してネガティブなことは言いません。
ところが、「給料に満足している」という答えは3~4割まで減ります。さらに問題なのが、「子どもに継がせたいか」という問いでは9割の人が「継がせたくない」という答えになるのです。その結果が、今の人手不足につながっています。国土交通省では、定期的に建設業に関する会議を開いています。そこに出席している厚生労働省の幹部の人が言った、「建設業界は社会保険未加入問題で大騒ぎしていますが、加入は世の中では当たり前のことなんですよ」という言葉が非常に象徴的でした。当たり前のことが当たり前の産業にならなければ、若手は決して増えないでしょう。
――たしかに、社会保険の未加入者が労働者ベースで6割程度しかおらず、未加入問題で騒がれているのは建設業界くらいですね。
蟹澤 社会保険に入るのは、国民の義務であり権利でもあります。日本国憲法の生存権によって保障されたものですから。未加入者がたくさんいるということ自体、業界は改めて反省しなければいけません。
いまだに「休みなんてなくても稼げた方がいい」「保険は職人には馴染まない」なんて言っている人もいますが、明らかに世代間ギャップがあります。バブルで儲かったことを経験した世代は、高度成長期の成功体験とビジネスモデルにどっぷりつかっており、いまだに抜け出せていません。
ところが、若手にとって、保険加入はまったく大きな問題ではないようです。むしろ「当たり前だ」と捉えています。建設会社の若い経営者たちに聞くと、「社員化は当然ですよ。問題はどの範囲まで社員にできるかという点です」と口をそろえます。本人だけの問題ではない
――"一人親方"と呼ばれる人たちが保険未加入者の大部分かと思いますが、今後はどうなっていくのでしょうか。
蟹澤 バブルの頃は、建設業で職人をやっていれば「一流企業の課長クラスの給料がもらえた」と言われますが、これはかなり勘違いだったと思います。過去の統計データを見ても、数値的にそうした根拠はまったくありません。
職人の賃金のピークは、だいたい体力のピークである40代で、それからは落ちていきます。これは昔から変わらないのです。そのときに課長クラスだったとしても、サラリーマンのようにそれをずっと維持できるわけではありません。一方で、保険料を払っていない人や税金を払っていない人も少なくないので、結果的に他産業の1.5倍くらい給料をもらっている感じになるのは当然のことです。
そうした、いわゆる「一人親方」と呼ばれる人たちは、昔は田舎から都会に出稼ぎに来て、食えなくなったらまた自分の土地や家のある田舎に帰れていました。ところが最近は、それができない人たちも増えてきました。「ケガと弁当は手前持ちだ」という職人も、歳をとって働けなくなると、たとえば昔でいう"ドヤ"のような3畳一間の部屋に押し込められて、生活保護を受けながら終焉を待つという状態になってしまいます。
建設業界にいる人たちはそんな状況をよく見ていて、夢も希望も持てず業界から去っていきました。そこまでしなくても「自分の子どもは建設業に入れたくない」という考えを持った人たちが増えてしまったのだと思います。
少なくとも正社員化や、社会保険および年金など、何らかのセーフティネットが当然のように働くような産業にならなければなりません。社会保険や年金は本人だけの問題ではなく、本人が事故に遭って働けなくなったとき、その家族の収入がゼロにならないようにするためのものです。これが実は大切なポイントですが、ご存じない人が多いのです。
そういう意味では、これまでは母親が「子どもを建設業界なんかに入れたくない」と言っていた状況が、保険加入が当たり前の業界になれば、だいぶ改善されるはずです。今までは他産業に負けていたわけですが、皆さん仕事にはやりがいを持っていますから。そこさえ何とかなれば、勝てる産業になるはずです。
建設業界は、ようやく他産業と同じ土俵に立ったと言えます。国土交通省が直轄工事において「保険未加入業者は排除する」と方針を打ち出した影響で、全国クラスの公共工事においては昨年度中頃から保険加入へ大きく風向きが変わりました。
また2014年5月に、改正公共工事品質確保促進法、改正公共工事入札契約適正化法、改正建設業法のいわゆる「担い手3法」が成立したのも大きかったですね。国が法律までつくって建設業の担い手確保に舵を切りましたので、業界も後戻りできないのがわかりました。(つづく)
【大根田 康介】<プロフィール>
蟹澤 宏剛(かにさわ・ひろたけ)
1995年、千葉大学大学院自然科学研究科で博士号を取得後、財団法人国際技能振興財団に就職。その後、工学院大学、法政大学、ものつくり大学での講師経験を経て、2005年芝浦工業大学工学部建築工学科助教授に就任。09年、同大教授。国土交通省の建設産業戦略的広報推進協議会顧問、社会保険未加入対策推進協議会会長、担い手確保・育成検討会委員などを歴任。◆建設情報サイトはこちら>>
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