2024年07月21日( 日 )

総理待望論浮上の泉前明石市長、野党の旗印になるのか!?(2)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ
法人情報へ

 6月30日付のNet IB記事「総理待望論が出始めた泉前明石市長に立民代表がラブコール」で、これまで夢物語のように語られていた「泉房穂・総理大臣待望論」が、野党第一党の泉健太代表からの出馬要請で現実味を帯びてきたことを記事にした。
 その中で筆者は、「秋口にも予想されている次期総選挙で、泉前市長が『明石方式の国政反映(国民負担増なき子ども予算倍増)』を旗印に出馬、野党統一候補になれば、政権交代の実現可能性は一気に高まる」と述べたが、筆者がそのように考える理由となる講演を泉氏はそれに先立って行っていた。
 本記事では、6月7日の長妻昭・政調会長主催の時局講演会に招かれた際に泉氏が語った政治への想いを詳細にお伝えする。

子ども予算倍増

 私が市長になってやったことは、『市民から預かっている税金は市民に戻す』ということです。単純に戻すだけではありません。市民から預かっている税金で市長をはじめ公務員、市役所職員も食わせてもらっています。公務員の雇い主は市民なのです。市民のお金で雇われているのが市役所職員であり、市民に雇われた市長や職員が、預かっている税金をどう使えばいいのかということに知恵を絞り、税金に付加価値をつけて市民に戻していく。これが本来の政治・行政だと考えます。

 私は市長になる前からそれを言い続け、12年間、それを実践してきました。おかげさまで市民の皆様からは『明石だったらなんぼでも税金を払いたい。税金を払った以上に返って来るから』と言われることすらあります。

 そういった状況で明石市は財政で完全黒字化を達成しました。実は私が市長になったとき、隠れ借金が100億円ありました。この100億円を私が市長になって12年間で全部払い切りました。おまけに50億円の貯金を貯めたのです。明石はあれもこれも無料化していますけれども、150億円のお金をつくりました。そしてお金は市民に使うようにした。

 1つの例としては、子どもに関する予算です。国でも『子ども予算の倍増』という議論が始まっていますが、私は『すぐやれ』という考えです。明石市は人口30万人で1年間に動くお金はだいたい2,000億円です。1年間2,000億円のうち、私が市長になる前年度の子ども予算は125億円でした。それに対して私が市長を務めた最後の年、私が子どもに使ったお金は297億円です。125億円にすぎなかった子ども予算を297億円まで増やし、2.38倍にお金を増やしました。増税なんかしていません。新たな保険制度も入れていません。まさに自治体ですから、やりくりをしたのです。やりくりをして子ども予算は私が市長の間に2.38倍に増やしました。だから明石市は、あれもこれも子育て支援策ができるのです。

子ども支援の波及効果

    一方で、こういう声もあります。『そんなに子ども支援策をやっていたらきっと高齢者支援策はやってないだろう』と。それは違います。明石市は子どもにしっかりと予算をあてた結果、地域経済が活性化し税収が増え財源ができた、またその結果として、最近になって高齢者のバス料金を無償にしました。医療費も認知症の費用は無料。予防接種料も無料です。明石市は全国トップレベルの子ども施策ですが、高齢者も障がい者施策もトップレベルです。要は、お金を市民に使っているのです。

 それならインフラはボロボロか。そんなことはありません。しっかりと適正化をはかりました。どこかにしわ寄せは行っていません。きちっと市民のためにお金を使うことを意識して使えば、街は潤うのです。そのようななかで明石市は10年連続で人口増、街としての人気も高まり、税収も増え貯金もできました。その結果、何が起こったか。まさに街が優しくなりました。

 よく市民に言われます。『明石市はほんま優しくなった』と。私が市長になる前はたとえば、駅前でベビーカーを押す親子連れで子どもが泣き叫んでいると、周りがしかめっ面をしたりして、冷たい目で立っていました。今は違います。駅前はベビーカーだらけです。子どもだらけになりました。駅前には授乳室をいっぱいつくりました。駅の構内に直結する授乳室もつくりました。明石は子どもの街になったのです。子どもファーストをまさに絵に描いたようなかたちで駅前の一等地に授乳室と、子どもの遊び場と、子どもの検診センター、続々と子ども中心の施策を打ち出しました。その結果、駅前に子ども連れが集まり、そして賑やかになり、いまや子どもが泣き叫んでもみんなが微笑ましく、笑顔でいる街に変わったとよく言われます。子どもだけではありません。お年寄りが重い荷物をもっていると、『荷物をもちましょうか』と声をかけあう街になった。私が明石で自慢したいのは、明石市が実践した5つの無料化とか人口が増えたということではありません。明石の街そのものが変わった、市民が変わったということです。

 こういう話をしますと、よく周りの市長からこう言われていました。『あんな変わり者の明石市長だからできたにすぎない』と。ところが最近は違います。12年間で私自身は変わっていませんが、周りの評価はどんどん変わっていきました。最初の5、6年はもう総スカン状態でほんまにしんどかった。ところがその後3年ぐらいで、明石市民の声が応援に変わり、そして最近2、3年くらいは明石の周りの街が明石に影響を受けてどんどん変わり始めました。明石市は医療費なども18歳まで完全無料化、薬代も歯医者も無料だし、所得制限も負担もない。完全無料化をしていました。

 周りの市長さんたちは『そんなのできるはすがない』『あんなの変わり者だから』と言われておりましたが、いまや兵庫県で10を超える自治体が明石と同様になりました。今やそれが明石や兵庫県だけではなく、全国にどんどん飛び火しています。

 要するに、子どもを支援すると、子どもやその親が元気になるだけではないということです。子どもは未来ですから、子どもを支援すると街が元気になります。街が元気になって経済が活性化してくると、税収や財源が潤うので他の施策もできるようになります。すなわち子ども支援は未来への投資なのです。そのことを明石市は証明したと私は思っています。

「政治は変わる!」そして「お金はある!」

 ここで皆さんにぜひお伝えしたいのは、これまでの思い込みを脱する必要があるということです。その思い込みには、大きく2つがあります。1つは、『政治というものは簡単に変わらない』という思い込みです。しかし、そんなことはありません。自治体の場合はトップが変われば、一気に政策は転換できます。

 もう1つの思い込みは『お金がない』ということです。これは嘘です。使い道が違うだけです。国民負担を増やさなくても、たとえば国債発行とかも含めたいろいろな方法で、国民のために政治をすることは可能なのです。

 政治はまさに変えることができる。そしてお金は何とかなるのです。そして、もう1つ大きなポイントはそれを変えるのは誰かということです。これはまさに市民、国民なのです。これは、私は本当に皆さんに声を大にしてお伝え申し上げたい」。

(つづく)

【ジャーナリスト/横田 一】

(1)
(3)

法人名

関連キーワード

関連記事