2024年05月09日( 木 )

野党は岸田首相がやり損ねた「分配重視」を掲げて解散総選挙に備えよ(前)

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ジャーナリスト 鮫島 浩 氏

 岸田文雄首相は就任当初、新自由主義から「新しい資本主義」に転換するとして「分配重視」を掲げたが、結局は企業減税や企業補助金といった財界重視の経済政策を続けた。その結果、株価は上がり、企業は過去最高益を出しているのに、庶民は物価高に喘いでいる。所得税減税も中途半端で、総スカンを喰らっている。本来ならば、アベノミクスで潤った大企業や富裕層に課税して分配することが必要ではないか。野党は、分配重視を掲げて今年行われる可能性の高い解散総選挙に挑むべきだろう。

「増税メガネ」という不名誉なあだなをつけられた岸田首相

自民はポスト岸田へ

 新年は政権末期の様相で幕を開けた。

 2024年は解散・総選挙の年になるだろう。レームダック化が加速する岸田首相のもとではなく、新しい首相のもとで、与野党の政治決戦が行われる可能性が高い。

 岸田内閣の支持率は23年11月以降、2割程度に落ち込んでいる。岸田首相が今年秋の自民党総裁選までに解散・総選挙を断行することは難しく、総裁選不出馬に追い込まれるとの見方が広がっている。

 自民党内では「岸田首相がいつ退陣してもおかしくはない」として、ポスト岸田レースが事実上始まっている。反主流派の菅義偉前首相は、前回の21年総裁選に擁立した河野太郎デジタル担当相とともに、一般ドライバーが自家用車を使って有償で客を運ぶ「ライドシェア」の解禁をはじめ、規制緩和を旗印に掲げて総裁選に備えている。菅氏を親分、河野氏を兄貴分と仰ぐ小泉進次郎元環境相も「ライドシェア」を進める超党派勉強会を旗揚げし、規制緩和を唱える日本維新の会との連携も強めている。

 菅氏は反主流派の二階俊博元幹事長や石破茂元幹事長とも連携。マスコミ各社の世論調査で「次の首相」トップ3を占める石破、河野、小泉3氏(いわゆる「小石河」)を総裁候補の手駒として用意し、岸田首相−麻生太郎副総裁−茂木敏充幹事長の主流派に対抗する構えだ。

 前回総裁選に無派閥ながら安倍晋三元首相に担がれ、安倍支持層から熱狂的に支持されたた高市早苗経済安保担当相は、総裁選出馬に必要な推薦人20人の確保を目指して勉強会「『日本のチカラ』研究会」を23年11月に旗揚げした。初回会合には自民党国会議員13人が出席し、入会者は45人。中国封じ込めを狙う経済安全保障に加えて憲法改正など右寄りの政策を中心に「安倍路線」の継承を前面に掲げて総裁選に第三極として参戦し、キャスティングボートを握る戦略だ。現職閣僚が総裁選出馬への動きを露骨にみせるのは異例で、岸田政権の求心力低下を如実に映し出す事象といっていい。

 ポスト岸田レースの号砲が鳴り、自民党内は収拾がつかない状況である。

 最大派閥・安倍派を率いる5人衆(萩生田光一前政調会長、西村康稔前経産相、松野博一前官房長官、世耕弘成前参院幹事長、高木毅前国対委員長)は高市氏の動きに警戒感を強め、世耕氏は「現職閣僚がこういうかたちで勉強会を立ち上げるのは、いかがなものか」と牽制した。しかし、高市氏の勉強会には安倍派議員も参加。安倍派が総裁候補を絞り込めない場合は一部が高市氏支持に回り、安倍派分裂→高市派結成の派閥再編に発展する可能性もはらんでいる。作家の百田尚樹氏が立ち上げた日本保守党に安倍支持層の期待が高まり、高市氏との連携を求める声も強い。自民党を超えた右派勢力の再編に発展する可能性もある。

 主流派を率いる麻生氏は、茂木氏をポスト岸田に担いで迎え撃つ考えだ。茂木氏は世論調査の「次の首相」で石破、河野、小泉3氏に大きく水を開けられ、国会議員だけではなく党員も投票権をもつ今年秋の総裁選では苦戦を免れない。そこで岸田首相に今年春の予算成立後に電撃辞任させ、国会議員と都道府県連代表だけが投票する緊急の総裁選を実施するシナリオが浮上している。「小石河」封じの岸田電撃辞任といっていい。

 岸田首相は昨年11月に訪米してバイデン大統領と会談した際、「24年の早期に国賓待遇による公式訪問の招待」を受けた。首相官邸は「今年春までの訪米」を想定しており、「岸田首相は国賓訪米を花道に辞任するのではないか」とも囁かれている。

野党は自民政権を標的に

 衆院任期はすでに折り返しており、今年春から夏にかけて岸田首相が辞任→緊急の総裁選→新内閣の発足という展開になれば、新しい首相は「ご祝儀相場」に乗ってただちに衆院解散・総選挙に踏み切るだろう。岸田内閣に対する国民の不満が鬱積している反動から新内閣への期待は一時的に高まる。その好機を逃す手はない。

 野党は岸田政権と対決するつもりでいたら、ハシゴを外されるだろう。「国民から見放された首相をすげ替え、新しい首相のもとでただちに選挙」というのは、自民党が政権維持のために繰り返してきた常套手段だ。前回の21年総選挙も、野党は支持率低迷にあえぐ菅政権との対決を想定していたが、衆院任期満了を目前に菅首相が電撃的に退陣して岸田政権が誕生し、自民党が圧勝した。野党は落ち目の現政権ではなく、新政権との対決を想定して総選挙の対立軸づくりを進めることが肝要だ。

 麻生氏が担ぐ「茂木政権」が誕生するのか、菅氏が担ぐ「小石河政権」が誕生するのか、それとも高市氏ら第三極から新たな顔が躍り出るのか。ポスト岸田レースの行方は予断を許さないが、誰が首相になっても自民党政権の核心は変わらない。野党は「岸田批判」よりも自民党政権そのものを標的にして攻め込むべきだ。

色褪せた分配重視の旗印

 岸田首相は21年10月の就任当初、安倍・菅政権が進めた新自由主義的な経済政策からの転換を掲げ、「新しい資本主義」を打ち上げた。アベノミクスは異次元の金融緩和で円安株高を後押しし、大企業や富裕層に大きな利益をもたらす一方、労働者の賃金は上がらず、貧富の格差は拡大した。これを受けて「分配重視」を前面に打ち立てたのが「新しい資本主義」のはずであった。

 岸田政権は、宮沢政権以来、30年ぶりの「宏池会」政権である。宏池会は「軽武装・経済重視」を掲げて戦後日本の外交・内政を主導し、ハト派と呼ばれた。だが今世紀に入り、タカ派「清和会」の小泉政権や安倍政権が長期化するなかで低迷を続けた。

 岸田首相は就任当初、宏池会の復権を強く意識した。「新しい資本主義」のキャッチフレーズには、清和会支配に終止符を打って外交・経済政策の軸を「宏池会」に引き戻すという思いを込めていたに違いない。

 自民党が戦後日本で長期政権を実現したのは、国民の反発を招いて政権危機に陥るたびに、党内で振り子の原理を働かせて主流派を入れ替える「擬似政権交代」で国民の不満を抑えることに成功してきたからであった。安倍・菅政権の膿が溜まったところで宏池会の岸田政権を誕生させたのは、政権転落を防ぐ「擬似政権交代」を久しぶりに起こしたといえる。

(つづく)


<プロフィール>
鮫島 浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校、京都大学法学部卒業。1994年、朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年、39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年、特別報道部デスク。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年、福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月、49歳で新聞社を退社し独立。著書に『朝日新聞政治部』『政治はケンカだ! 明石市長の12年』(共著)。
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(後)

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