2024年04月29日( 月 )

ジャニーズ事務所が照らし出すテレビ業界の闇(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ
法人情報へ

(株)アゴラ研究所
所長 池田 信夫 氏

 2023年4月、元ジャニーズジュニアのカウアン・オカモトが外国特派員協会で記者会見した。その内容は、ジャニーズ事務所のジャニー喜多川元社長(故人)が、事務所に所属する少年タレントに性行為を強要していたという事実だった。これは3月にBBCが報じて世界で話題になったが、日本のマスコミはまったく報じていなかった。しかし、この記者会見をきっかけにネット上で喜多川の性犯罪が次々に暴露され、マスコミも動き始めた。10月に事務所をタレントへの補償を行うSMILE-UP.という会社とタレントを管理する新会社に分割する方針が発表され、12月になってようやく新会社STARTO ENTERTAINMENTの設立が発表された。ジャニーズ事務所所属のタレントは、依然として多くの番組に出演している。

番組のバラエティー化で空洞化する民放

(株)アゴラ研究所 所長 池田信夫 氏
(株)アゴラ研究所
所長 池田 信夫 氏

    この事件の背景には、ジャニーズ事務所が日本のマスコミを支配してきた実態がある。日本のエンタメが世界でまったく通用しない大きな原因は、ジャニーズ事務所が顔だけでタレントを選び、歌唱力も演技力も無視してきたからだ。たとえばSMAPの歌唱力は、とても聞くに耐えない。しかもユニゾンでしか歌えないので、恥ずかしくて海外には売り出せない。AV監督の村西とおるは6月、ツイッター(現・X)でこう嘆いた。

 <アニメやマンガでは世界を席捲するストーリーの面白さなのに、映画やテレビドラマの実写では韓流の後塵を拝しているのは、脚本のツマラナさ。ジャニーズをはじめとする有力芸能事務所の顔色をうかがい、まるで主役キャストのPV(プロモーションビデオ)のようなつくりをしているから陳腐な是枝作品がもてはやされて、世も末の日本>

 昔はこれほど芸能事務所の力は強くなかった。NHKにはオーディションがあり、歌唱力のないタレントは出演できなかった。ジャニタレがテレビを占拠するようになったのは、2000年代以降の傾向である。当時は世界的に通信衛星やインターネットなどの新しいメディアが出てきてテレビの独占が崩れ、多メディアの競争が始まった。

 日本では地上波局が独占を守ったが、民放の経営は苦しくなり、金のかかるドラマが減り、低コストのバラエティーやワイドショーが増えた。本来テレビ番組は、テレビ局が企画してキャスティングするものだが、バラエティ番組の視聴率は「誰が出るか」でほとんど決まってしまうので、数字の取れる特定の人気タレントに出演依頼が集中する。その結果、芸能事務所が企画を決めるようになった。

 昔から大阪の局の番組は、台本もなくお笑い芸人がスタジオでしゃべるだけなので、笑いを取れる芸人を出せるかどうかがすべてだ。このため吉本興業の政治力が強くなり、吉本が番組の企画・制作を請け負うようになった。同じような傾向が在京キー局でも強まり、たとえば「たけしの平成教育委員会」はたけし事務所が企画したものであるし、「報道ステーション」を制作していたのは古舘プロジェクトだった。

 つまり民放の番組が(報道やワイドショーも含めて)バラエティ化した結果、タレントの個性や才能に依存する傾向が強まり、企画機能が「上流」の芸能事務所に移っているわけだ。他方、番組制作や技術スタッフは「下流」の下請・孫請けに出している。これはテレビ局の経営としては合理的であるが、広告収入が落ちるなかでコストダウンを図りつつ視聴率を取ろうとするため、番組のバラエティ化により民放の空洞化が進むという状況が生まれているのだ。

芸能事務所のタコ部屋構造

 エンタメ産業がスーパースター中心になる傾向は、日本だけではない。エンタメは当たり外れが激しくてギャンブル性が強く、ハリウッドの映画で黒字が出るのは15%だといわれる。芸能界では、人的投資のリスクが大きいので、売れっ子の俳優や監督は1本の映画で数百万ドルのギャラを取る。

 違うのはそこからだ。ハリウッドでは、テレビ番組や映画の制作も「スタジオ」と呼ばれる芸能事務所のようなプロダクションが中心だ。俳優もスタッフも映画1本ごとにスタジオと契約し、当たったら収益を分配するが、外れたらスタジオは解散する。

 リスクが大きいので、プロデューサーは投資家を募り、当たったら彼らに配当するが、外れたらゼロだ。大部屋俳優は保険に入って、当たったタレントの収益を分配してもらう。このようにして多くのスタジオの競争で新しい才能が新しい作品に挑戦してきた結果、ハリウッドの作品は世界を制覇した。

 それに対して日本では、ジャニーズ事務所のうち収益を上げる1割以下のタレントの高額のギャラを、他の9割の売れないタレントの給料として分配している。SMAPのように売れているタレントが独立すると売れないタレントを養えなくなるので、彼らを使うテレビ局にはほかのタレントも出さない。

 このような「タコ部屋」のカルテルのおかげで、芸能界にもテレビ局にも競争がないので、独占利潤は維持できるが、決してグローバルな才能は生まれない。その構造を支えているのが、地上波民放を初めとするテレビ局なので、民放も系列の新聞社もジャニーズ事務所をまったく批判しない。それが今日に至るまで、これほどの大スキャンダルが表面化しなかった原因である。

 これは日本社会の縮図だ。サラリーマンも専門能力を問わない新卒一括採用で、入社後しばらくはコピー取りなどの「雑巾がけ」をやりながら仕事を学ぶ。それは先輩を見て習得する「企業特殊的技能」だから、他の会社では役に立たない。また中途採用はほとんどないので、独立したら干される芸能界と同じだ。

(つづく)


<プロフィール>
池田 信夫
(いけだ・のぶお)
1953年生まれ。東京大学経済学部卒業。NHK職員として報道番組の制作に従事。国際大学GLOCOM教授、(独)経済産業研究所上席研究員などを経て、2010年、(株)アゴラブックス(現・(株)アゴラ研究所)を設立し、代表取締役に就任。近著に『長い江戸時代のおわり』(共著、PHP研究所)。ほか、『ウェブは資本主義を超える』(日経BP社)、『失敗の法則』(KADOKAWA)、『「日本史」の終わり』(共著、PHP研究所)など著書多数。

(後)

関連記事