2024年04月30日( 火 )

ジャニーズ事務所が照らし出すテレビ業界の闇(後)

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(株)アゴラ研究所
所長 池田 信夫 氏

 2023年4月、元ジャニーズジュニアのカウアン・オカモトが外国特派員協会で記者会見した。その内容は、ジャニーズ事務所のジャニー喜多川元社長(故人)が、事務所に所属する少年タレントに性行為を強要していたという事実だった。これは3月にBBCが報じて世界で話題になったが、日本のマスコミはまったく報じていなかった。しかし、この記者会見をきっかけにネット上で喜多川の性犯罪が次々に暴露され、マスコミも動き始めた。10月に事務所をタレントへの補償を行うSMILE-UP.という会社とタレントを管理する新会社に分割する方針が発表され、12月になってようやく新会社STARTO ENTERTAINMENTの設立が発表された。ジャニーズ事務所所属のタレントは、依然として多くの番組に出演している。

民放のカルテルがエンタメをだめにした

 エンタメは本来、日本人の得意分野である。1950年代の日本映画は、世界でも最高水準だった。黒沢明はスティーブン・スピルバーグなどのハリウッド映画に影響を与え、溝口健二はジャン=リュック・ゴダールなどのヌーベル・バーグ(50年代末にフランスで始まった映画運動)の手本となった。だが60年代以降の映画産業は、質量ともに衰退の一途をたどった。年間入場者数は58年の約11億人をピークに減少し、最近やや盛り返したが、全盛期の2割にも満たない。

 これは一般にはテレビの登場による不可避な運命だったと考えられているが、一方でハリウッドはその後も発展し続けた。関連産業も合わせた娯楽産業の国内総生産は電機産業や自動車産業と肩を並べる、アメリカ最大の輸出産業である。

 日本の映画会社は、テレビが登場したとき、映画の提供を拒否したばかりでなく、所属俳優にテレビの仕事を禁じる「五社協定」というカルテルを結んだ。その結果、映画産業はテレビという最大の媒体を失い、系列の映画館に画一的なスケジュールで上映させる「ブロック・ブッキング」を続けたため、競争や新規参入がなくなって衰退した。

 他方、アメリカの映画産業は、60年代にはテレビ番組の制作に活路を見出し、逆にテレビを新たな収入源とすべくロビー活動を行った。FCC(連邦通信委員会)は70年に、テレビ局は番組のうち一定の比率を外部に発注し、その番組について一次放送権以外の権利をもってはならず、シンジケーション(番組流通)もしてはならないという「フィンシン・ルール」を定めた。

 この規制によって、ハリウッドで制作されてテレビで放送された番組の権利はハリウッドに残り、プロデューサーに一元化された。たとえば人気コメディ「となりのサインフェルド」1本(30分)の放送権が120万ドルにもなるなど、高い制作費をかけても繰り返し視聴に耐えるすぐれた番組をつくれば採算が合うようになり、テレビ番組の質も向上した。

 ケーブルテレビ(CATV)や通信衛星などによる多チャンネル化への対応も、日米で分かれた。アメリカでは80年代に始まったCATVが、MSO(複数のCATVを運営する大規模局)に統合されて大きく成長し、通信衛星は各家庭に数百チャンネル以上を直接放送できるようになった。

 こうした多数のチャンネルの間で番組を売買するシンジケーションも発達し、コンテンツの制作/流通/放送という3つの産業が水平的に分業する産業構造ができた。これによって多くの独立系プロダクションが生まれ、CNNの視聴者は全世界で15億世帯、科学番組を放送する「ディスカバリー・チャンネル」は4億5,000万世帯、音楽番組のMTVは3億世帯など、グローバルにコンテンツを供給して高い収益を上げている。

 ところが日本では、郵政省(現・総務省)は既存テレビ局の既得権を守るため、CATVの放送エリアを各市町村に限り、衛星放送については地上波局の広告収入に影響がおよばないように広告放送を禁じた。このように映像産業がインフラごとに分断され、コンテンツの流通を放送局が支配する構造ができたため、映像産業に競争的な市場が形成されなかった。

 民放はインターネットも徹底的に妨害し、プラチナバンドの電波も開放しない。嵐やSMAPのような芸のない芸能人のために番組をつくり、タレントを囲い込むので、新しい才能が出てこない。言論も類型化し、世界に通用しない左翼報道を繰り返している。ジャニーズ事務所は、こういう腐ったテレビ業界の象徴なのだ。

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才能ある若者は日本を捨てよ

 これは芸能界だけの問題ではない。これからサービス業が経済の中心になると、最も高い収益を上げるのは、ITやファイナンスなどのいわば“ハリウッド型産業”だが、これらは芸能界に劣らずハイリスク・ハイリターンの世界だ。IT企業はハリウッドのスタジオのような専門家集団になり、その中心はエンジニアやプロデューサーのようなクリエイターで、ホワイトカラーはスターをサポートする芸能マネジャーのような存在だ。スマートフォンはもはやコンピューターではなく遊び道具であり、IT産業はエンタメに近づいているからだ。

 ところが日本では、中核業務であるソフトウェア開発が下請に出されているため、エンジニアは低賃金・長時間労働を強いられ、技術が親会社に蓄積されない。この原因は、雇用慣行にある。

 大企業では社員を解雇できないので、専門的技能をもつ人材を直接雇用すると、その技能が必要なくなったときクビにできない。そこで社員としては何でも屋のサラリーマンを雇い、専門的な仕事は下請にやらせて囲い込む。こういうタコ部屋システムは、業界のメンバーが固定しているローカル産業でしか成り立たない。

 先進国の産業構造は製造業からサービス業に移行しているが、サービスにも2種類ある。冨山和彦の分類によれば、世界に通用するコンテンツをつくるグローバルな「G型産業」と、それ以外の個人向けサービスをやるローカルな「L型産業」だ。労働者の8割以上はL型産業に従事しているが、経済をリードするのはG型産業である。ジャニーズ事務所のようなカルテルが通用するのは、L型の芸能界だけだ。芸能界にもテレビ局にも競争がないから独占利潤は維持できるが、決してグローバルな才能は生まれない。

 同じような問題は、IT産業にもある。ソフトウェアも「ITゼネコン」と呼ばれるジャニーズ事務所のようなL型の大手ベンダーに支配され、下請・孫請け構造でつくられているので、世界に通用するイノベーションが出ない。これは同じようなスーパースター産業でも、野球と比べればわかる。日本の球団のカルテルから解放されてフリーエージェントになった大谷翔平らは世界で活躍している。

 今回の事件は日本の芸能界と民放の闇の部分に光を当てた。これを機会にタコ部屋やカルテルなどの古い構造を清算し、エンタメ業界とテレビ局が出直すべきだが、それは容易ではない。NHKの紅白歌合戦の出演者にはジャニーズ事務所のタレントはゼロになったが、民放には骨がらみの関係があるので、ジャニーズと縁を切るのは難しい。タレントが独立して事務所を設立し、自由に契約すればいいのだ。エンタメに限らず、才能に自信のある若者は、カルテルとタコ部屋だらけの日本を捨て、世界で勝負すべきだ。(敬称略)

(了)


<プロフィール>
池田 信夫
(いけだ・のぶお)
(株)アゴラ研究所 所長 池田信夫 氏1953年生まれ。東京大学経済学部卒業。NHK職員として報道番組の制作に従事。国際大学GLOCOM教授、(独)経済産業研究所上席研究員などを経て、2010年、(株)アゴラブックス(現・(株)アゴラ研究所)を設立し、代表取締役に就任。近著に『長い江戸時代のおわり』(共著、PHP研究所)。ほか、『ウェブは資本主義を超える』(日経BP社)、『失敗の法則』(KADOKAWA)、『「日本史」の終わり』(共著、PHP研究所)など著書多数。

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