トランプ体制下の世界経済と市場展望~日本証券アナリスト協会講演会(6/17)講演録~(前)

 NetIB-NEWSでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
 今回は7月3日発刊の第372号「トランプ体制下の世界経済と市場展望~日本証券アナリスト協会講演会(6/17)講演録~」を紹介する。

目次
1.はじめに
2.トランプ関税とその狙い、帰趨
  (1)関税の真の狙い
  (2)中国の劇的な台頭をいかに抑止するか
  (3)トランプとは何者か
3.米中経済の大きなコントラスト
  (1)中国の巨大な不均衡と世界経済へのリスク
  (2)米国の消費主導経済の素晴らしさ
4. 日本経済と投資チャンス
  (1)向上した企業収益と取り残される消費
  (2)政策の転換で株価が上昇~日本証券アナリスト協会講演会(6/17)講演録~

1.はじめに

 1年ぶりのアナリスト協会での講演となるが、この間、色々なことが起こり、様々な仮説がある中で、最も蓋然性の高い将来をどのように展望するか。足許、間違いなく大きな転換点にあり、その一つの要素は「中国の異常な台頭」である。すなわち、本質的に私有財産や個人の自由意思に基づく市場経済を尊重しない国が世界の工業力の半分を支配するという異常事態は、どう考えても資本主義体制としてサステナブルではない。もう一つの大きな転換は「AI革命」である。これまでの産業革命は、基本的に人々を幸せにしてきたが、AI革命は明らかに人を不要なものにする。雇用を機械に置き換えるという点で、放っておけばAI革命が幸せな人々の生活や経済に結び付かない可能性が高い。これら二つの現実は、個人や企業の力では如何ともしがたい。この困難を解決していくためには、大きな構想力、そして政策が必要だ。

 こうした観点から、今、世界で起こっていることを解釈する必要があり、評判の悪い米国トランプ政権も、このようなビッグピクチャー抜きに評価することはできない。非民主的で権威的な対応、ときには人権を無視するかのようなふるまいが、なぜ正当化されているのか。民主主義国の米国が、あのような指導者を認めているのだから、それなりの正当性があると考えられ、その正当性も吟味されなければならない。本日は、世界の底流にある二つの推進力、「中国の台頭」と「AI革命」について考えてみたい。

 日本に関しては、「既に失われた30年は終わった」と言って良いと思うが、足元で大きな問題が起こっている。家計消費の極端な停滞である。経済が回復する中、依然として消費が10年前の水準以下で低迷していることは極めて異常である。消費こそが米国が中国を打ち破っていく最大のパワーになる。AI革命で供給力が増える中、需要を提供する最も重要な力は消費だ。この最も大事な消費を、最も蔑ろにしているのが今の日本であり、現在の政策が本質的な課題に向き合っていない、という点で大きな問題だろう。この問題がクリアされれば日本の将来は明るいが、そのためには、今の日本が直面している問題に向き合う正しい政策が不可欠である。

2.トランプ関税とその狙い、帰趨

(1)関税の真の狙い

 「トランプとは何者か。」民主主義という観点ではトランプを理解できない。私は適切な物差し=評価基準は資本主義だと考える(図表1)。トランプは事業経営者であり、お金儲けが正義であると固く信じていて、それを人々に伝播することが、世界と米国国民に役立つという強い信念を持っている。株式資本主義の守護神のような存在とみて良いのではないか。資本主義という観点から見れば、彼がやろうとしていることがそれなりに解釈できる。それが正しいと思うかどうかは、ポジションによって異なると思うが、資本主義を守り、発展させるという観点で考えると、彼がやっていることには多くの合理性があると申し上げたい。

図表1: トランプ改革の合理性~黄金時代は到来するのか~ (武者リサーチ)

 今、世界経済は「中国の台頭」と「AI革命」に直面している。米国国内では左派的な風潮が強くなり、本来の資本主義経営が遂行できなくなっている。端的に言うと、「勤労は苦役であって、否定されても良い」という思想だ。このところ急激に台頭しているDEI(Diversity, Equity & Inclusion)、PC(Politically correct)、ESG(Environment, Social, Governance)など、資本主義とはほど遠い理念を経営に導入し、仕組みを縛っていくことは大きな問題である。このように、様々チャレンジされている経済を立て直すことが、トランプが考える「米国の黄金時代を再び取り戻す」ことの内実だろう。それが上手くいくかどうかではなく、チャレンジしなければ米国経済が破綻に向かっていくことは明らかだ。株式投資という観点からは、トランプに成功してほしいということになる。

 トランプに関して、最近では「TACO(Trump Always Chickens Out)」という言葉が聞かれる。「大風呂敷を広げながら、結局はやりたいこともできず、チャレンジをギブアップする。トランプは弱虫だ。」という言い方だ。実際、振り上げた拳をおずおずと下ろしたように見えることが多い。特に顕著に表れたのが、関税に関する一連の動きだ。4月2日に相互関税を平均22%に引き上げることが発表され、これが実現すれば大恐慌のときのような保護貿易の応酬の時代に入る、と我々は心配した。しかしながら、中国については145%に引き上げた関税率が60%程度に引き下げられ、ほかの国との相互関税も大きく引き下げられている。トランプは、言うこととやることが全く異なっているのは確かだが、私はそれで良いと考える。

 極端な関税の引き上げは、国際分業を否定することだ。米国の製品輸入依存度は、1970年代、ニクソンショック以前は10%程度であった。服も、テレビも、自動車も、何から何まで自給自足であったが、その後、日本、韓国、台湾、そして中国に生産を依存することになり、今や米国人が使う財の80%以上を輸入に頼っている(図表2)。自給自足ができない状態で関税を引き上げ、海外からの輸入を遮断すれば、著しい物価上昇につながり、国民生活を直撃する。関税を上げて、すべての製造業を米国に取り戻すと言っても、産業基盤がない以上、国際分業を否定する米国のやり方は、自らに唾するのと同じことだ。そんなことが実現するわけがない。結局、相互関税は大きく引き下げられ、米国の対外依存が8割から7割程度まで下がるとしても、すべて米国に取り戻すことなどあり得ないということが見えてきた。

 米国は一体何を取り戻そうとしているのか。端的に言うと、米国内に供給力が残っているものを取り戻したいのだ。すなわち、国内に供給力が残っているのは、鉄、アルミ、自動車であり、まさしく日本が供給しているものだ。だからこそ、米国にとって最も大事な同盟国でありながら、日本の輸出品に大きな関税をかけようとしている。そうなると、日本製鉄がUSスチールを買収したように、米国と産業協力して、日本企業が米国現地において米国の製造業の復活を担うしかない。自動車では、既にこのパターンができている。1980年代、GATTの下で輸入規制ができない米国は、日本に対して自主規制協定(VRA)を求めた。日本は米国の要求に従って、自ら米国に対する自動車輸出を半分以下に抑えることになったが、トヨタや本田は、その差額を現地生産することで補い、今ではGMと同等かそれ以上に米国内生産の比率が高い米国企業になっている。米国が自動車に輸入関税25%をかけるといっても、トヨタに対する影響は小さい。米国の製造業を取り戻すという方策は、これまで日本が対応してきた現地生産化で十分にクリアできる。

図表2: 米国財輸入依存度の推移 図表3 :米国相手国別貿易収支推移(10億ドル)

 一方、米国に供給力のないものは輸入依存になる。再び米国の競争力を高めるためには、ドル安にすることで赤字を減らすことになる。赤字が減るのは良いことのように見えるが、いわばドル体制の否定である。米国が大きな経済的ダメージを被るだけではなく、世界のマネーの循環を遮断することになるため、米国から取得したドルを使って成長してきた世界経済全体にダメージを与える。したがって、私は当初から実現できるわけがないと思っていたが、案の定、米国のドル体制の否定や、米国から垂れ流されてきた大幅な赤字が劇的に減るということもないことが見えてきた。

 今回の関税引き上げ論争の最も重要なターゲットは中国である。世界全体を網にかけた関税戦争の本丸である中国との間で、今、関税交渉を続けているが、一気に進むことはないだろう。じわじわと中国の手足を縛り、中国が獲得しているグローバルなオーバープレゼンスを、時間をかけて削いでいくのではないか。

(2)中国の劇的な台頭をいかに抑止するか

 米国が中国に対して貿易摩擦を仕掛け、中国が米国にとって脅威であることを最初に宣言したのは、2018年のペンス副大統領のハドソン研究所におけるスピーチであった。当時、米国の経常赤字は約4,400億ドルであったが、2024年の経常赤字は1兆1,300億ドルとなっている。つまり、中国叩きを始めてから6年で約2.5倍に増えたということだ。他方、2018年の中国の貿易黒字は3,500億ドル、2024年は9,900億ドルと、6年間で2.8倍に増えている。中国に対する輸出規制などの制裁がまったく役に立たなかったばかりか、中国の世界におけるプレゼンスが一段と高まってしまったのである(図表4、5)。

 これには三つの理由がある。まず、一つ目に、これまでの関税制裁が生ぬるかった。また、二つ目として、コロナパンデミックが中国の追い風になった。2020年に起こったコロナパンデミックで世界の工場が止まる中、中国は武漢をロックアウトした上で工場を稼働し続け、2021年まで世界の供給力を一手に担うことになった。この間、一段と競争力をつけ、貿易黒字が高まったのである。三つ目の理由はウクライナ戦争である。西側がロシアに対する制裁で製造業製品の供給を遮断したが、この間、隙を縫ってロシアに財の供給をしたのが中国であった。今、ロシアの製造業製品の輸入の5割は中国が担っている。ほかの国が自ら手足を縛る中で中国がロシアというマーケットを支配した。これら三つの理由で、制裁されて弱くなっていたはずの中国が劇的に強くなり、手に負えない状態になっている。

 重厚長大は中国の天下である。中国の粗鋼生産シェアは、2000年の時点で10%程度であったが、2024年は52.8%となっており、57%まで高まった時期もあった。また、2024年の商業用造船の受注は世界の7割を占めており、韓国や日本がまったく追いつけない状況にある。先端産業についても、世界の商業用ドローンの7割を支配している。また、EVでは6割、バッテリーでも6~7割、ソーラーパネルでは8割、ウィンドパワーでも8割と、グリーンエネルギー分野では、さらに支配力を強めている。そして、この間、明らかになったのは、先端製品に不可欠なレアメタルの生産、特に製錬を中国が一手に担っているという事実である。それほど埋蔵量があるわけではないが、鉱石を輸入し、世界の製錬の9割を支配することになった。したがって、中国を制裁しようとすれば、逆に中国から輸出ストップがかけられ、様々な生産が途絶えてしまう。実際、日本の自動車も、中国からのレアメタルの供給減によって困難な状況に置かれている。そもそも、コバルトなどのレアメタルを使った高技術製品は日本の得意分野であった。パワーのある磁石類などは日本の独壇場だったが、いつの間にかすべて中国に奪われてしまった。

図表4: 米国経常赤字急増 (10億ドル) 図表5: 急増した中国貿易黒字

 今や、中国の世界の製造業におけるシェアは5割に達している。IMFの発表では、中国の世界製造業シェアは31%程度となっているが、これは現在の通貨ベースで計算したものであり、正しい数字とは言えない。中国の人民元の対ドルレートは1ドル7.3元だが、実際の人民元の購買力ははるかに強く、1ドル4元程度のパワーを持っている。1ドル4元のパワーを持つ中国が1ドル7元で商売するのだから、それは有利な商売だ。1ドル4元で中国のシェアを推計すれば、恐らく4~5割というレベルまで高まる。自動車や造船、ウィンドパワー、半導体の圧倒的な中国シェアを考えると、世界の3割というのは低すぎる見立てである(図表6)。

図表6:世界製造業生産シェア (FT 4/9/2025) 図表7: 世界粗鋼生産シェア(2024)

 第二次世界大戦が終わった1945年の米国の工業力の世界シェアは5割と言われていた。つまり、当時の米国と同等の工業力を今の中国は持っている。これは、とてつもなく恐ろしい現実であり、サステナブルであるわけがない。これをどう変えていくか。このようなプランなしに、これからの国際戦略も、様々な通商もあり得ない。そして、この現実をベースにした戦略を立てているのがトランプ政権なのだ。今回の関税騒動も、中国による一極支配を変えるための工程表の第一ステップとして打ち出されたものだ。1980年代から10年以上をかけて日米構造協議で日本の手足を縛ったように、じわじわと中国を縛り上げ、身動きのとれない状態にしていくのではないか。

 1ドル4元という実力に対して、1ドル7元という異常に安い為替レートが維持され、それが極端な競争力の強さにつながっているのだから、人民元を1ドル4元に引き上げれば簡単に解決できるはずだが、人民元が強くなれば、中国は、それを使って攻撃的な企業の買収、様々な国の権益の取得などを実行しかねない。日本は円高でパニッシュできたが、中国を人民元高でパニッシュすると逆効果になる可能性がある。したがって、異常な中国の強さを抑えるものは関税以外にないのだ。トランプ関税を批判する人がいるが、中国の異常なプレゼンスを抑えるプランなしに批判するのはフェアではない。米国自身が中国に供給を大きく依存する中、5割近い工業力を支配する中国を抑えるには時間を要する。米中の関税協議を機に、長期にわたる持久戦が始まったと認識すべきだ。「トランプはTACOだ」と小馬鹿にする議論はあるが、米国経済が打撃を受け、不況に陥れば支持されなくなるのだから、前言を翻すのも当然だ。ある程度の成長経済を維持しながら中国を抑えていくという高等戦術が必要であり、手練手管が求められている。

(3)トランプとは何者か

 トランプ支持者には、大きく分けて三つの異なるグループが存在する。一つはナショナル・コンサバティブ、保守的国家主義者たちである。スティーブン・バノン、ピーター・ナヴァロ、副大統領のJ.D.ヴァンスなどが属するグループだが、彼らは、グローバリズムによって米国の製造業が衰退したと考えている。反グローバルで、米国の製造業・労働者の味方。そして、グローバリズムを推進したのはウォール街なのだから、反ウォール街で、グローバル金融も容認できない。スティーブン・バノンに至っては、労働者の味方だと、資本主義を敵にするようなことも言うが、現実には資本主義の権化のようなトランプをサポートしている。それなりの合理性があるのか、ダブル・スタンダードなのかは分からないが、これがトランプ支持者、MAGA(Make America Great Again)のコアになっている人々である。

 しかし、彼らの主張をその通りに遂行すれば、国際分業を否定し、ドル覇権体制を否定し、国際金融を否定し、最大の国際金融の受益者である米国のドル基軸通貨体制を否定することになり、自ら墓穴を掘ることになる。したがって、反グローバル、反ウォール街と言いながら、実際にはそこまで強く主張していない。二つ目のグループはテクノ・リバタリアンである。イーロン・マスクに代表される究極の自由主義を求める人々であり、イーロン・マスクがピーター・ナヴァロと喧嘩したように、関税などとんでもないと、トランプ政権の政策を支持することはできないはずだが、彼らの主張も途中で消えてしまうことが多い。テクノ・リバタリアンとトランプ政権の大きな共通項は、反DEI、反PCという、今、米国で勢いを増している左翼的なリベラル思想に対する反発なのだろう。三つ目のグループはウォール街保守派であり、スコット・ベッセントなどの金融出身者がトランプの傘下に集っている。

 このように、三つのまったく異なるグループがトランプを支持しており、トランプは三つの異なる人々の意見を取捨選択しながら政権運営している。三つのグループからピックアップしたポリシーミックスとなるが、今回の関税、国際通商、国際金融といった一連の動きを見ていると、トランプが最も信頼して裁量を任せているのはスコット・ベッセント、つまりウォール街保守派のようだ。言うまでもなく、金融市場と利害を共にしているため、株式市場にとってはウェルカムとなる。トランプは極めて巧みに、米国内に存在する保守的な雰囲気をピックアップしながら、結果として米国の資本主義が強くなる方向に政策を誘導しようとしている。このように考えれば、トランプは米国の資本主義を再建しようとしている人間だということが分かる。

(つづく)

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