九州の観光産業を考える(35)陽炎に揺らめくEXPO2025(2)

つくづくスマホ依存博

会場内の待ち行列でもスマホアプリで個々それぞれに別世界へ入り込んでいる
会場内の待ち行列でもスマホアプリで
個々それぞれに別世界へ入り込んでいる

 多くの来場者が手のひらに視線を向けながら、場内を歩き回る。入場に際しては「EXPO2025デジタルチケット」をスマホ画面に呼び出し、「当該人」と認めさせ、晴れてゲート通過後は事前予約したパビリオンへ悠々と、もしくは着順に入館を受け付けるパビリオン目指し、足早に移動する。

 このご時世、街行く人、電車のシートに身を沈める人、会議中の人、誰も彼もが四六時中スマホを指先で操作している。この博覧会が特別なわけではない。検索あるいはAI仲介による情報収集、通話やメッセージの送受信、動画視聴、音楽鑑賞、ゲーム、写真・動画撮影とアップロード―サイバー空間を介しては、今や日常が浸潤した博覧会場といえる。反面、入場者個々は博覧会に関連する事柄にアクセスし、この時空間をどっぷり楽しんでいるのか、はたまた関係のない外部の情報へ接しながらパラレルで博覧会体験を傍観に近いかたちで得ているのか、見分けはつかない。事実、パビリオン入場待ちの列に並ぶ人のなかには、スマホで会場外の人と世間話をしている人もいるし、ネット配信の漫画を読んで入館直前に吹き出している人がいても不思議ではない。手間をかけてチケットを購入し、博覧会場に入場しておきながら、浸りきらない人たちをこれほど目にするのは予想外だ。

 博覧会場をプラットフォームと捉え、パビリオンを価値ある訪問先と設定し、懸命に移動しまくるSociety3.0な人々、スマホでSociety4.0の利便を持ち込み自身のペースで博覧会ステージへワーケーションやブレジャー(ビジネス&レジャー)に近いかたちで接しようという人々。観光レジャーへ生態の異なる人々が混在する。Society5.0実験にまんまと引き回され、ビッグデータ上の輝点に置き換わる入場者ばかりかと当初は考えていたが、どっこい、浪花に出現した来場者は抜け目なく向き合っているようだ。

結局は紙の会場マップ

大きく見やすいコルトン看板の会場マップは紙の公式マップに設置表示がない
大きく見やすいコルトン看板の会場マップは
紙の公式マップに設置表示がない

    開幕当初、博覧会の会場マップはインターネット上で閲覧でき、携帯するには各自がDLするものとされていた。紙マップをつくらないのは環境への配慮からというのが理由らしいが、大屋根リングの建設で膨大な量の木材を使用し、その製材の際に発生する端材を原料とみなして紙マップを措置できなかったのかと訝る。ゴミとなるのが心配だとするなら、捨てられない魅力をつければよいのだ。で、DLのWEBマップは重いらしく、広い会場を小さなスマホ画面でスワイプしたりクローズアップしたりしながら探るのはもどかしい。自身でDLして印刷したか、結局は200円で販売するようになった公式紙マップかは知らないが、印刷パウチしたものや団扇に整形加工したものを持参する、恐らく通期パス購入の来場者が多く目につく。手元に広げ、オリエンテーリングのごとく場内をめぐり、印を付けたりするには、WEBマップにマーカーピンで足跡を残すより、アナログな紙マップのほうが、鳥瞰性に富み達成感に勝るのだろう。

 ARグラスを掛けて、眼前の宙空に畳大の会場マップをホログラフィーのように浮かび上がらせられるならWEBマップに納得もするが、A2サイズでも情報を盛り込むには足りない公式会場マップを、せいぜい6インチのスマホ画面に呼び出させ、それで用を成せと迫るのは、フィジカルへの無配慮というものだ。拡大して詳細をたしかめる手間の傍ら、隣接箇所との位置関係を見誤る。そのうち、起点となっている自分の場所を見失う。アナログが生きる手立てを残すのも、Society5.0であろうに。

唯我独尊パビリオン

 会場中央部にゾーニングされたシグネチャーパビリオンは、万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」を8人のプロデューサーがそれぞれ構想し、展示を行ったものだ。人気ランキングは万博IDなりの解析で公表可能になるだろうが、筆者が体験したものは、会期後にどこかへ移設を望まれる類には思えなかった。

 シグネチャーに限らず多数のパビリオン展示は、スクリーンに見立てた築造物への映像投射やLEDウォールからの映像発光といった手法のようで、VR世界へ来館者自身を投影させ、アバター体験を持ち帰らせようとする。没入型体験を目指しているようだが、そこに次世代の先端性は見当たらない。多くのパビリオンはウォークスルー型(入館者はあらかじめ設定された動線を歩いてめぐる)で、プレショー、メインショー、ポストショーの経過を辿らせ、展示者側の見解を提供する。入館者とのインタラクティブ性を運営スタッフや専用デバイスにより採用するパビリオンは、少数派とうかがえた。

 入館前の待ち行列の辻辻で、展示主題の念押しなのか、事前補足なのか、退屈しのぎ用なのか、QRコードで情報を追加提供しようとする。QRコードで呼び出せる情報は、随時更新可能だ。結局は博覧会場といったクローズドな空間内で完結させる必要のない、あるいは完結させられないストーリーなのか。

QRコードの先に構えるサイバー情報のほうがパビリオンより本旨を伝えられる?
QRコードの先に構えるサイバー情報のほうが
パビリオンより本旨を伝えられる?

    建設経費を掛けた体験アトラクションも、凝った意匠のパビリオンも、単に人目を引くための表紙絵に過ぎなく見えてくる。換言すれば、入場せずとも、趣旨情報はスマホを通じて受け取れるってこと。来場し、入館してくれた人たちへは、スマホのバイブレーションや音量を上回るアナログ体感で目くらまし的に納得いただく。裏返せば、デジタル情報では賄えない体験価値を、有料の場内にアナログな質量感をともない用意してこそ、提供情報も印象に分け入る。Society5.0のエンタメは、かえってプリミティブで身体を揺り動かすような感覚をもたらす体験が、謎めいた情報を納得いく満足感として成立させるのかも。

会場修景は海上幻都

 建築やデザインという造形にチャレンジングな奔放の許された博覧会場。万博は、レジャー視点からすれば、庶民の即席簡易の世界旅行のようなもの。初お目見えの科学実験的試みの集積というよりは、各国トピックス編として、お国自慢の産業や物産がそれぞれに趣向を凝らして立ち並ぶ催事場だ。限定が価値を帯び、国家、地域行政の一大事とメディアも機運を煽り、お祭り好きの人たちは駆り立てられてきた。大言壮語も途中挫折も大目に見てもらえる。いや先ごろまでは、そうだった。

 会期を終えると建物群は解体される。約2万7,000m3の木材が使用された大屋根リングは一部を記念に残す予定とし、残りの建材は譲渡先の公募を始めている。譲渡先は自治体や事業者などを想定し、来年2月以降に引き渡すとしている。譲渡には無償と有償があり、無償譲渡は国か地方公共団体に限られる。解体費用は万博協会が負担する。解体された木材が形状や強度など、どの程度の汎用性をもつか筆者にはわからない。福岡市の再開発・天神ビッグバンには2026年暮れ竣工予定の新ビルがあり、九州産の木材を使用したCLTパネルを建物外装に約450m3使用する注目の計画だ。大阪湾から発生する解体木材のなかには、九州産材もそれなりに混じっていよう。世界最大の木造建築の幻の一端を、イムズ跡地の新ビルに代替する道はないのだろうか。

番外地の熱気

 前号と併せて今回の万博レポートは、我が国、とくに九州の観光やレジャーの進展に示唆する要素があるのか、採り入れる先駆的発想、技術、運営術はあるのか、といった目線をもって観察・体験することを主眼とした。

 4月発行の公式ガイドマップには、未来社会のショーケースとして「スマートモビリティ(自動給電のEVバスほか)」「デジタル(自動翻訳他)」「バーチャル(AR/VR連動イベントほか)」「グリーン(ペロブスカイト太陽電池、空気中から二酸化炭素直接回収ほか)」等の取り組みが、会場の表裏で実践されると謳ってある。筆者がすべてを目にすることはなかったが、多くは既知の情報であり、実装の展示があっても驚きはない。閉幕後、咀嚼し直し、改めて調査研究してみるに値する現象をうかがい見ることができるのかは、残り会期の動向と大団円を見届けて判断してみたい。

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 万博IDの登録で、あらかじめ会場やパビリオンへの入退場日時を1人ひとりに設定する姿勢は、待ち時間や混雑を減らす措置と理解はするが、観光レジャー客の特質ともいえる気まぐれや天候具合、匿名性に不寛容な管理システムと思われ、そぐわないと筆者は考えていた。さまざまな利点供与を謳い、WEBを介してのデジタルチケットだけとする方針も、前売りの不振ぶりに、旅行代理店やコンビニで紙のチケットを購入できるよう方向修正した。この窮余の策は、入場ゲート前でQRコード付き入場券に結局は交換するのだが、これは1人の入場者として特定されはしても、匿名性は担保される。顔認証のようにすっかり素性を明らかにするものではない。

 協会アカウントへのユーザー登録、ログイン(=来場者情報の把握や混雑の平準化といった主催者側の思惑)は、「ほっといてくれなはれ」的な利己愛に満ちた民の声を惹起した。旅やレジャー活動において匿名性が担保されることは、普段の生活の縛りから解放される歓びをもたらす。“その他大勢”の仮面性が、大胆さなり遊惰なりを人に生起させる。絵空事でないSociety5.0の焙り出しには、こうした迷走も必要な経過だった。

eスポーツ大会で勝利チームが歓喜の抱擁を交わすのはフィジカルな自身を肉感したいから
eスポーツ大会で勝利チームが歓喜の抱擁を交わすのは
フィジカルな自身を肉感したいから

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 博覧会場内とはいえ、番外地。西ゲートを入り、大屋根リングをシンボルとする中核エリアとは逆方向へ進むと、EXPOアリーナ「Matsuri」がある。大型ライブイベントや祭りなどの野外催事を実施する。マップで見ると、Society5.0との不整合を解決しきれない隔離された僻地にも見える。

 Society1.0から4.0の時代にかけて、我々人間のDNAには、デジタルへは置き換えがたい熱狂のほとばしりへ憧れる本性が備わってきたのではないか。Society5.0の「人間中心の社会」という価値観をデジタルツインにより構築するにせよ、観光レジャーのフィジカル空間にそれを反映させるには、この番外地での“その他大勢”による脈動、連帯、ハプニングを対岸視してはならないだろう。


<プロフィール>
國谷恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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