「天神ビッグバン」「博多コネクティッド」に代表される大規模な都市再開発プロジェクトが進行していることが、全国的にも注目されている福岡市。その一方で、老朽化したビルやマンションなどの建築物をリノベーション(大規模改修)、コンバージョン(用途変更)することで再活用する事例も、数多く見られるまちでもある。そして、今後は資材費高騰などを背景に、これらがさらに盛んになることが予想される。そこで、福岡市内を中心にこれまでの事例を改めて確認し、併せてそれらの今後の方向性についても考えていく。
コンパクトシティが育む建物再生の土壌
福岡市は三方を山に囲まれ、一方は博多湾に面する。そうした地形から市街地は限られた平野部に集中し、行政・経済・交通機能が狭い範囲に集積してきた。城下町・福岡と商業都市・博多が近接して発展した歴史も加わり、中心部を歩行者が回遊できる範囲で都市活動が完結する「コンパクトシティ」としての構造が、早くから形成された。特筆すべきは、空港と都心の近さ。福岡空港は博多駅から地下鉄で5分、天神からも約10分という立地にあるほか、新幹線駅や博多港とも短時間で連絡でき、空港・港湾・鉄道・都心が一体化した利便性は、国内外から高く評価されている。福岡市は、政策に頼らずともその理想像を体現していた都市であるといえるだろう。
近年は天神ビッグバンや博多コネクティッドをはじめとする再開発によって集約性がさらに高まり、そのことでコンパクトシティとしての認知度がさらに高まった感があるが、コンパクトシティであることは建替え・新築における再開発だけでなく、既存建築物を生かすリノベーション、コンバージョンをも促す要因にもなっている。というのも、物的、資金的、人材的にも、新築・建替えのみの再開発だけでは限界があるからだ。そして、そうした事情を反映し、かつ市内で最も代表的といえる事例となったのが、中央区で展開された「旧大名小学校跡地」の再開発プロジェクトである。
同再開発事業は天神ビッグバン構想の一角を担う大規模再開発であり、地域や行政の意見・要望を基に計画が進められた。約1万1,900m2の敷地には、地上25階・地下1階建の高層ビル「福岡大名ガーデンシティ」が建設され、2023年6月に開業。九州初進出となるラグジュアリーホテル「ザ・リッツ・カールトン福岡」、ハイグレードオフィス、カンファレンス施設、広場(約3,000m2)、イベントホールなど多様な機能が集積され、福岡市の新たな名所の1つになっている。
旧大名小学校の建物は1929年(昭和4年)竣工のRC造で、当時のアール・デコ様式の意匠が階段や廊下などに残る点で、文化財的な価値も高い校舎であった。この建物は耐震補強が行われたうえ、内部を教室からオフィスなどにコンバージョンし、福岡市のスタートアップ支援拠点「Fukuoka Growth Next」が入居。創業を志す人たちのサポート、創業後の支援などを行う場となっている。内部は小学校当時の面影を色濃く残しているが、ITやセキュリティ環境が整っており、不便さを感じることはない。
低層階を再利用しCO2排出量削減
博多地区では、従前の建物の一部躯体を新たな建物に再利用するという、珍しいリノベーション事例がある。中央日本土地建物グループの中央日本土地建物(株)(東京都千代田区)が開発した「中央日土地博多駅前ビル」(博多駅前3丁目)だ。
地上13階・地下2階建、延床面積約1万3,041m2となった同ビルの建替えでは、従前建物のうち地上3階から10階までを解体後、地上2階と地下の既存躯体を補強し、さらに中3階に中間免震層を設けるという建設スキームがとられた。これにより、耐震性の確保と、従来の建替えに比べ解体時に52%、新築時に37%のCO2を削減するという環境負荷の低減を両立させた。持続可能な社会の実現、環境共生が建築物の分野でも重要視されるようになるなか、時代を象徴するような物件といえそうだ。
共同住宅率の高さと高経年マンション増加
さて、福岡市は全国で最も集合住宅(分譲・賃貸マンション、賃貸アパートなど)率が高い都市である。23年の「大都市比較統計年表」によると、福岡市の共同住宅率(専用住宅の総数に占める共同住宅の割合)は77.68%となっており、これは東京都区部の77.55%を上回る数値だ(【表1】参照)。その背景には、複数の都市的要因が重なっている。まず、九州の中心都市、支店経済都市として人口流入が続き、とくに若年層や単身者が多いことが大きい。こうした層は利便性を重視し、賃貸マンションやアパートを選ぶ傾向が強い。
また、地価の高い都心部で効率的に住宅を供給するためには、戸建よりも共同住宅のほうが適しており、土地利用の観点からも集合住宅化が進んだ。さらに、福岡市は空港が近く、市街地の拡張に制約があるため、限られた土地を有効活用する中高層住宅が主流となった。加えて、賃貸需要の高さから不動産投資も盛んであり、開発事業者が共同住宅を優先的に供給する構造が定着している。これらの要素が相互に作用し、福岡市では共同住宅が都市生活の主流形態として根付いた。
では、市内にある共同住宅はどのような状況にあるのだろうか。福岡市住宅都市局住宅計画課がまとめた資料「福岡市におけるマンション管理適正化に向けた専門家派遣について」(23年10月)によると、21年の調査時点で分譲マンションは約5,600棟あり、そのうち築40年を超える高経年マンションは約900棟(約16%)であったとしている。なお、約10年後の30年ごろには約2,600棟(約46%)に急増すると想定されている。あくまで、分譲マンションのデータだが、このことから共同住宅全体で高経年化が進行していることが推測される。
そうした状況の先行事例の1つとして見られるのが、西日本鉄道によるマンション再生の取り組みだ。同社では「サンリベラ・プライム 天神大名レジデンス」(中央区大名、全50戸)のリノベーション工事を12年に竣工。築20年だったRC造・地上14階建の賃貸マンション1棟丸ごとを、当時の最新仕様・設備を導入した高級分譲マンションにリニューアルしたものだ。専用部分の間取りの変更や設備の更新などはもちろん、外観やエントランス、ロビーといった共用部も、デザイン面と機能面の双方を向上。従前建物では不十分だったセキュリティ機能なども、大幅に強化した。
このほか、公団住宅をリノベーションした中央区大濠公園の「THE APARTMENT」(1965年竣工、地上10階建、97戸)も、先行事例の1つである。
国登録有形文化財に登録された「冷泉荘」
共同住宅を大規模な改修をせず、リノベーション、コンバージョンしたものとして、1958年に建設された共同住宅「冷泉荘」(博多区上川端町、RC造・地上5階・地下1階建、26室)の事例がある。2000年代に入りスラム化が進行していたことから、所有する吉原住宅(有)が06年からアトリエなどが入るオフィスビルへのコンバージョンに着手。11年には耐震補強工事を実施することで「築80年までもつ建物」となっている。建物内には改修の跡が確認できるほか、建物の管理運営を行う「リノベーションミュージアム冷泉荘」も入り、マーケットや各アトリエで開かれる入居者による企画のイベントなどが展開されている。なお、12年に「第25回福岡市都市景観賞 活動部門」の部門賞、24年には「国登録有形文化財(建造物)」に登録されている。
(つづく)
【田中直輝】

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