「天神ビッグバン」「博多コネクティッド」に代表される大規模な都市再開発プロジェクトが進行していることが、全国的にも注目されている福岡市。その一方で、老朽化したビルやマンションなどの建築物をリノベーション(大規模改修)、コンバージョン(用途変更)することで再活用する事例も、数多く見られるまちでもある。そして、今後は資材費高騰などを背景に、これらがさらに盛んになることが予想される。そこで、福岡市内を中心にこれまでの事例を改めて確認し、併せてそれらの今後の方向性についても考えていく。
DIY賃貸とすることで状況を改善した賃貸住宅
(有)吉浦ビルは、福岡市内を中心に高経年共同住宅などのリノベーション、コンバージョンに取り組んでいる事業者の1つだ。代表的なものとして「樋井川吉浦ビル(第1、第2)」(城南区樋井川)があり、本格的なDIYを可能とすることで再生し、満室を実現しているという。いずれもRC造で「第1ビル」が73年竣工の地上6階建・30戸(1R~3DK)、「第2ビル」が76年竣工の地上3階建・8戸(1R)+テナント2戸。入居にあたってはユニークなスキームを取り入れており、①間取りやデザインの打ち合わせ、②職人による基本施工、③DIY施工という流れ。DIYは入居者自身が行うこともできる。
吉浦隆紀社長は、「祖父からこの2棟を引き継いだ際には、最寄り駅から遠いことなどもあり、入居者は年金受給者の方々が主な状況で、低い家賃収入に悩んでいました。その状況を改善するべく各住戸のリニューアルを実施しましたが、入居者確保が難しく、アーティストなどをターゲットに本格的なDIYを可能としたことで、大きく状況を改善することができました」と話す。現在、2棟のビルは居住するのみならず、事務所や店舗、アトリエなどとしても活用されている。なお同社では、大牟田市などにおいても空き家再生事業にも取り組んでいる。
県内最古級の物件を再生「門司港1950団地」
さらに同社は北九州市門司区で、「門司港1950団地」という県内最古級の共同住宅をリノベーション、コンバージョンする取り組み「渋沢プロジェクト」を進めている。1951年に福岡県住宅供給公社によって建設された公営住宅「旧畑田団地」は、RC造のA棟(地上4階建・24戸)と、コンクリートブロック造のB棟(地上2階建・10戸)の2棟からなる。ただし、建築寿命を70年と定められていたことから入居募集を停止し、2021年に最後の住人が退去した後、空き団地となっていた。この共同住宅の再生の在り方には、空き家問題などの対応について、これまでとは異なる方向性を示唆していると考えられ、ここで紹介しておきたい。
24年2月に県が建物付きで売却を試みたが、初回の入札には応札者が現れず、同6月の再入札で吉浦ビル・吉浦隆紀社長が約90万円で落札した。「配管・配線は劣化していたが、壁の厚さが大きく、壁式工法だったこともあり、建物の構造体はまだ使える」と判断した吉浦社長は、解体するのではなく建物をリノベーション、コンバージョンして再生することを選択した。団地全体を“やりたいことを実現できる場所”とすることにし、現在は電気や水道、ガスなどのライフラインを復活させたA棟から再生を進めている。
再生は、入居者自らがリノベーションを行うDIY方式により進められている。内装や用途を自由に設計できる条件とし、入居希望者の負担を抑えるため最初の3年間は家賃を月額1万円とし、それ以降3万円から5万円程度に値上げする仕組みとした。その結果、アートギャラリーやカフェ経営、趣味の空間などとして部屋の活用を希望する人たちからの申し込みがあり、全戸の契約が成立。現在は多くでリノベーション作業が行われており、一部ではすでにオープンしている部屋もある。
なかには、建築学部に所属する複数の学生らが契約したケースもある。そこでは1階の床をはがすなど、ほぼスケルトンの状態にしたうえで、オンドル(韓国の伝統的な床暖房システム)のような設備のある本格的なリノベーションを行っている。「彼らは卒業制作として作業を行っています」(吉浦社長)といい、そうした自由なチャレンジが気軽にできるのも、この団地再生の特徴といっていいだろう。
集合団地の再生に役立つヒントも
この共同住宅団地はJR門司港駅から徒歩20分の距離の、やや高台に位置している。周辺には学校や商店街などがあり、生活の利便性が高い立地性だ。そもそも団地は、このように生活環境が整備されていることが多いが、建物が老朽化して間取りや設備が現在の暮らしのニーズに合致していないことから、入居が敬遠されるケースがある。とくに上層階は、エレベータがないことから敬遠され、空き室になることも多い。
県の住宅供給公社の関係者によると、現行の法制度では団地の専有部分(住居部分)は居住目的にしか使えないことになっているそうだ。しかし、団地再生を活性化するのなら、たとえば上層階に限っては非居住用途にも門戸を開くことがあっても良いのではないか。そうすることで、高齢化が進む団地に若い世代を呼び込み、コミュニティの活性化が図られる可能性があるからだ。
国や自治体も補助金などで支援
ところで国や自治体では、老朽化したビルや共同住宅の改修に注力するようになってきた。これは、新築の住宅や建築物などで進められてきた省エネ対策や地震対策などを、既存建築物にも範囲を広げるもので、もちろん福岡県や県下自治体でもリノベーションやコンバージョンを促進するための取り組みが進められている。とくに自治体については近年、市街地の空洞化に悩まされるケースが多く、そのため中心市街地、なかでも商店街の活性化を図るための補助金制度を設けているケースも見られる。【表2】で、福岡県下の自治体による補助金制度を一部紹介する。
なお、国の制度としては、老朽化ビル(とくに非住宅用途も含む)を対象に、省エネルギー性能を飛躍的に高める「ネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)」化を支援する「ZEB実証事業」、老朽マンションの建替えや共同化(敷地を統合して集合住宅に再構築)を支援する制度「都市居住再生促進事業」(自治体補助枠)などが設けられている。なお、25年度分はすでに募集が終了しているが、老朽化した中小賃貸オフィスビルの改修をモデルケースとして支援する「中小ビルのバリューアップ改修モデル調査事業」も行われていた。
● ● ●
今回紹介できたのは、福岡市を中心とするリノベーション、コンバージョン事例のごく一部。たとえば、築古アパートや銭湯を飲食店などに用途転換したものなど、この他にも多くの事例がある。共同住宅率の高さや高経年マンションの増加、さらには資材費や人件費の高騰、そしてストック建築物重視の政策や空き家・空き室の増加などを背景に、今後は共同住宅の1棟丸ごとのリノベーション、コンバージョンが増えるものと見られる。もちろん、それが可能かどうかは立地条件や建物の状態にもよるため、すべてを対象とできるものではないが、「門司港1950団地」のような柔軟な発想・工夫を取り入れることで、より活性化していくことを期待したい。
(了)
【田中直輝】

月刊まちづくりに記事を書きませんか?
福岡のまちに関すること、建設・不動産業界に関すること、再開発に関することなどをテーマにオリジナル記事を執筆いただける方を募集しております。
記事の内容は、インタビュー、エリア紹介、業界の課題、統計情報の分析などです。詳しくは掲載実績をご参照ください。
記事の企画から取材、写真撮影、執筆までできる方を募集しております。また、こちらから内容をオーダーすることもございます。報酬は別途ご相談。
現在、業界に身を置いている方や趣味で建築、土木、設計、再開発に興味がある方なども大歓迎です。
また、業界経験のある方や研究者の方であれば、例えば下記のような記事企画も募集しております。
・よりよい建物をつくるために不要な法令
・まちの景観を美しくするために必要な規制
・芸術と都市開発の歴史
・日本の土木工事の歴史(連載企画)
ご応募いただける場合は、こちらまで。不明点ございましたらお気軽にお問い合わせください。
(返信にお時間いただく可能性がございます)












