【グローバル・アラート】ユーラシアを真っ二つに切り分けるパイプライン

 日本ビジネスインテリジェンス協会(BIS、中川十郎理事長)より、(有)エナジー・ジオポリティクス代表・澁谷祐氏による「ユーラシアを真っ二つに切り分けるパイプライン」と題する記事を提供していただいたので共有する。

中露モの3首脳、パイプライン・プロジェクトに署名

パイプライン イメージ    3日、中国は北京中心部の天安門広場で抗日戦争勝利80年記念式典を盛大に行い、習近平国家主席は「中華民族の偉大な復興は止められない! 人類運命共同体の構築に努め、必ず勝利する」と宣言した。

 ところで前日2日、習近平国家主席は、ロシアのプーチン大統領、モンゴルのフレルスフ大統領と北京の人民大会堂で首脳会談に臨んだ。

 この首脳会談について、外国メディアはほとんど報じていないのが不思議である。
 中国国営の新華社通信によれば、習主席は会談席上で、「国際情勢が混乱するなか、3カ国は団結を強化すべきだ」「3カ国の国境をまたぐエネルギー・プロジェクトを積極的に推進すべきだ」と訴えた。この中核プロジェクトは、中露モ共同によるガスパイプライン「シベリアの力2」(SP-2)と呼ばれる。

中露モ首脳会談の主な合意内容

 ロシアと中国はSP-2に関する二国間の拘束力のある覚書に署名した(2日、ロシアのRIAノーボスチ通信)。

 2022年露モ両国は、モンゴル区間の「ソユーズ・ボストーク」パイプライン(口径1.4m、総延長は960km)のタリッフ(通過料金、年間10億ドル超推定)と自国消費のためガス供給分を含めた基本合意に署名した。
 なお、欧米メディアは「ガス価格などを含んだ事業化の時期が定められていないため、法的拘束力のある覚書であっても最終合意とはいえないのではないか」と報じた。

SP-2はユーラシアを真っ二つに切り分ける

 SP-2は、地球儀に見立てれば、ロシアの北極ヤマル半島のガス田を起点に南下して、ユーラシア大陸を真っ二つに切り分けるように延伸して、シベリアの油田地帯を通り、バイカル湖の西側に達してから、モンゴルに入域し、最終的に中国・北京方面を目指すパイプラインである。モンゴル領内を直線的に通過することによって輸送距離の短縮化を実現することが決め手となった。
 SP-2は欧州向けの他のパイプラインと接続せず、露中モの専用ラインである。
 中国国内では、既存ルートと複数接続しているので上海まで通じる。SP-2はユーラシアを縦断する幹線パイプラインの実現に他ならない。

エネルギー・ガバナンスに変化も

 SP-2は、典型的な大陸型の幹線パイプラインであり、エネルギー地政学的な視点から注目されている。中国の若手研究者は次の通り分析した:
 (1)ガス貿易の脱ドル化を加速させる。中国とロシアの現地通貨決済モデルが使用される結果、世界の天然ガス貿易における人民元決済の割合は、2020年の1%未満から2025年には8%に上昇する予想される。
 (2)米国主導の海洋エネルギー覇権に挑戦する。SP-2は、海上航路規制の影響を受けないため、米国が各地の軍事基地を通じて世界のエネルギー輸送路を制御する能力を低下させる。
 (3)多様化されたエネルギー供給システムの構築を促進する。一国が世界のエネルギー市場を操作する能力を低下させるので、より包括的で多様な世界エネルギー・ガバナンス(統治)の到来を告知する。

ロシアの東方エネルギー戦略の緊急性

 SP-2パイプライン(地図)は、30年間に毎年500億立方メートルのヤマル半島産の天然ガスを、全長約2,600kmの距離を輸送し、建設費用は130-150億ドルを見込む。当初2029年の稼働開始を予定したが2030年以降にずれ込む見込み。

 SP-2合意発表(2日)の背景には、ウクライナ戦争の長期化にともなう対ロシアエネルギー制裁の措置がある。ロシアの欧州向け天然ガス供給シェアは40%から19%に急落した切迫した事情がある。

 その結果、ロシアの東方エネルギー戦略の緊急性を一挙に高めた。ロシア国営ガスプロムは従来の欧州向けガス供給量の多くを失ったためSP-2の実現に社運を賭けている。

SP-2構想は5年前に着手 モンゴルの提案

 SP-2は2019年9月にモンゴルのバトトルガ大統領(当時)がウラジオストクで開催された東方経済フォーラムにおいて、プーチン大統領に提案したことから始まった。露中間のSP-1建設が成功した教訓をモンゴルは学んだ。

 プーチン氏はガスプロムのミレル会長にモンゴル経由で中国に供給する天然ガスパイプラインの検討を指示した。

 2020年3月にはガスプロムとモンゴル政府がFS実施に合意し、2021年1月には「モンゴル区間」の事業会社「東のガスパイプライン連合」がモンゴルに登記・設立された。
SP-2建設の実現はプーチン政権の至上命令で格上げされた。

ロシア産ガス供給に50%超を依存へ、中国側は懸念

 中国の若手研究者による1つの試算がある、SP-2とSP-1(稼働中)を合わせれば、2050年にはロシア産のパイプラインガスは、中国の天然ガス輸入量に占める割合は45%を超えると予測。さらに北極海におけるロシア産LNGとサハリン2のLNGの引取量を加えれば、ロシア産ガスへの依存度は52%となる見通し。この数字は、供給源の多様化と安全保障の観点から留意する必要がある(中国のWEB情報誌・観察者網)。

「SP-2はアジア・プレミアム(割高)を撤廃する」

 SP-2の事業化の方向性は決まった。しかし、(1)ガスの供給価格とテークオアペイ条項、(2)ロシアにおける上流権益の開放、(3)中国による巨額融資と決済条件(3)モンゴルとのパッケージ契約の内容について公表情報は少ない。

 露中間の協議の経過に詳しい中国の専門家は次の通り論じている:
 (1)ロシアは中国へのエネルギー価格を欧州市場価格に基づいて設定することを主張したのに対し、中国は「アジア・プレミアム」の撤廃を主張した。ロシアの報道によると、中国は最終的にロシアの欧州向けベンチマーク価格を下回る価格を確保した。
 (2)ロシアにおける天然ガスの上流権益の開放の結果、SP-2を含めて、SP-1とサハリン産などについて、ロシアから中国への年間天然ガス供給能力は合計1,200億立方メートルに達する見込み。これは北東アジア全体の年間天然ガス消費量の35%に相当する。米国産LNGをはじめ、中東産とオーストラリア産のLNGと競合しても、パイプラインによるアクセスの方に勝算はある。
 (3)ガス代金の支払いは人民元とルーブルの50/50の決済方式が決まった。
 (4)上海協力機構が現在推進している「ガスネットワーク」構想と並行して、東アジアにおける人民元建ての天然ガス価格メカニズムの構築を加速させる。
 (5)欧州のガス輸入国がロシア産の引き取り拒否を決めたツケがいま中国向けにシフトしつつあるという事実はある意味で皮肉である。

米国は「第3の隣国」 モンゴル支援は限定的

 隣国の中露にほぼ全面的に経済を依存するモンゴルは、欧米日との関係を強化することで、一定の距離を置こうと試みてきた。これがモンゴルの外交上の「第3の隣国」政策である。

 しかし、トランプ政権は、ウクライナ和平実現のためロシア産ガスを輸入する国に対して二次制裁措置の適用を協議している。その対象にモンゴルも入るかどうか協議の先行きは不透明である。トランプ政権は中国との関税協議を優先しているいま、米国のモンゴル支援は極めて限定的にならざるを得ない。

 トランプ政権はアラスカLNG開発計画を優先しているが、SP-2と直接競合するものではないにせよ、東アジア各国は関心を強めている。

モンゴルのガス発電・鉄道建設計画と一括

 モンゴル国内を通過する960kmSP-2は、年間10億ドルの通過料収入を生み出す。これは2024年のモンゴルGDPの4.5%に相当し、約2万人の雇用を創出すると期待される。そのガス供給の一部を発電燃料など国内需要と鉄道建設のために使用することも一括決まった。

結び:ユーラシアの「グレート・ゲーム」始まる

 欧州向けのロシア産パイプラインについて、EUはほぼ無力化する方針を固めている。この難局を克服するためにロシアはSP-2の早期実現を目指し南下政策を加速化する構えだが、当初目指した2029年までの実現の可能性は薄い。

 他方、米国のトランプ政権は、ウクライナ和平とトランプ関税をパケージにした制裁措置(二次制裁を含む)を発動して、実態上グレート・ゲームに関与を強めている。アラスカLNG開発戦略もその1つである。

 中東情勢の緊迫化もあり、グレート・ゲームはユーラシアで拡散し、地政学的な不確実性は増える一方である。ところが足元のエネルギー市場に目を向けると、不思議なことに、逆に原油・ガスの先物価格は下押しの勢いが増している。「地政学のゆがみを緩和する実需パワーのため」といわれる。

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