国際政治学者 和田大樹
石破総理が9月に退陣を表明し、次期自民党総裁選挙が注目を集めている。現在のところ、高市早苗氏や小泉進次郎氏を含む5人の争いとなっているが、新総裁がどのような路線に徹するかにより、日本の経済安全保障をめぐる状況は大きく変わるだろう。
石破政権は中道保守の路線を堅持し、対米関係を基盤に韓国との良好な関係に努める一方、中国との経済関係を慎重に維持するバランス外交を展開してきた。次期政権がこの路線を継承するのか、もしくは保守強硬派が主導権を握り新たな方向へ舵を切るのか、この点が注目される。
中道保守路線の場合
次期政権が石破政権の中道保守路線を継承する場合、日本をめぐる経済安全保障の環境が大きく変化することは考えにくい。米国との同盟を基軸に、経済安全保障上の連携を深化させる方向は変わらず、サプライチェーンの強靭化や先端技術の保護を目的としたフレンドショアリングや同盟国間の技術協力がさらに進展するだろう。とくに、半導体やAI、重要鉱物分野での米国との協力を強化しつつ、韓国との経済安全保障対話も継続する。2023年に改善した日韓関係を背景に、両国は経済安全保障分野での情報共有や共同研究を拡大してきた。
一方、中国との関係では、経済的依存度を減らしつつも、貿易・投資の安定化を図る現実的なアプローチが継続する。中国は日本の最大の貿易相手国であり、完全なデカップリングは現実的ではない。中道保守政権であれば、リスク管理と協力の両立が引き続き重視され、中国による経済的威圧への備えを強化しつつ、過度な対立を避ける外交が展開されるだろう。
保守強硬路線の場合
一方、経営者たちが注意すべきポイントはここにある。現時点の候補者のなかで、仮に高市氏が総裁に選出され、保守強硬路線を採用した場合、日本をめぐる経済安全保障上の環境に変化が生じる可能性が高い。高市氏はこれまで靖国神社など歴史認識をめぐっては保守強硬的な姿勢を示しており、この路線は日米同盟の強化が図られる反面、日中、日韓関係には摩擦が生じるリスクが高まる。
高市氏が新総裁となってからもこれまでの自らの理念に基づく外交姿勢を貫けば、歴史問題を背景に日中関係には摩擦が生じ始め、10年の尖閣諸島中国漁船衝突事件によるレアアースの対日輸出制限、日本産水産物の全面的輸入停止などのように、経済的威圧が強化されるシナリオが考えられる。
また、経済安全保障という観点からは、日韓関係のほうが重大だろう。日米韓の3カ国外相は9月22日、ニューヨークで3カ国会談を開催し、戦略物資や重要鉱物を含むサプライチェーン強靭化、AIや量子など先端技術分野など経済安全保障分野で緊密に連携していくことを確認したが、保守色の強い政権が誕生すれば、その外交姿勢によって韓国との経済安全保障分野における協力ムードも後退していくことが懸念される。
李在明大統領は8月、日本との経済安全保障や通商について、「分野別に政府間の協力を推進する」と強調しており、日本の次期政権ともそれを継続していく決意とみられる。李在明大統領は、大統領就任前までは反日的な言動を繰り返してきたが、現在は日韓を取り巻く現実を考慮し、日本との協力重視の姿勢に転じている。しかし、日韓関係改善のカギとなった尹錫悦前大統領と比較すると、現政権のほうが歴史問題などで外交関係に亀裂が生じやすいと考えられる。
ちなみに、中国との戦略的競争を展開する米国としては、日本が対中国を意識した協力を米国と進めることを歓迎する一方、米国にとっての同盟国である韓国との関係を後退させるような日本の政策は歓迎しない。
最後に
無論、自民党と連立政権を組む公明党は、次期政権に中道保守を求めており、保守色が濃い政権との連立は難しいという姿勢をすでに示している。そうなれば、仮に高市政権となったとしても、公明党との連立という安定性を考慮し、自らの保守路線をある程度抑える可能性もある。しかし、日本をめぐる経済安全保障という観点から、我々は日韓の経済安全保障協力の後退というリスクを考えておく必要があろう。
<プロフィール>
和田大樹(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
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和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap