「孫育て」祖父母は救世主になれるか(前)

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 今を生きるすべての親と祖父母たちが、気づく必要がある。子どもは甘やかす時代になった。もちろん、いうことを何でも聞いてやるという意味ではない。子どもの成長のために、家庭で何ができるだろうか。家族の立ち位置を、私が尊敬する黒川伊保子さんの著書から学んでみたい。今回参照したのは“トリセツ”シリーズ。「孫のトリセツ」「娘のトリセツ」「息子のトリセツ」の3点だ。

ヒトの取り扱い

ヒトの取り扱い pixabay
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    子どもが自分の思い通りにならないとき、母親はイラつきが始まる。まるで自分の手足が思い通りに動かないようなもどかしさで焦燥感に襲われ、父親もまた人生最大の責任を自覚して、子どもを諭してやろうと奮い立つ。親というのは、子どもに入れ込み過ぎる生き物だ。

 ヒトの脳には、「ゴール指向型」と「プロセス指向型」という2つの思考回路が内在しているという。元来、子育ては「ゴール指向」で行われるもの(正しいやり方を教えて躾けて、さっさと一人前にするもの)だったが、AI時代に人類に求められる能力は「プロセス指向」でしか伸ばせないというのは、脳科学・人工知能研究者の黒川伊保子さん。そして脳の特性上、親が「ゴール指向型」に、祖父母が「プロセス指向型」になる傾向があるという。つまり、ここにきて祖父母のセンスが子育てのカギになりつつあるのだ。

 20世紀の子育ては「躾けて、いい子にすること」だった。親や学校、社会が(子どもにしてみれば)勝手にルールを決めて、ルールを順守できなければ頭ごなしに叱られる。私たちはそうやって育ったし、昭和生まれ世代の多くは、そんな幼少期を過ごしてきたのではないだろうか。おかげでこの世代は、「自己所有感」が低い傾向にあるという。

孫の親たちを見守る

孫の親たちを見守る pixabay
孫の親たちを見守る pixabay

    親は子にイラつくもの。だから、親はつい子どもの無邪気な質問を粗雑に扱ったり、遠ざけたりしがちだけど、祖父母はその傍らで、おおらかに受け止めればいい。幼児に人生コスト(時間、手間、意識、金)をかけ過ぎると、脳がヤバいと感じてイラつく親たちだけに、孫を任せておくわけにはいかない。というわけで、祖父母は基本、甘やかし役に回るべきだろう。その際、孫よりもっと甘やかすべき人―それが孫の親たちである。つまり孫の親たちに「自分時間」をつくってあげること。それが、孫育てに参加するための初期設定だ。

 世間体を気にし過ぎる親に育てられると、子どもの脳は「この世の主体は世間であって、自分はその一部分にしかすぎない」と感じる。このため、「いい子でないと存在価値がない」と思い込む。祖母たちは、母たちより少しだけ図々しくなれる。これを利用して、世間体を気にする親たちの緊張を少しほどいてあげたらどうだろう。親たちの自己所有感を取り戻してあげてほしい。

 躾も大事だけど、必要以上に世間を怖がらせることもない。もしも母親が神経質になっているようなら、時には祖母がちょっと図々しくなって、孫に「世間とは優しいものである」ことを知らせてあげたい(本来、世間がそのくらいの寛容さをもちたいところだが)。女性には本来、共感型回路を優先して、心の対話を展開しようとする本能が備わっている。なのに、今の日本の家庭では、家族の対話が問題解決方向に偏っている。理由は、日本の子育てが「ゴール設定」に満ちているから。ごはんをさっさと食べさせて、宿題をやらせて、風呂に入れて、翌朝、無事に送り出すという短期目標。試験に合格させるという中期目標。立派な大人にするという長期目標…。いくつもの目標が、母親の前に立ちはだかる。その問題解決の設定が本当に正しいものかどうか、慣習や思い込みで偏ってはいないかどうか検証してみてほしい。

 かくして「宿題やったの?」「学校どう?」「どうして、プリント出さないの!」という、問題解決型の対話だけで日々が過ぎ去り、いつの間にか子どもは大きくなって家を出てしまう。これは大きな課題で、大人になった我が子と楽しい会話ができない。子どもの家庭もまた、問題解決型に偏ってしまう。

祖父母は救世主になれるか

祖父母は救世主になれるか 筆者作成イメージ
祖父母は救世主になれるか 筆者作成イメージ

    赤ちゃんの親たちの多くは生殖能力最盛期にあたり、脳科学的には、彼らの脳はさらなる「遺伝子のバリエーション」を求めて次の生殖に向かっている。このため、脳が今目の前にある「1つの遺伝子セット」に人生のコストがかかり過ぎるのをよしとせず、幼児に想定より手がかかると、人生を奪われたような焦燥感を覚えるのだそうだ(参考文献:「孫のトリセツ」_黒川伊保子)。

 親は生殖期間に身を置いていて、生殖機会を増やそうとする本能から、1人の子どもに人生資源(時間、手間、意識)をかけすぎないよう脳がブレーキをかける。実は人類の生殖の大いなる仕組みによって、親たちの脳は子どもに冷静にはなれないようにできているのだ。本能的にゴール指向型(プロセスよりも成果を重視し、コストパフォーマンスを求める)回路が優先され、「合理的に育児をして、さっさと一人前にしよう」としてしまう。

 だから、つい躾けたり、教えたり、せかしたり、叱ったりして先へ先へと子どもを追い込む生き物なのである。まあそれもまた、子育ての大事な一面ではあるものの、人間の英知やセンスの種はプロセスのなかに潜んでいる。

 学校や社会では、否応なく成果を求められる。せめて家庭内では、プロセスを楽しめるくらいのホッとできる場があってもいいのではないだろうか。成果よりもプロセスを重視し、共感し合う「プロセス指向型」を優先させて、子どもに寄り添う人材が必要、それが祖父母だ。

孫のトリセツ 黒川伊保子
孫のトリセツ 黒川伊保子

    祖父母にとって孫がかわいいのは、他人だから。不穏な言い方だが、決して悪い意味ではない。生殖能力が働かない祖父母は、孫に多少手がかかろうが、腹から湧き上がってくるような焦燥感はない。聞いたことないだろうか?自分の子どもとは違う、このおっとりした感覚…、人はこれを“孫は無条件にかわいい”というのだ。生殖本能の働かない祖父母が、孫の親たちをうまくリラックスさせて孫の気持ちに寄り添い、孫の脳に一生ものの自己肯定感を構築してやること。親たちよりもおおらかに、ときに孫のいたずらを一緒に楽しむくらいのユーモアを。でもその前提に、祖父母と親の間の信頼関係は常備しておかなければならないだろう。

夢見るチカラ

 さて、今どんな英才教育を施すより、子どもたちの心理的安全性を確保しなければならないといわれる。子どもたちは、物事の変化が激しい未来、不確実性の高い世界を生きていくことになる。確実なのは夢見る力、「構想力」が必要だということ。そして、それを育むために、心理的安全性の確保が不可欠であることも。

<心理的安全性を確保する2つの原則>
(1)相手が話し始めたとき、いきなり否定しない。
(2)相手に話しかけるとき、ダメ出しから始めない

 否定もダメ出しも、もちろんしてもいい。ただし、いきなりはしない。ただそれだけで、いいのである。まぁこれが案外難しいのだが、子どもには「その存在を、丸ごと受け止めてくれる人」が要る。たとえ後ろ向きの発言をしても、がっかりされたり、叱られたりすることなく、まずは「そうか」「そうなんだね」「わかるよ」と受け止めてくれる人。それが祖父母というわけ。

 世間の目を気にして優等生を目指し、優等生を目指せない人を正す。いけないことはとことんゼロに均す。この国の気質は美しい。でもそのことが、21世紀を生きにくくしている。そしてそのことがまた、家族のストレスを生み出す元にもなっている。

 孫の両親が共働きで時間に余裕がなく、生活習慣が立て直せないときは、祖父母の出番だ。朝からしっかり出汁を取って、赤白合わせ味噌で、お味噌汁をつくってあげよう。離れて暮らしているのなら、手伝いに行ってあげてもいい。孫を預かってもいい。

AI時代の自己肯定感

 不登校や引きこもりへの対処は2つ。孫の生活習慣を見直して、自己肯定感を自噴させてやりながら、彼(彼女)の自己肯定感を削ぐ言葉から守ってやること。不登校に限らず、多くの“逃げる”人たちの脳では、自己肯定感が枯渇している。ここに祖父母の役割は大きい。

 自己肯定感の促進でいえば、何より大事なのが早起きだという。朝日が網膜に当たると、セロトニンの分泌が加速するからだ。セロトニンは、脳のメインアクセルにあたり、脳全体に信号がいきわたりやすくする脳内神経伝達物質である。セロトニンの分泌が加速すれば脳は素早く活性化され、ご機嫌で1日が始められることになる。そして、その活性状態が夜、メインブレーキのメラトニンが分泌されるまで続く。セロトニンが足りている脳はやる気を失わない脳だ。機能が滞りにくくストレスを感じにくいので、イライラしたり、キレたり、落ち込んだりせずにやる気をキープできる。充足感を覚えやすく、やる気が萎えない。セロトニンが、「幸福ホルモン」と呼ばれるゆえんだ。

朝日を浴びて朝ごはんを食べる unsplash
朝日を浴びて朝ごはんを食べる unsplash

    セロトニンの分泌は、日本の緯度だと9時台くらいまでの朝の光刺数によって加速するというから、朝日が網膜に当たってしっかり朝ごはんを食べることで、セロトニンは分泌される。ちなみに脳の鎮静をもたらし、眠りに誘うメラトニンは、セロトニンにミネラルの刺数が加わって変化することによってつくられるもの。つまり、上質の眠りも「早起き」がつくっているのである。メラトニンは網膜が暗さを感じたとき、ドーパミンとノルアドレナリンは身体を動かしたときに。しっかり寝て、早起きする生活習慣を続けることが、子どもたちの脳に自己肯定感を自噴させていくことになるのだ。

<息子のトリセツ>

①脳のエネルギー(血糖)が安定して供給されていること。つまり血糖値が低すぎないこと。
②信号が無駄に減衰しないこと。つまりコレステロール値が低すぎないこと。
③脳内ホルモンがしっかり出ていること。ビタミン、タンパク質がバランス良く摂取できていること。

 この3条件がしっかりそろっていれば、多少ぞんざいな育て方をしても「溢れる好奇心と、萎えない意欲と、思いやり」のある男子でいられるという。それが枯渇すれば「やる気がなく、だるそうにしていて、突然キレる」男子になってしまう。眠りは身体を休めると同時に、脳の進化の時間でもある。センスをつくり出し、記憶を定着させる。受験生の母が邁進すべきは、いかに勉強させるかではなく、「短い時間で、いかに効率良く寝させるか」である。

息子のトリセツ 黒川伊保子
息子のトリセツ 黒川伊保子

    やる気、好奇心、集中力、思考力、記憶力…これらはすべて脳内では電気信号(神経信号)にしかすぎない。その電気エネルギーの源は「糖」。糖は血糖として、消化器官から脳に届けられる。栄養が足りていなければ、脳は正常に動けない。

 暮らしにおいて大切なことは、自分自身の心の置場、心地良い場所に帰ってくる生活のリズムをつくることだ。その柱は食事である。いじめなどの深刻な原因に心あたりがなく、何となく不登校になったというケースでは、規則正しい生活による自己肯定感の自噴が、その事態を救うことが結構ある。早起きをして、ちゃんとした朝ご飯を食べる。それだけのことだけど、それが人間を人間たらしめる基本なのかもしれない。

<娘のトリセツ>

 娘をもった以上、男は妻を決してないがしろにしてはいけない。「未来の娘」に男性を信じる力と、明るい不屈の精神を授けてやるために。娘は「父が自分にしてくれること」のなかにではなく、「父が母にしていること」のなかに「男性像の理想」を見るのだ。娘に無邪気な幸せをあげたかったら、日常的に妻の悪口を言ってはいけない。大人の女性になった彼女と良い関係を築いていたかったら、将来良きパートナーを見分けられる目利きを身につけてほしいと願うなら、この家の一番は妻(娘にとっては母親)であることを、きっぱりと伝える。決して娘が一番ではないと、一番は奥さんなんだということ。

 寿司屋のカウンターに座るときも、夫は妻の席を決めて座らせて、その両側に子どもを座らせる。ファミレスでも妻を奥の良い席に座らせて、それから夫が座り、最後に子どもを座らせるべきなのだ。最近の父親たちは、「ほら〇〇ちゃん座って。パパはここね」と娘をまるでお姫さまか恋人のように扱っている。可愛いのはわかるが、娘ファーストになってはいないだろうか?すべて子どもファーストにしてはいないだろうか?席に座っていくタイミングは年配者から。子どもが先ではない。

 レストランに行って子どもを先に座らせるなんて行為は、欧米ではあり得ない。4歳くらいの男の子でも、先におばあちゃんが座り、母親が座るのを見届けてから自分が座る。男の子は、絶対に女性が座るまでは座らない。コンサート会場でも、女性の間でも、年上から先に座らせるから、若い女性は最後まで立っている。それは家族のカタチをつくるための、最初に父親が教えるべき大事なルールだ。子どもが先にワーッと走って行って、「ここに座る!」みたいなことを許してはいけない。そこに子どもたちを勘違いさせ、進む道を間違えさせてしまう闇が潜む。ちなみに男の子にとって、祖父は「男性像の原点」になる。父親とはまた違う、男同士の付き合いをしてくれる存在。

娘のトリセツ 黒川伊保子
娘のトリセツ 黒川伊保子

    父が息子を、大きくたくましく育てようと思ったら、息子を鍛えるより前に、妻をおおらかにしてあげる必要がある。男子の器の大きさは、母親が決めるからだ。男性脳は母親を脳の座標軸の原点にして、その世界観を広げていく。原点である母は、おおらかに、穏やかにそこにいればいい。妻は甘やかせていい。これは実は、息子や娘への連綿と続いてきた子育ての鉄則である。妻が明るく朗らかな家庭は、だいたいどこもうまくいく。そして策士な妻が、子育てを成功に導く。

 こんな動画を見たことがある。4人家族の何気ない日常の風景。若いお父さんが帰宅時、若いお母さんが「パパ~~!」と言ってリビングから玄関に向かって駆け寄り、ハグする。初めて見たその光景に、おもちゃで遊んでいた3歳ほどの女の子がママの真似をしてパパに抱きつく。それを見た2歳ほどの男の子がお姉ちゃんを追いかける。次の日も玄関のドアが開くや否や「パパ~~!」といってママが向かうと、その後をすぐ追いかけて2人の子どもたちはパパに飛びつく。やがて1週間もすれば、ママを置き去りに、むしろ子どもたちのほうが我先にパパを独占しようとする。そうやってお母さんは静かに身を引き、子どもたちと父親との距離を見事に縮めてみせた。こんな秩序を自然につくり出せる英知を見習いたいものだ。

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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