ノーベル生理学・医学賞受賞 坂口志文氏が発見した「制御性T細胞」とは

福島自然環境研究室 千葉茂樹

 6日の夕方、大阪大学特任教授坂口志文氏のノーベル生理学・医学賞受賞が決定した。
 「制御性T細胞」と聞いても、何のことなのかわからないと思う。簡単にお話ししたい。

制御性T細胞とは

 制御性T細胞とは、一言でいえば「免疫の制御装置(コントローラー)」である。

 私たちの生活環境には、体に害をなす微生物・ウイルスなどが取り巻いている。たとえば、パンを机の上に放置すれば、1週間もしないうちにカビが生えてくる。風呂場には、知らぬ間に黒カビが生える。このように私たちの体の周りは、敵だらけである。ヒトの体が風呂場と同じであれば、体中が黒カビだらけになる。そんななかで、ヒトは元気に生きている。それはなぜか。

 ヒトの体には、「免疫作用」、別の言葉でいえば、抗原抗体反応がある。「そんな難しい言葉は知らない」という方が多いと思うが、高校で一応学習している。面白くもない授業なので、覚えていないのだと思う。簡単にいえば、体のなかでは常に外から入ってくる敵「微生物・ウイルス・カビなど」を撃退しているのである。これがないとヒトは簡単に病気になってしまう。

 この免疫の1つに「キラーT細胞」がある。これは名前の通り「キラー」すなわち「殺し屋」で体に入ってきた敵すなわち「微生物・ウイルス・カビなど」を撃退する。だからこそ、ヒトは病気にならないのである。この免疫機能が極端に弱ったのが「エイズ(後天性免疫不全症候群)」である。エイズになると体中が「微生物・ウイルス・カビなど」に侵され、ひどい場合は肺にカビが生える。カリニ肺炎(現・ニューモシスチス肺炎)という。悲惨である。

 「キラーT細胞」の機能がバランスが取れていれば、ヒトは元気で病気にならない。ところが、働きが鈍れば病気になる。たとえばがんである。逆に働きが強ければ、過剰反応で病気になる。この例が「アレルギー」「アトピー」「花粉症」「リウマチ」などである。このように「キラーT細胞」の働きのバランスが重要である。

 本題の「制御性T細胞」である。上記のように「キラーT細胞」は、適度の働きが重要である。この「キラーT細胞」をコントロールしているのが、「制御性T細胞」である。「制御性T細胞」を車の運転に例えれば、「アクセルとブレーキ」であり、暴走しないように制御しているのである。

 なお、「制御性T細胞」の上位に指令を出している機関があるが、それは特定されていない。これからの研究テーマである。これらに対する筆者の考えは後述する。

坂口志文氏に学ぶべきこと

 記者会見で彼の発言を聞くと、学術学会では1980年代に「制御性T細胞は存在しない」が定説となっていた。ところが坂口氏は、「制御性T細胞は存在する」との信念を貫き通し、研究を続けた。彼の研究は困難続きで、定職にも就けず数年ごとに職場を変えたという。そんななかで95年に「制御性T細胞」の論文を発表した。

 坂口氏の驚嘆すべきところは、この逆境にもめげず信念を貫き、自らが求める研究を続けたことである。実にすばらしい。日本の研究者は、彼の研究を見習うべきである。また、各研究機関、日本政府もこのような「長期展望の研究」に資金を投入すべきである。

 現在、日本の研究者の多くは、目先の利益を追求し、短期的な成果を求める。この点に日本の研究の行き詰まりがある。著者も以前に指摘している(「新発見、磐梯山1888年噴火の遺構・遺物(後)」)。

東洋医学

 上記の「筆者の考えは後述する」を述べる。日本には、古来より東洋医学、すなわち「漢方薬」「鍼灸」などがある。私が子どものころ、50年代~70年代は、西洋医学すなわち合成医薬品が重視され、東洋医学は軽視された。この西洋医学は「対症療法」で即効性(すぐに効く)があった。だから、もてはやされた。

 これに対し、東洋医学は「根本治療」で、遅効性(効きが遅い)である。「鍼灸」は神経の急所「ツボ」の刺激により、電気信号が脳(コントロールセンター)に至り、脳から各種臓器の活性化が行われる。これにより、体の活性化が起こり、病気の改善が図られる。なお、神経の連絡は電子(-)の移動(電気信号)で、ツボの刺激により電気の+-が逆転し、これが脳に至り、刺激が認知される。

高麗人参    「漢方薬」は、植物・動物・鉱物から取り出した成分を組み合わせて薬をつくる。これは、分量の組み合わせ方で、効果が違ってくる。自然のものの組み合わせで、ヒトにも優しいと考えられる。なお、劇毒のトリカブトも生薬で、ごく少量で心臓の薬となる。ごく少量で薬、それより多ければ劇毒である。

 ヒトの体は、「神経系」と「化学物質(ホルモン)」でコントロールされている。「神経系」・「化学物質(ホルモン)」も、バランスが大切で、このバランスが崩れると、たちまち病気になる。上記の「鍼灸」は「神経系」、「漢方薬」は「化学物質(ホルモン)」のバランスを図るもの(正常に戻す)である。

体内のバランスが重要

 筆者の経験を話す。体内のバランスが崩れるとがんになる。

 筆者は、学会に学術論文を投稿している。福島原発事故の論文を投稿した際の話である。前年の学術学会の大会で、学術論文の投稿を依頼された。ところが、実際に原発事故の論文を投稿すると、リジェクト(掲載不可)が繰り返された。「福島第一原発事故後に見られた「黒い土」はなぜ高い放射線を出したのか?~原因を解明した論文が公開(後)

 実に理不尽な話である。通常は、投稿以外の原稿は無条件で掲載される。何らかの圧力があったとしか考えられない。こんなことがほかの論文でも繰り返され、筆者は精神的に不安定になった。当時を思えば、「心ここにあらず」であった。そのとき、ふと左手中指を見ると「ゴマ粒状のできもの」があった。このできものは日増しに大きくなり、ついには小豆大になった。皮膚科を受診すると「皮膚がん」との診断であった。2週間後に手術となった。こんな中、環境放射能除染学会に相談し、学術誌に掲載が決まった。すると、日々がんが小さくなり、ついには消失した。不思議な出来事であった。

 要するに、がんが発生するには、「大きなストレスが関与する」ということである。波状的なストレスにより、体内環境のバランスが崩れ、がんが発生した。そのストレスが消えたことで、がん自体も消えたということである。

 ヒトが正常に生きていくには、体内環境の維持(ホメオスタシス)が重要ということである。体内環境の維持は、すなわち各種のバランスが大切ということになる。今回の坂口氏の研究「制御性T細胞」も、「体内での免疫機能のバランスを図る」ということに終結する。今後は、「制御性T細胞をコントロールすること」による病気の治療が注目されることと思う。バランスを+(促進)に振れさせ「がん細胞の攻撃」、-(抑制)に振れさせ「過剰反応の抑制(アレルギー、臓器移植の拒絶反応、花粉症、リウマチなど)」に利用されると考えられる。

 突っ込んでいうならば、日常生活では「過剰なストレスを避け、バランスの良い生活を送ること」が大切ということになる。しかし、こんなストレスは日常生活では常に起きる。であるならば、私はそのストレスによるバランスの崩壊を元に戻す「鍼灸が注目される日が来る」と思っている。

 最後に、世の中は知らないことで溢れている。だから、それを一生かけて研究することが重要となる。


<プロフィール>
千葉茂樹
(ちば・しげき)
千葉茂樹氏(福島自然環境研究室)福島自然環境研究室代表。1958年生まれ、岩手県一関市出身、福島県猪苗代町在住。専門は火山地質学。2011年の福島原発事故発生により放射性物質汚染の調査を開始。11年、原子力災害現地対策本部アドバイザー。23年、環境放射能除染学会功労賞。論文などは、京都大学名誉教授吉田英生氏のHPに掲載されている。
原発事故関係の論⽂
磐梯⼭関係の論⽂
ほか、「富士山、可視北端の福島県からの姿」など論文多数。

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