政治と市場のはざまで日本の現在地を読む 元横浜市長が語る構造改革と次世代への責任
前参議院議員 元横浜市長 中田宏 氏

市場や業界の知識だけでは、いまの経営は回らない──。元横浜市長で国政も経験した中田宏氏は、全国で若い経営者と学ぶ勉強会を続け、政策・国際情勢・金融市場まで含む「経営環境」の読み解きがトップの責任だと説く。人口減少社会に直面する日本が避けて通れない道州制やDXの課題、さらには自動運転に象徴される社会実装の壁まで。政治と市場、行政と現場の双方を知る立場から、日本が次の世代へ引き継ぐべき構造と覚悟を中田宏氏に聞いた。
(聞き手:(株)データ・マックス 代表取締役社長 緒方克美)
若い経営者との勉強会 活力と次の世代へ
──中田さんは全国で若い経営者との勉強会を企画されていますが、その意義について教えてください。
中田宏氏(以下、中田) 経営を考えるとき自分の専門領域、たとえば市場(マーケット)や業界のことについて学ぶのは、ある意味で当たり前で、皆さんやっているはずです。ただ、私が企画する勉強会の趣旨としていつも言っているのは、それだけでは経営は回らないということです。会社が大きくなればなるほど、まず従業員や社員の皆さんは、会社の経営方針のなかで仕事をしていくことになります。会社には理念があって、中期的な目標があって、さらに今年度の目標がある。そうした枠組みを経営陣がつくって、共有する。だからこそ、社員の皆さんは安心して仕事ができるわけです。
一方で、経営者とりわけトップである社長は、その方針を示す側です。中期的に何を目指すのか、短期的に今年度どうしていくのか。これは世の中の動きと切っても切り離せません。そのことを知らずに年度目標だけを立てても、場合によっては精神論になってしまいかねないところがあります。また、世の中にはトレンドもあります。たとえば、政府の政策面での方向性としての法整備の動きなども大きく関係してきます。さらには、世界の国際情勢があって、そこから派生してくる変化もある。こうしたこと全体が経営やビジネスをしていくうえでの「環境」になっています。
ですから、経営者はその環境を積極的に学ぶこと、常に関心を払うこと、そのうえで自分たちはどうするのかを決めていく、広い視野に基づいた経営判断が必要です。そういう意味で、私は若い経営者たちとの勉強会を企画しています。私自身が目指していることもまず第一に、どんな立場にあっても、日本社会を活気ある、活力ある社会として次の世代にしっかり引き継いでいきたいということです。そのために、経営者の皆さんと一緒に考え、取り組んでいきたいと思って、この勉強会を続けています。
高市政権の積極財政 戦略分野と市場の反応
──高市政権は経済政策として積極財政を表明していますが、これについてどう考えますか?
中田 これはまさに、比較的短期的に前面に出てきたテーマだといえると思います。積極財政ということでいえば、これから先、国の予算のなかでどの分野に政府需要が生まれるのか、あるいは補助金などの政府支援策がどこに出てくるのかという点は、すでに業界ごとに見え始めています。
とくに「戦略分野」と呼ばれている17分野、なかでも半導体、AI、量子技術、造船、宇宙・航空分野、資源安全保障などが代表的なものです。こうした分野は、今後、政権としても重点的に力を入れていく領域になります。その重点化の結果は一番わかりやすいかたちで、たとえば株価として表れると思います。実際、その動きはかなりビビッドに出てきますよね。
たとえば半導体でいえば、九州では熊本が象徴的です。熊本の経済全体を見ても、製造業だけでなく、飲食、物販、人材派遣など、さまざまな分野に波及していきます。そうした意味では、今の積極財政は、直接的にも間接的にも、地域経済や企業活動に影響を与えているといえます。
加えて、日銀が金利を引き上げたことによって、企業の借り入れ環境にも変化が出ています。金利が上がれば、当然、財務や資金調達の考え方にも影響が出てきます。積極財政と金融政策、その両面をセットで見ていく必要がある局面にきていると思います。
国債と通貨の信認とマーケットのサイン
──積極財政が進められるとなると、政府支出の拡大とそれを賄う国債の増加が避けられません。その場合、日本国債や日本円(通貨)が、どこまでであれば市場から信認を保つことができるのかという問題に行き着くと思います。結局、国債や通貨が信認を失うラインを、どのように見ていますか。
中田 国債や通貨の信認を保てる「ボーダー」というものは明確に決まっているわけではないというのが正直なところだと思います。もし一国の首相や日銀総裁が「日本の財政は将来永遠に大丈夫だ。だから円はいくらでも発行するし、国の債務なんて気にしない」と公言したら、それはもう完全に一線を越えるでしょう。その時点でマーケットは「これはおかしい」「狂っている」という反応になると思います。
しかし、そのボーダーが論理的に、あるいは数値で明確に示せるかというと、そうはいえないのが現実です。たとえば、ある政権になる前は国の債務を名目ベースでカウントしていたのに、政権が変わって実質ベースで見るようになったとしても、それだけで直ちにレッドラインを越えたとはいえません。
とはいえ、マーケットというのは、何かが決定的におかしくなった瞬間にいきなり暴れるわけではありません。そこに至るまでの間に、必ずいろいろなサインを出してきます。金利であったり、為替であったり、株価であったり、そうしたかたちで兆しを示すのがマーケットです。ですから、そのサインを見ながら、国としても考えなければいけないし、それと連動するかたちでビジネス側も対応を考えていかなければならない、ということだと思っています。
──20年くらい前から、いずれハイパーインフレになるという論をずっと唱え続けている人もいます。
中田 そうですね。実は私自身も、国の債務を考えたときに、「このままではそんなに長くはもたないのではないか」という議論をしてきた1人です。一方で、積極財政を主張する人たちは「いや、まだ大丈夫だ」という立場を取っています。
私はあるとき、とある高名な経済評論家に「債務がずっと増え続けるわけにはいかないですよね」と聞いたことがあります。そうしたら「それはずっとは無理だよね」と認めたうえで、「じゃあ、いつまでですか」と聞くと、「日本はこれだけの資産、金融資産をもっている以上、まだ大丈夫」という話でした。
経済の専門家や政策関係者のなかでも、見方や見識はだいぶ違います。その違いを踏まえながら、マーケットの反応を見続けていくしかない、というのが現実だと思います。
人口減少社会を支える 道州制、DX…、外国人?
──コロナ禍で中央集権がうまく機能しない場面も見られました。地方分権や道州制の議論がもっと出てくるかと思ったのですが、あまり聞かれません。その点はどう考えますか。
中田 本当に「道州制」という言葉自体、ほとんど聞かなくなってしまいました。しかし、今や日本人の人口減少はついに年間90万人規模に突入しました。90万人というと、和歌山県や秋田県を超える規模で、それぐらいの県が毎年1県減っているようなものです。それでも10年後、20年後も47都道府県体制のままでいいのかといえば、これはどう考えても、より非効率になっていくと思います。私は道州制に移行すべきだと考えています。
広域行政は「道州」で担い、より生活に近い部分は市町村が担う、そうした二層構造にしていくべきです。実は、つい最近もその話をしたばかりなのですが、日本が縮小していけばいくほど、国に頼る補助金や助成金、交付金への依存が、今の仕組みのままでは強まってしまっています。
「都道府県をなくす」というと、当然、大きな反発が起きます。ただ、その反発を恐れて、政治の側が「これは必要な改革だ」と明確に腹をくくれていない。だから、いつまでたっても進まないのだと思います。人口減少社会に本気で向き合うのであれば、行政のかたちそのものを変える議論から逃げてはいけないと感じています。
──日本人が減少する一方で、外国人労働者が年間で30万人以上増えていますが、その点はどう思いますか。
中田 働き手が減っていくなかで、それをすべて「人」で賄おうとするのであれば、どう考えても外国人労働者を増やすしかありません。それはもう現実的な帰結だと思います。
しかし、私は「人」を増やすことが唯一の道だとは思っていません。どうしても人間がやらなければならない仕事ならともかく、それ以外はできる限り人間以外に任せていくべきです。それはIoTやDXを導入して必要な人の手を減らしていくことです。そうした仕組みを徹底的に導入していかない限り、結局は外国人の受け入れを増やす以外に選択肢がなくなってしまいます。
「外国人比率が10%を超えると社会は不安定になる」という議論もありますが、このまま何も手を打たなければ、日本社会そのものが取り返しのつかない状態になりかねません。だからこそ、発想を根本から切り替えなければいけないと思っています。
──人手不足が叫ばれるなかで、働き方改革によって労働時間が一気に減ってしまいました。
中田 働き方改革については、残業時間の上限をどうするのかという見直しを、今の政権で改めて議論していこうという話になっています。働き方改革は安倍政権で進めてきたわけですが、同じ人員で残業を明確に制限したうえで利益を出そうとすれば、これはもう生産性を上げるしかありません。そのためには、DXをしっかり進めること、あるいは働き方そのものや業務の仕組みを見直していくことが必要になります。そこについて来られない企業や組織は、市場から退出していく、ある意味でそうした前提を置かざるを得ないということだと思います。
結局のところ、日本にとっての最大の課題は、「人が少なくても成り立つ社会をどうつくるのか」ということであり、それは同時に日本にとって最大のチャンスでもあります。ところが、現状として日本はそのチャンスをまったく生かすことができていません。
たとえば、自動運転のバスが、なぜ日本でなかなか実現しないのか。技術的には充分それだけの力を持っているにもかかわらずです。一方で、アメリカや中国では、すでに無人タクシーが走り始めています。日本社会がこれから成立していくためには、人が減っても回るビジネスや経済構造をつくることが決定的に重要になってきます。
日本社会の「潔癖さ」社会実装の壁
──自動運転が社会実装されない背景として、日本では、もし1回でも事故が起きればすべて止まってしまいます。
中田 実際には、事故が起きてからではなく、起きる前の段階で止めてしまうのが日本の現実です。「事故が起きたらどうするんだ」「責任は誰が取るんだ」という議論が先にきてしまう。人が関わる以上、小さなミスや事故は必ず起こります。それに対する社会的な寛容さが、日本は非常に乏しいと感じます。その結果、行政組織にも、政治家にも、攻められることへの耐性がない。批判を受ける前提で物事を進める体制ができていません。
たとえば、私が横浜市長だったころの話ですが、バス停に広告を導入したことがあります。あのときは国土交通省から「だめだ」「けしからん」「ふざけるな」と、相当強く言われました。当時は「法律違反だ」「公共性に欠ける」とも批判されましたし、ネーミングライツについても、「市長が行政資産を勝手に処分している」といった声が挙がりました。
さらに、行政のさまざまな文書に広告を入れることについても、「行政が特定の業者に肩入れしているのではないか」という批判を受けました。それでも、挑戦しなければ前に進まない。私はそう思って、あえて踏み切ったわけです。
将来への投資の実現はトップの責任で進める
──自動運転の事故などが起きた場合、日本では感情的な反応ですべてを停止してしまいます。論理的に考えるべき未来の問題についても、常に感情的な反応で押し切られていますのです。このような日本の現状は、今後、変わっていくでしょうか。
中田 これはトップが腹を据えて説明するしかありません。こういう未来の問題についてトップがいうべきことは、「事故は起きるかもしれません。できる限り最小限にはしますが、それでも起きる可能性はあります。ただ、そうしたリスクを取らなければ、技術は前に進みません。だからこそ、あらかじめご理解とご協力をお願いしたい」ということです。これくらいのことを正面からいわなければなりません。
高齢社会になれば社会保障費は増えていきますし、少子化が進めば働き手は確実に減っていきます。こうした現実に対して、人に代わる仕組みを世界に先駆けて実装できれば、その技術や制度、さらには保険の仕組みなども含めて、世界に展開できる可能性が出てきます。
ところが、今の日本はそうなっていない。このままだと、結局は海外の技術やサービスにやられてしまうと思います。ETCがいい例ですよね。技術そのものは日本のほうが先に進んでいたのに、実際に社会実装したのはアメリカのほうが早かった。「失敗したらどうするんだ」「責任は誰が取るんだ」という議論が圧倒的に強いから、前に進めない。そこが大きな問題だと思います。
地方創生と補助金 権限と財源は「道州」に
──「地方創生」が合言葉になって久しいですが、現実には平成の大合併後、吸収された旧自治体地域の衰退は激しく、また地方創生事業ではコンサル会社が補助金を取っていく現状があります。
中田 国が地方に対して補助をする方法が常に「一律」であることが効果を生まない要因となっています。国の地方創生策はいつも「一律に補助する、だから一律のルールのなかでやれ」という話になります。しかし、市町村はそれぞれ条件も事情も違います。地方創生のお金の使い方を全国一律でやろうとすること自体、そもそも無理があるわけです。
そうではなくて、結果を出したところに、さらにお金をつけていくべきだと思います。たとえば、出生率が上がったとか、要介護度が改善したとか、そうした具体的な成果が出た自治体には、どんどん資金を回す。本当に良い事例には、さらに支援を厚くする。地域の実情を自治体自身で考えて効果的な策を打つように促し、競わせなければ、地方は元気になりません。
だからこそ、道州制にしたほうが良いのです。なぜ、ここまで全部を国が決めているのかと思います。たとえば保育園1つを取っても、保育士の数から園庭の面積まで、すべて全国一律です。国がお金を出す以上、全部一律になる仕組みになっている。でも、園庭の広さが地域によって違ってもいいはずですし、地域の人たちが一緒になって支える保育があってもいい。もっと地域に近いところに権限を下ろすべきです。それをお金の分配においても権限においても担う単位が道州だと思っています。
もちろん、安全保障やマクロ経済は国が担うべき分野です。ただ、生活に密着した分野まで国が細かくやる必要はない。その問題意識が、私のなかには根底としてあります。
【文・構成:寺村朋輝】
<PROFILE>
中田宏(なかた・ひろし)
1964年生まれ。青山学院大学経済学部卒業、松下政経塾を経て、1993年衆議院議員初当選。以後、連続3期当選。2002年から横浜市長2期。12年衆議院4期目。22年4月参議院議員当選。24年環境副大臣兼内閣府副大臣に就任。








