イトキュー、創立50周年記念祝賀会を盛大に開催

 2月13日、福岡県糸島市に本社を置く物流企業・(株)イトキュー(代表取締役:中原理臣)は、創立50周年を記念する祝賀会をホテル日航福岡にて開催した。約230名の関係者が出席し、同社の半世紀にわたる歩みを振り返るとともに、次の100年に向けた決意を共有する場となった。

全国から約230名の関係者が出席した
全国から約230名の関係者が出席した

トラック1台から始まった半世紀の軌跡

 祝賀会冒頭では、九州大学の学生が制作した約18分間の記念映像が上映された。創業者である中原俊喜会長(80歳)が、1975年(昭和50年)にトラック1台から事業をスタートさせた当時の様子や、農業経営から物流業への転身の経緯が詳しく紹介された。

 映像のなかで中原会長は、「父から500万円を借りてダンプカー1台を購入したのが始まりだった。自分が農業をしていたからこそ、生産者の気持ちがわかる。つくった人の思いを込めて、お客さまに届けることが私たちの使命」と創業時の思いを語った。

 同社はとくに花き(花卉)輸送に特化し、「花と緑」という統一ブランドで全国展開をはたした。中原会長は視察で、エアサスペンション(空気式サスペンション)技術と出会い、振動に弱い花を遠方まで安全に輸送する技術の開発に取り組んだ。自社で3年間のテスト運用を経て、この技術を全国の花き物流業界に広めたことでも知られている。

感動のサプライズと関係者からの祝辞

 式典のハイライトは、中原理臣社長から創業者である両親へのサプライズとなる感謝の言葉だった。中原俊喜会長と菊枝夫人を壇上に招き、「この50周年はすべての節目が重なっている。会社創立50年、私が二代目として引き継いで15年、母77歳、父80歳、そして両親の結婚記念日55年」と述べ、会場は温かい拍手に包まれた。

 中原会長は「今日のサプライズは思いもしませんでした。皆さんの応援でこのような会社ができたことに、本当に感謝申し上げます」と感極まった様子で語った。

 式典では、長年取引のある三坂園芸の三坂廣明氏が乾杯の音頭を取り、「中原会長ご夫妻がトラック1台から始めた事業が、今日の発展の礎。また、2011年の東日本大震災の際、中原社長(当時は社長ではなかった)が自ら飲料水を満載したトラックで被災地に向かった姿は、今も忘れられない」と同社の貢献を称えた。

 祝辞を述べた日本植物運輸(株)の柏村勇太氏は、「同じ花き運送業を営む者として、日々勉強させてもらっている。物流2024年問題で業界は大きく変わっているが、運送会社同士が協力し合う時代の中心にいるのが中原社長だ」と同社のリーダーシップを評価した。

 また、西日本シティ銀行糸島支店の柿本剛憲支店長からは、「糸島という地域から福岡全体、そして日本全体へと、イトキューさまの元気を広げていっていただきたい。希望の会社として、これからも全力で応援させていただく」との祝辞が寄せられた。

地域とともに歩む次の100年へ

 中原理臣社長は挨拶のなかで、「糸島は第一次産業の街。つくる人がいる限り、私たちには運ぶ使命がある。これからの100年に向けて、地域のために全力で取り組んでいきたい」と決意を表明した。

 同社は花き輸送だけでなく、近年は観光バス事業にも進出。地域のスポーツチームの専用バスを手がけるなど、事業の多角化を進めている。

 祝辞を述べた福岡県花卉農業協同組合の笠文樹代表理事組合長は、「2024年問題(物流業界の労働時間規制)により、業界は危機的状況にある。生産者、市場、物流業者が手を取り合わなければ、花き業界の未来は厳しい」と指摘し、業界全体での連携の必要性を強調した。

 中原社長は「思いを運ぶということだけは絶対に揺れない。これからもしっかりとそこに向き合って、成長していきたい」と締めくくり、100周年に向けた新たなスタートを切った。

 会場には約230名の生産者、取引先、金融機関関係者などが集まり、祝花や祝電も多数寄せられた。昭和、平成、令和の3時代を駆け抜けてきた同社の歴史と、地域に根差した物流企業としてのたしかな歩みが、改めて関係者の心に刻まれる祝賀会となった。

右から中原理臣社長、俊喜会長、菊枝夫人
右から中原理臣社長、俊喜会長、菊枝夫人

【児玉崇】

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