熊本市長 大西一史 氏

元気を取り戻した10年
──熊本地震の発生から10年になりますが、振り返ってはいかがですか。
大西 思えば10年前に突然襲ってきた2度の震度7の地震により、熊本は壊滅的な被害を受けました。ですが、ありがたいことに、福岡をはじめ全国の皆さまからのご支援をいただきながら、震災後の復旧・復興にあたってきました。非常に困難ななかではありましたが、市民の皆さまがともに助け合いながら、多くの支えによって前を向いて力強く歩み続けてこられた、希望を見出せた10年だったと感じています。
そしてこの10年間、ハード面での復興以上に、私がとくに力を入れてきたのがソフト面での防災力強化です。たとえば、震災直後に市内の避難所では、混乱が生じたところもあれば、スムーズに運営できていたところもあります。混乱が生じたところでは、避難者の方々が自分たちを“お客さん”という意識で行政に過度に依存していた一方で、うまく運営できていたところは普段からお祭りが盛んなど地域のコミュニティがしっかりとしていて、避難者の方々も“自分ごと”として主体的に関わるという明確な違いがありました。
もともと熊本市は、政令指定都市のなかでも自治会への加入率が高い都市だったのですが、この“地域のつながり”をさらに強化していくため、震災後は市内すべての小学校区に「校区防災連絡会」を設立したほか、指定避難所ごとの「避難所運営委員会」の組織化も約96%まで進めました。また、2022年には「熊本市防災基本条例」を制定し、震災の記憶を風化させないための教育や訓練を継続する体制を整えています。地味な取り組みかもしれませんが、こうした地域のつながり、コミュニティを再構築できたことこそが、この10年間の大きな成果だと自負しています。
そして現在、熊本市の人口は社会増の傾向にありますし、隣接する菊陽町へのTSMC進出もあって、非常に勢いがあります。震災や水害、そしてコロナ禍などの厳しい局面が続きましたが、それらを乗り越えて、ようやく元気な熊本を取り戻せた10年だったと思います。
都市機能充実も、交通に課題
──現在の熊本市の強みについては、どのようにお考えですか。
大西 やはり強みとしては、政令指定都市としての都市機能と、豊かな地域コミュニティや自然が共存しており、生活者にとっても観光客にとってもバランスが良い都市であることが挙げられます。
たとえば、本市では私が市長に就任後、16年度には待機児童ゼロを初めて達成し、その後も、毎年ほぼ待機児童ゼロを継続しているほか、18年からの5年間の合計特殊出生率は政令指定都市で1位となるなど、子育て環境については一定の評価をいただいています。また、インフラ面では、JR熊本駅周辺の大幅なリニューアルや桜町の再開発が完了し、市中心部の賑わいが増しています。医療環境も充実しており、人口10万人当たりの医師数も指定都市のなかでは上位に位置しています。
そうした都市機能が充実している一方で、熊本城をはじめとする文化・観光資源も豊富ですし、政令指定都市でありながらも豊かな自然環境に恵まれており、農業産出額は政令指定都市のなかでトップクラスです。また、全国的な渇水が続いていますが、本市は地下水で市民生活を100%賄えるほど豊富な水資源を有していることで、幸い水不足とは無縁です。
さらに現在、TSMCの進出によって、若い人たちが世界的な企業を相手に働く選択肢が増えました。熊本がアジアの先端拠点へと押し上げられる大きなきっかけとなっています。今後、TSMC は7兆円規模の投資を予定しているそうで、さらに大きな経済波及効果がもたらされることを期待しています。
──その一方で、熊本市が抱える課題は何でしょうか。
大西 最大の課題は、何といっても交通渋滞でしょう。本市の交通渋滞は、三大都市圏を除いた政令指定都市のなかでワースト1と言われるほど深刻です。これについては現在、木村敬・熊本県知事と私とのトップ会談を通じて、県と市とが密接に連携しながら対策に取り組んでいます。県と市とが一丸となって取り組むことで、国への訴求力も高まりますし、全国的にも珍しいものだと思います。中長期的には国や県とも連携しながら、高規格道路などの道路ネットワークの整備を進め、市の中心部から高速道路ICまで約10分、熊本空港まで約20分で結ぶ「10分・20分構想」の実現に向けて取り組んでいるところです。
また、福岡などの大都市に比べると、公共交通が脆弱なのも課題です。これについては、市電の3両連結車両の導入のほか、バス事業者との連携についても進めていますが、まだ道半ばの状況です。さらに、自動運転の実証実験を行っているほか、地味ではありますが、交差点の改良なども進めています。さらに、ソフト面の対策として、経済界と連携して 1 万人規模のオフピーク通勤を呼びかけています。今後も、道路ネットワークの構築と公共交通の利用促進などに取り組み、渋滞緩和に努めていきます。
教育と防災の拠点都市に
──最後に、大西市長が目指されている熊本市の将来像についてお聞かせください。
大西 私は、「誰もが憧れる上質な生活都市くまもと」を実現したいと考えています。それは、単に贅沢な暮らしの実現を目指そうというものではなく、多様な価値観を満足させながらも、格差が広がらないよう留意し、さらにはそこで暮らす市民の方々に孤独を感じさせないようなまちのことです。先だって、私はアメリカ・ワシントンD.C.で開催された「全米市長会第94回冬季会議」に招待された際、サンフランシスコやポートランドなどの現状をうかがう機会を得ました。そこでは、急激な経済発展の陰で不動産価格が高騰し、深刻な格差が生じて治安が悪化しているほか、フェンタニル中毒といった薬物問題も発生するなど、「都市のバランスが崩壊」しています。今後、熊本が発展していくなかで、こうした格差や歪みを生じさせてはならないと強く感じました。
そのためにも、熊本を「九州の教育拠点」として発展させていきたいと考えています。現在、TSMCの進出もあって優秀な研究者が熊本に集まってきていますが、初等教育から高等教育までを充実させ、AIや半導体といった新技術に携わり、イノベーションを起こせる人材を育成できる環境を整えていきます。また産業面では、スタートアップ支援に加え、農業のDX化や若者の就農支援など、地域経済を支える新たな産業を創出し、若者が定着できる環境をつくっていきます。そして、熊本市だけが発展するのではなく、「熊本連携中枢都市圏」として近隣自治体と手を携えながら共生を図り、行政サービスを維持・強化していくことも重要です。
私は現在、九州市長会の会長も務めていますが、九州は自然災害の多い地域です。熊本地震の経験を生かし、九州全体で助け合えるネットワークを構築しながら、熊本が九州の防災を牽引する都市として発展していけるよう、尽力していきます。
【坂田憲治】
<プロフィール>
大西一史(おおにし・かずふみ)
1967年12月、熊本市出身。日本大学文理学部卒業後、日商岩井メカトロニクス(株)での勤務を経て、94年11月に内閣官房副長官秘書となり、97年12月に熊本県議会議員に初当選。県議を5期務めた後、2014年11月に熊本市長に初当選。現在、3期目。

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