国貿促の訪中の狙いと中国側の出方(後)

国際未来科学研究所
代表 浜田和幸 氏

 トランプ大統領が中国の動きを察知して日本に突きつけた「訪中前の日中独自交渉の禁止」という趣旨の警告の背景とはどんなものでしょうか。何と言っても、警告の核心は「米中合意」を乱す独自行動の抑制にあります。中国が日本に資源供給や市場開放を餌に「日米離間」を図っていることに対し、トランプ氏は「米国が中国と決着をつけるまで、日本は余計な動きをするな」と釘を刺しているのです。

対米投資で信頼維持を図る高市政権

 トランプ氏の警告に対する、高市政権の対応とリスクはどのようなものでしょうか。「お土産」による信頼維持が最大のリスク回避策です。高市首相は、トランプ氏の不信感を払拭するため、約87兆円(5,500億ドル)規模の対米投資計画(次世代原発SMRの建設等)を「お土産」として提示し、日米の結束をアピールせざるを得ない状況にあります。

 とはいえ、板挟みのジレンマにも直面しています。日本側としては、トランプ氏が中国と「日本の頭越し」に経済的利益のみで合意してしまうことを防ぐため、米国と足並みをそろえつつも、中国からの実利的な提案をどう扱うか、極めて難しい舵取りを迫られています。

米中ディールが招く
「日本排除」の構図

 『米中半導体・相互供給協定』の本質は、トランプ大統領が「理念(安全保障)」よりも「実利(米国の雇用と利益)」を優先し、日本を「防波堤」として使いながら、自国だけが中国と直接ディールを結ぶという点にあります。

 協定には衝撃的な内容が含まれています。日本排除の構図に他ならず、米国と中国が互いの「急所」を融通し合うバーター取引が検討されている模様です。米国から中国へは「先端チップの解禁」が交渉材料になります。トランプ政権はすでに2026年1月、米政府が売上の25%を徴収することを条件に、エヌビディア(Nvidia)製の先端AIチップ「H200」などの対中輸出を一部解禁しました。

 中国から米国へはレアアースの安定供給が交渉材料です。中国は、対抗措置として日本に対しては強化しているレアアースや重要鉱物の輸出管理を、米国向けに限り「優先的・安定的な供給」を保証する提案を行っているほどです。こうした動きは日本にとっての「二重の打撃」となりかねません。日本がこの合意から排除されることで、甚大なリスクが生じます。

 最も懸念されるのは、資源の「兵糧攻め」でしょう。中国は日本に対してレアアースの輸出管理を強化し、自動車や半導体産業を締め付けています。米国が中国から資源供給の確約を得ることで、日本だけが資源不足に取り残される「ジャパン・パッシング」が現実味を帯びてきます。

 市場の「締め出し」も懸念されます。日本が米国の要請に従って実施している対中半導体製造装置の輸出規制は、日本企業(東京エレクトロン等)の収益を圧迫しています。一方で米国が自国のチップ販売を解禁すれば、日本だけが「損」を引き受ける不公平な構造が定着する恐れが現実化しそうです。

 忘れてならないのがトランプ流ディールの「冷徹な論理」でしょう。トランプ氏は、日本に対し「中国への輸出をさらに厳しく規制せよ」と圧力をかける一方で、自身は習近平氏と握手し、米国の利益を最大化する「貿易休戦」を狙っています。

 高市首相は、この「日本の頭越しに行われる米中接近」を食い止めるため、3月の首脳会談で巨額の対米投資を提示しましたが、トランプ氏は依然として「最高の結果(ベスト・ディール)」を求めて北京へ向かおうとしています。

日本が進める経済安保の多角化

 5月のトランプ訪中による「米中手打ち」の動きを受け、高市首相が極秘裏に進めているのが、米国に過度に依存しない「経済安全保障の多角化」戦略です。米国が中国と資源や市場で独自のディールを結ぶリスクに備え、日本が「技術の要衝」としての地位を確立するための具体的な生き残り策は以下のようなものです。

 第1が「日台・先端半導体製造拠点」の要塞化です。トランプ政権が台湾防衛のコストを天秤にかけるなか、日本は台湾(TSMC等)との連携をさらに深化させ、世界が日本抜きでは立ち行かない構造をつくります。「TSMC第3・第4工場」の先行誘致です。熊本での成功を背景に、より先端な2ナノ以下のプロセスや、AIチップに不可欠な「先端パッケージング(CoWoS等)」の拠点を日本国内に集約。米国へ供給するチップの「製造工程の急所」を日本が握ることで、対米交渉力を維持します。

 第2が「日欧・次世代露光装置」の共同開発です。米国の輸出規制の影響を受けやすい米国製部材を排除した、日本と欧州(オランダ・ASML等)による「脱米国」のサプライチェーン構築を模索しています。キヤノン・ニコンと欧州勢の連携も視野に、次世代の「ナノインプリント」技術やEUV関連部材において、欧州諸国と技術規格の統一を目指しています。米国が中国と勝手に和解しても、日本と欧州が「次世代の製造装置規格」を主導することで、米中双方に対して不可欠な存在であり続けることが狙いです。

 第3が「日豪印・重要鉱物(レアアース)独自網」の完成です。中国が米国にだけ資源を優先供給する事態に備え、日本主導で「非中国・非米国」の資源ルートを確立します。QUAD(日米豪印)を「日豪印」で実質運用する案です。米国が内向きになるなか、日本が資金を出し、オーストラリアやインド、ベトナムでの精錬施設建設を加速。中国の「資源の武器化」を無効化する独自の供給網を、米国の頭越しに強化します。

 高市首相の狙いは、トランプ大統領に対し「日本を排除して中国と組むなら、米国も先端チップや重要インフラの維持ができなくなる」という「相互確証破壊」的な経済抑止力を突きつけることにあります。

(了)


浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。

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