中道離党の亀井亜希子前衆院議員が立憲復党──枝野幸男・元立憲代表も立憲合流棚上げ発言
島根1区で中道改革連合から出馬するも落選した亀井亜希子・前衆院議員が5月12日、4月22日付の中道離党届が承認され、立憲民主党島根県連に復党する考えも明らかにした。自身のX(旧・ツイッター)で「当初の説明と異なり立憲は存続しているので、元々私が立ち上げた島根県連に戻りたいと思います」と発信する一方、次期総選挙にも挑戦したい意向も表明したのだ。
落選直後から亀井氏は「何らかのタイミングで立憲に戻りたい」と述べるなど中道からの離党を当時から示唆。Xでも「私は枝野さんがつくった立憲が好きでした。結党して1人有楽町でマイクをもった。あのときの演説を島根からYouTubeで観て、この党に入りたいと思いました」と立憲復党への思いを滲ませていた。
追い風になったのは、立憲幹部の合流慎重論。水岡俊一代表は4月17日のネット番組で「中道に合流しないのも選択肢」と述べ、早期合流を求める中道や公明との温度差が露呈。結局、来年春の統一地方選以降までは合流しないことにもなり、亀井氏は存続する立憲に復党することが可能となったのだ。
これに呼応する合流棚上げ発言が、立憲創立者の枝野幸男・元代表から4月29日に飛び出してもいた。新潟4区で落選した米山隆一・前衆院議員との新潟県長岡市での対談で、中道大惨敗の衆院選について聞かれた枝野氏は、当時決まった合流方針について次のように批判した。
「あのとき、『(立憲と中道と公明が)一緒になりますと言って約束したのだから』という話で、ちゃんとした議論も整理もなく、『ただ一緒になればいい』という話は僕はないと思う」「『あのときに約束したのだから、ちゃんと守らないとダメではないか』という思考停止で合流することはありえないと思っている。本当にそれが良いことか、国民にとってプラスなのかということをちゃんと真面目に議論をしないといけない」「自治体議員にも相談もなく勝手に決めたことなのだから、自治体議員や党員の意向を聞いて、その人たちの意向に従って(合流の可否を)決めるべきだと思う」
この枝野発言は「合流しないのも選択肢」と述べた立憲の水岡代表へのエールであると同時に、早期合流を求める中道の方針に異議申し立てをしたといえるのだ。
しかも枝野氏は2月28日、地元大宮でのオープンミーティングでは後悔の念をこう吐露していた。
「(新党結成について)私は何よりも、当時の立憲民主党として手続きについて徹底した検証と反省が必要だと感じている。時間がなかったとはいえ、党員・サポーター・パートナーズの皆さまや自治体議員の皆さまにすら、意見を聞く機会のないまま、走ってしまいました。草の根の民主主義を訴えて結党した立憲民主党として許されることではない。お詫びの言葉がない」
立憲創立者としての懺悔の言葉といえるが、草の根民主主義政党として許されないことをしたと枝野氏は悔やみ、遅ればせながら党員や地方議員の意向を聞いて合流の可否を決めるべきと訴え始めたのだ。
亀井氏も当時をこう振り返る。「創立者の枝野さんが一番、立憲に対する思いが強いはずだから『新党結成は納得がいかない』ということであれば、中道に行くのは止めようと思った。それで『本当に合流してしまっていいのでしょうか』というメールを出しました。返事は『合流やむなし』でした」(亀井氏)。
新党結成時はゴーサインを出した枝野氏だが、衆院選惨敗を受けて当時の対応を悔やみ、ボトムアップで合流の是非を決めるべきと訴え始めたようにみえるのだ。
しかし中道幹部は、枝野氏の訴えを重く受け止めようとはしていない。枝野発言を中道の小川代表会見(5月15日)と階幹事長会見(5月12日)で紹介したが、2人とも合流の方針を変えることはなかった。
だが、立憲創立者の発言は重い。しかも水岡代表も合流に慎重な姿勢を取っており、亀井氏のように中道を離党して立憲に復党、次期総選挙を目指す人も出てきた。立憲の党員や地方議員の意向によっては、中道への合流が白紙撤回となる可能性も十分に考えられるのだ。
そうなれば、次期衆院選で中道の落選者(惜敗者)は“中道残留組”と“立憲出戻り組”に分かれて立候補することになる。中道が分党する選択肢が出てきたといえるが、その先駆者役(ファーストペンギン役)を亀井氏が果たそうとしているようにも見えるのだ。今後の動向が注目される。
【ジャーナリスト/横田一】








